【4】 慣れてきたかも眼鏡ラブ
リリコさんは夏休みの子どもの世話があるらしく、すぐ裏にある自宅へちょくちょく帰る。だから、私は仕事のほとんどを海斗くんから教わった。
海斗くんは今までもアルバイトの指導をしてきたらしく、口数は極端に少ないけど、教え方が上手くてとても覚えやすかった。
向日葵でバイトを始めて二週間。
仕事もだいぶこなせるようになってきた。
海斗くんとは毎日のようにバイトで会うし、仕事上どうしても会話しなきゃならないから、海斗くんに対する緊張感は日に日に薄らぎつつある。
こうやって会社の同僚ともつきあっていくのかなあ。
まあ海斗くんは同じコミュ障仲間だから、安心感もあるけどね。
向日葵のお客さんは、商店街の脇道にあるせいで、店の人や買い物客が半分ぐらい、それと駅の周囲に大学がいくつかあるので、学生が残り半分を占める。あとね、古民家カフェ巡りをしている人たちもよく来る。
この暑いのに就活スーツを着て奔走している大学生がお客さんだと、応援したくなっちゃうよね。最近はオンライン面接も多いけど、ここぞという時はやっぱり会社訪問するもんね。がんばれっていう気持ちから、お冷を何度も入れに行っちゃうよ。
今日は華やかな女子大生グループが来店している。あの雰囲気は、駅向こうの女子大の学生かな。
古民家カフェは雰囲気がいいから、絶好のフォトスポットになる。旦那さんが映えを意識して考案したという『映えパフェ』も注文に入り、私にしては珍しく、彼女たちにシャッターを頼まれた。
「じゃあ取りますよ? いいですか、1、2のはい!」
いつもならシャッターを頼まれるのは、ほとんどがリリコさん。リリコさんがいない時は私。海斗くんが頼まれたところは、……見たこと無い。
私が親友のハルカと一緒に出かけると、シャッターを頼まれるのはいつもハルカ。
人に何かを頼む時って、声をかけやすい人を選ぶもんね。まあ私の場合は、できるだけ声をかけずにすませてきたけどね。
リリコさんがいるのにもかかわらず、私がシャッターを頼まれたってことは、眼鏡ラブのおかげで声をかけやすい雰囲気に変わってきたのかなあ。
……だといいけど。
「ありがとうございましたー!」
と女子大生スマイルでお礼を言う彼女たち。
到底それには敵わないけど、こちらも笑顔で返す。
うん、最近は表情筋の動きにも違和感を感じなくなってきたんだよね。
眼鏡ラブを使い始めて2週間、それなりに慣れてきたのかな。
今日マンションに帰ったら、眼鏡ラブの段階を今のレベル4からレベル3に変えてみよう!
あんなに悩んでいたコミュ障、なんだか克服できそうな気さえしてきたよ~♡
さすがだよっ、眼鏡ラブ!
「あの、ちょっと訊いてもイイですかあ?」
女子大生の一人が、私に尋ねてきた。
「けっこう前なんですけど、ここでバイトやってた、すごいイケメンなお兄さん、もう辞めちゃったんですか?」
友人の女子大生も言葉を重ねる。
「ほら、あの笑顔のキラッキラな! 私たち、久しぶりに彼に会いたいよねって盛り上がって、それで来たんですけどお」
私がバイトに入って二週間。ここにいるのは、旦那さん、リリコさん、海斗くん。以上だ。
「すみません、まだバイト始めたばかりで……」
返事に困った私は当たりを見回したけど、店主夫妻はキッチンだし、海斗くんはレジ中でこちらに全然気がついてない。
「そういう人は、いないみたいですけど……」
もう一人バイトがいるとか聞いたことがないから、とりあえずそう答えた。
「え~っ、あのカッコイイイケメン君、辞めちゃったのお? めっちゃ推してたのにい!」
「うそお、もう彼いないの?」
「がっかり~、キラッキラの笑顔を拝顔したかったのにい~!」
「楽しみにしてたのになあ、すごい残念だよね~!」
そのとき何気ない言葉が、女子大生の口から私にポン!と投げかけられた。
「そっか~、あの人が辞めちゃって、あなたになっちゃったんだ~」
同じ大学生だからなのか、遠慮のない、溜息混じりのとても残念そうな口調で。
会いたかったと言われて、店の者としては申し訳ないなと思ったんだけど、それ以上に、なんだか自分でごめんなさい……という気持ちになってくる。
「す、すみません……」
と謝ったものの、なんかちょっと、……後味が悪い。
そこへ、リリコさんが映えパフェを持って明るく現れた。
「ごめんなさいね~、イケメン君がいなくって! でも向日葵の映えパフェはいつでも食べれるから、また来てよね? 9月に始まる秋バージョンもすごいのよ~♪」
彼女たちの話題は、瞬時に華やかな映えパフェに取って代わり、今度はリリコさんが頼まれてシャッターを押す。
私は軽く会釈して、キッチンに下がって来た。
彼女たちに悪気が無いのはわかるんだけど。
でも、なんか……。
私がもやもやした気持ちを抱えたまま、映えパフェを撮影する彼女たちをぼうっと見ていたら、
「……佐伯さん」
ぼそっと呼ばれて振り返ると、海斗くんが立っていた。
「……店側は、お客にあんなふうに言われたら、……すみませんって言うしか、……ないよな」
私は、突如話し出した海斗くんをぽかんと見やる。
海斗くんは極太黒縁瓶底眼鏡で、どこを見ているのかわからなかったけど。
「……一番上の姉貴が、ああいうこと言うとさ、……二番目の姉貴が、思ったことをすぐ口にすんなって言い返して……三番目の姉貴が、人の気持ち考えて発言しろって、一番上に怒る。…………だから、……言われたこと、気にすんなよ?」
海斗くん、フォローしてくれてるんだ……
「うん、ありがとう」
少し元気が出た私は、海斗くんのお姉ちゃんの人数について、どうしてもツッコミを入れずにはいられなかった。
「…………海斗くんて、お姉ちゃん、いっぱいいるんだね」
「三人な。……大変だよ」
げんなりと言う海斗くんがおかしくて、ぷっと噴き出してしまった。
「もしかして、苦労してる?」
「……苦労しかない」
その口ぶりに反して仲の良いきょうだい関係が垣間見えて、無表情の海斗くんとのギャップにおかしくなってクスクス笑っていたら、気がつけば胸のもやもやは吹き飛んでしまっていた。
すっきりしたら、ふとあることを思い出した。
「私、そのイケメン君……?に会ったことあるかも。前に一度、向日葵に友達と来たんだ。その時友達がピアス落としちゃってね、一緒に探してくれた親切な店員さんがいて。イケメンだったかは覚えてないんだけどね」
ハルカが彼氏からもらったピアスを落としちゃって。ハルカは諦めるって言ったんだけど、大事な物だからもうちょっと探そうって私が粘って。そうしたらお店のお兄さんが、汚れるのに膝をついて探してくれた。お店の人を巻き込むつもりはなかったから申し訳なくって……。結局、ピアスはハルカの服に引っかかっていたから二人して平謝り。お兄さんが、気にしないでって優しく笑った笑顔は、確かにキラキラ眩しかったなあ。
「へえ」
「そこまでしてくれるなんて、なかなかできないことだよね。だって見て見ぬふりしちゃえばいいんだし」
私の話を聞いた海斗くんが、イケメンバイトくんのことを教えてくれた。
「……あいつ、……3か月前に辞めたよ」
「そうなんだ。本当に申し訳なかったから、そのあと向日葵に入れなくなっちゃって……って、でもそのことを忘れてバイトに申し込んじゃったんだけどね」
自分が恥ずかしくって、あははと軽く笑った。
「もし会えたら、お礼を言いたかったなあ」
あれ?
なんか、私、めっちゃ海斗くんに語ってない?
フォローしてもらって、嬉しかったからかなあ。
眼鏡ラブをかけて、人当たりのいい表情ができてるって思うと、話すハードルも低くなるのかも。
お読みいただき、ありがとうございます(^-^)/
明日は、第5話「どうしよう眼鏡ラブ」です♪ (全9回)