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【3】 バイトに必須の眼鏡ラブ

 無表情なバイトの大先輩、海斗さん。

 どうりで私がバイト合格になったはずだよ。というか、ここのバイトの合格基準、どうなってるんだろう? よっぽど人が集まらないのかな。


「初日だから、ざっと説明するよ。……細かいことは、その都度。……わからなければ、なんでも訊いて」


 言葉は少ないけど、要点を押さえて説明してくれて、最初から事細かく説明されるよりもわかりやすかった。

 今日は注文は海斗さんがやってくれて、私は片付けと配膳補助を担当することになった。その作業をしながら、卓番号や見聞きしたメニューを覚えていくように言われる。

 それならやれそうと一安心したけど、明るい声で「いらっしゃいませ」とか、お客さんに笑顔で対応できるかがとても心配だった。

 開店時間が迫り、檸檬の入ったお冷のボトルを用意する私の手は、緊張が高まってますます冷たくなってくる。


(きっと大丈夫だよ。眼鏡ラブがあるから!)


 こうなったら、神様仏様眼鏡ラブ様である。

 でもお客さん対応うまく出来なかったら、バイト首になっちゃうのかなあ。

 いやいやそれは大丈夫かな、だって大先輩はあんな感じだし……


 カランとドアが開けられ、その日のお客さん第1号が入って来た。


 笑え、笑うんだっ! そして声、明るくいこう!


 「いらっしゃいませ~!!!!」


 驚くほど大きく表情筋が動いて、そのせいか大音量の声が飛び出した。お客さんも驚いていたけど、キッチンの旦那さんとリリコさん、そして海斗さんが一斉に私を振り返った。海斗さんの頬がひくっと動いたのが見えた。


 しまった~! 念じ過ぎて脳波が出過ぎちゃったらしい。


 それからは、力み過ぎないように念じ方をコントロールしながら仕事をこなしたから、だんだんと程良い感じの「いらっしゃいませ」の笑顔になっていたはず。

 忙しいランチタイムが過ぎてお客さんが途切れたとき、リリコさんが「休憩入ってね」と声をかけてくれた。


「まかないだすね。珈琲、紅茶なら無料で飲んでくれていいから。海斗も一緒に食べちゃって」


 えっ!? 一緒に?


「……座って待ってて」


 と海斗さんに言われ、席について待つ。

 無表情なこのバイトの先輩と一緒に食べることになってしまった。

 40年間のぼっち弁当は嫌だったけど、急に知らない人との食事も息が詰まっちゃうよ。

 でも、落ち着け私! 

 今の私には眼鏡ラブがある!

 話題に困っても、表情だけはなんとか滑らかなはずだから、と自分を励ます。


 運んできてくれたまかないは、親子丼定食だった。

 古民家カフェ向日葵の食事系は和テイスト。一人暮らしだと面倒くさくて親子丼も作らないから、実家みたいな昼メニューが嬉しいよね。でも家はこんな美味しそうなふわとろ卵じゃないけど。


「……疲れた?」


「はあ、でもまあ大丈夫です」


 愛想笑いをした私の表情は、またまたいい感じだった。

 海斗さんはもう一つキッチンから親子丼定食を運んでくると、別のテーブルにそれを置いた。


 ……なんだ、同じテーブルで食べるってわけじゃなかったんだ。


 ああ、よかったあ~!

 緊張して損したじゃん。

 ほっとしたよお。これでゆっくり味わえるよお。


 海斗さんは、何やらスマホに真剣に向かいながら食べ始めた。

 私も自分のふわとろ親子丼定食に手を伸ばし舌鼓を打つ。

 ご飯も食べられて、こんな私でも接客業に挑戦出来て。

 偶然見つけた向日葵でのバイト、ラッキーだったのかも。


 美味しいごはんと自分の考えに頭がいっぱいになっていたら、目の前にコトリ、と黄金色の綺麗な飲み物が置かれた。

 黄金色に透けて、氷と檸檬のスライスが折り重なって見えている。炭酸の泡がシュワシュワと途切れなく上がって水面で小さく弾け飛ぶ。

 飲み物は珈琲か紅茶の無料枠で済まそうと思っていた私は、グラスを置いた主を確かめると、それは海斗さんだった。


「……俺のおごり。……向日葵の自家製ジンジャーエール。……うまいから」


 おごってくれるなんて、もしかして、イイ人なのかも?


 ごくりと飲んでみると、ジンジャーがビリッと効いて、蜂蜜の甘さが舌の上でとろけて、檸檬の香りがふわっと広がって、思わず目を見張る。確かにおいしい! 

 さっきまでの緊張と疲れが、吹き飛んだ! 

 つい気持ちが弾んじゃって、素の私のまま感想を口にする。


「これ、すっごくおいしい!」


 極太黒縁瓶底眼鏡でどこを見ているかわからなかったけど、そうだろ?と海斗さんの頬がぴくりと動いた。

 キッチンからは、リリコさんと旦那さんが親指を立てて嬉しそうに応えてくれた。




 休憩後はまた片付けと配膳をこなしながら、時間は過ぎて行った。卓番も覚えたし、メニューもいくつか覚えた。

 隙間時間に、海斗さんにジンジャーエールのお礼を言ったことがきっかけで、ちょっとだけ会話をした。ぼそりぼそりと必要最低限の短い言葉を返してくれた。


 海斗さんはここのバイトを大学1年から続けていて、向日葵の店主夫婦の甥っ子だという。私と同じ大学の4年生。私は工学部情報学科なんだけど、海斗さん――同い年だから海斗くんだね――は理学部地学科だそう。地学って何するのか聞いたら、地層とかだって。地面の下ってさ、海斗くんから聞くと、極太黒縁瓶底眼鏡の印象から地下アイドルとかのイメージ拡がっちゃったんだけど……

 

 私は、コミュ障な海斗くんにちょっと親近感を持った。

 でも海斗くん、私からみてもあの無表情コミュ障は、かなり深刻なのでは……?


 あれで会社でやっていけるのか、他人事ながらちょっと心配になっちゃったよ。







お読みいただき、ありがとうございます(^^)/

明日は、第4話「慣れてきたかも眼鏡ラブ」です♪ (全9話)


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異世界恋愛童話ほっこり&ほろり現実恋愛童話かわいい 童話げんき詩短編エッセイ
― 新着の感想 ―
[良い点] 海斗くんも夏菜さんと同じ大学に在学していて、しかも同じ4回生で同い年なのですか。 これは奇遇であり良い縁ですね。
[良い点] 出だしから、凄く面白いです。『眼鏡ラブ』19800円、いいですね。脳波を感知して笑顔をつくる機能も、瞳キラキラ機能も面白いですし、付けた主人公の明るくなっていく心が、とても印象的です。 …
[一言] 眼鏡ラブ効果すごいですね~。 海斗くん、応援されていますね! 夏菜ちゃん、気付けるでしょうか? ふたりを楽しく追いかけますね! 読ませていただきありがとうございます。
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