【2】 コミュ障を救う眼鏡ラブ(2)
翌日、眼鏡ラブが届いた。
視力に問題が無い私は度入りレンズの必要がなかったから、最速で届いたようだ。
柔らかい印象を与えるというメーカーおススメのややピンクがかった細い銀縁フレームも、けっこう可愛かった。出荷時充電済みとある。
さっそく取説のQRコードからホームページを開いて確認する。
なになに、えっと、この製品の仕組みは……
耳に掛ける先端部分が、あなたの楽しい・嬉しい等の快感情の脳波を感知します。また笑顔を作りたいと念じると、快感情と類似の脳波があらわれるため、同様に感知します。
感知すると、鼻パッドに繋がる金属部分から微量電流が流れて、あなたの表情筋をより大きく動かすよう作用します。
またレンズには、あなたの笑顔を魅力的に見せる瞳キラキラ機能がついています。
5段階レベル調節可能。
こんな小さな耳掛け部分で脳波を感知して、鼻パッドから微量電流? 顏がビリビリするとしたらそれはちょっと怖いよね。おまけに瞳キラキラ機能って、星野〇イちゃんみたいな?
ハルカと面接練習したときを思い出して、私はまず素顔のまま鏡の前でニカっと笑顔を作ってみた。
駄目だあ……こんなの全然笑顔じゃないよ。
まず目に力が入ってて、怖い。そして口もただ横に伸びただけじゃん。
ああ、やっぱ笑顔作るの苦手だよなあ。
私は溜息をついた。
今度は、眼鏡ラブをかけて笑ってみてみよう。
そんな簡単に笑顔になれるわけないよね。
19800円もしたし、気に入らなければ返品すればいいや。
眼鏡ラブの折りたたんである柄を開くと、ファンファ~ン♪ と小さな起動音がした。
恐る恐る耳にかけて鏡を見ると、確かに瞳がキラッキラしてる! あれ、私の目、怖くない!
さてじゃあ、笑顔、作ってみよ。
笑顔、笑顔……と念じてみる。
「ええ!? うっそーー!?!?」
鏡の中には、自分でも信じられないぐらい眩しい笑顔の私がいた!
顔には特に電流のビリビリ感も無い。
目もキラッキラのおかげで笑っている。
口の形もイイ感じ!
自分じゃないみたい……!
「マジ?……もう一回、笑ってみよう」
……ホントに、笑顔の私だ。
家族動画で見る自分の満開笑顔に近い。
それにしても、この星野〇イちゃんみたいなキラッキラは、さすがに恥ずかしすぎる。
それに笑顔もこれじゃあ通常使用じゃないし。
もうちょっと段階落としてみよっと、レベル4位かな……
うん、キラキラ機能も笑顔の程度も、これでよしっと。
試着と微調整が終わって大満足して眼鏡ラブの柄をたたむと、シュルルン♪ と軽快な音とともにシャットダウンした。
「すごい、眼鏡ラブ! 怪しい商品だなんて思ってゴメン! これで19800円なんて、めっちゃ安くない?」
*
古民家カフェ「向日葵」の初出勤日。
何を着たらいいかわからなかったから、とりあえず白Tとジーンズにしておいた。これなら清潔感あるし動きやすいからいいよね。それに服なんてそんなに持ってないし。
そして「眼鏡ラブ」の柄を開き、ファンファ~ン♪と起動音を聞きながら、しっかりと装着した。
ガチガチに緊張しながら店のドアを開けると、奥さんのリリコさんが、古民家カフェぴったりの親しみある笑顔で迎えてくれた。
リリコさんの自然な笑顔が羨ましい。そしてなんだかほっとするなあ。
「おはよう、夏菜ちゃん。あれ、一昨日眼鏡かけてたっけ?」
「いえ、……あの一昨日は忘れてまして」
「へえ、眼鏡似合うのねえ! やっぱ若い子って何しても輝いてて、いいわねえ!」
輝いているのは、瞳キラキラ機能のおかげなんだけど。
カラカラと笑うリリコさん。
気さくでいい人なのはわかるけど、慣れない人と接するのが苦手な私は、そのパワーに気圧されてしまう。
でも大丈夫、だって今日から「眼鏡ラブ」装着してるし。
リリコさんに、ここは少し微笑んで返したらいいかな、と思った瞬間、いつもなら強張る私の顏には、笑顔が作られていた!
わあ、眼鏡ラブ、グッジョブ!
「あらあ、なっちゃんて笑顔がすてきなのね♡」
すてき? 私の笑顔が??
うわ~、人生でそんなこと言われたの、私初めてだよ?
めちゃめちゃ嬉しい……!
向日葵は昭和初期の日本家屋に古材を加えてリノベーションした懐かしい雰囲気の古民家カフェだ。奥のキッチンからリリコさんの旦那さんが顔を出す。料理担当は旦那さんみたいだ。
「夏菜ちゃん、だっけ? 今日からよろしくね」
面接のときは旦那さんはキッチン内で忙しくしていたから、私は今日が初対面。
初対面だと思うと、全身に力が入って、挨拶も身構えてしまう。
いつもの私ならコチコチのぎこちない笑顔を浮かべている筈なんだけど、でも眼鏡ラブ効果で、自分の表情筋が柔らか~く動くのがわかった。
「はい、佐伯夏菜です。よろしくお願いします」
表情筋の滑らかな動きのせいなのか、スルリと出てきた声はいつもより華やかな色を帯びていた。
私の挨拶に反応するかのように、旦那さんがにっこり笑い返してくれた。
すごい、すごいよ、眼鏡ラブ! なんか私、いい笑顔を作れたみたいじゃない?
「なっちゃん、これお店のエプロンだから使ってね。あ、詳しい業務内容は海斗に聞いて。海斗はバイト長いし、全部わかってるから。ああ、ちょうど来たわ。」
店のドアがウインドチャイムの音色と共に開けられると、海斗と呼ばれた男性が入って来た。
私と同じ、白Tにジーンズ。極太黒縁の瓶底眼鏡がインパクト大! 眼鏡のせいでよくわかんないけど、たぶん私と近い年齢な気がする。
バイトの大先輩なんだから、私から挨拶しないといけないよね? きっと会社でもそういうの大事だよね。
リリコさん、旦那さん、海斗さんと、新しい人との出会いが続いて疲れを感じていたけど、さっきの眼鏡ラブ効果を信じて、私は頑張って挨拶をした。
旦那さんに挨拶した時と同じように、表情筋は柔らか~く動いてくれた!
大丈夫、きっと悪くない挨拶できているはず!
ところが。
「あ、どうも……。……よろしく」
海斗と呼ばれたバイトの大先輩からは、そっけない返事が返って来た。
表情もにこりともしない。
瓶底眼鏡のせいでこっちを見ているのかさえ、よくわからない。
いやこの人の方が、私よりよっぽどコミュ障じゃない?
私のコミュ障なんかまだかわいいぞって思えるぐらい、無表情な人だった。
お読みいただき、ありがとうございます(^-^)/
次回 第3話「バイトに必須の眼鏡ラブ」です♪