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その8

 途中、ツアーだろうか。これから登り始めるいくつかの集団グループとすれ違った。みんな楽しそうにニコニコしながら歩いている。その笑顔がいつまで続くだろうか。そんなことを考えていたが、向こうは向こうで、このおっさんたちなんでこんなに死にそうなんだろ。そんなことを考えているかもしれない。いや、頑張ってきてくれ。笑いながら余裕綽々に歩けるのは6合目までだ。幸運を祈る。


 山頂から降りに降ること4時間40分。午後5時50分に、ようやく5合目駐車場に辿り着いた。


「着いたぁ!」

「ご苦労さん。」


 とりあえず自販機でコーラを買い、たった今降ってきたばかりの富士山を見上げながら祝杯を挙げた。炭酸とコーラの甘さが体中に染みわたっていくみたいだ。一気に流し込むと、もう何度目かわからないくらいやった通り、ペットボトルをつぶした。


「あ、もうしまわなくていいんだな。ペットボトルまとめちゃおうぜ。」


 私はそう言ってゴミ袋を取り出した。リュックにつぶして突っ込んだ空のペットボトルは9本。最初に持っていったのが1.5ℓのミネラルウォーターと500mlのスポーツ飲料だったから、追加で7本買ったわけになる。宿泊費を除けば、それぞれの備品の中で最も出費したのが飲料だった。2人分を袋に入れたら、それだけでいっぱいになってしまった。


 車まで戻ってくると、何とも言えないくらいに疲れがドッと出てきた。疲れ切っていたと思っていたが、さらに疲れって出るんだなと感心した。とにかく最後の気力で靴を脱ぎ、着替える。もう、身体も温まっているし、疲れているしで、半そでになろうが長袖のままだろうが、大差はない気がした。2人とも着替えが終わると、しばらく座席にもたれながらボケーっとしていた。


「タバコ、吸ってくるよ。」


 車を出て電子タバコを吸い始める。なんとなく直行も外に出てきたので、バックに富士山が入るようにして帰ってきましたとばかりに記念撮影を行った。さっきまで、遥か彼方あの上にいたのかと思うと、なんだかすごく不思議な気がしてきた。


「富士山ってさ。」

「うん?」

「下から見るから壮大できれいで迫力があるのであって、あの場所に行くものではないのかもな。」


 紫煙を燻らせながらそう言うと、直行は笑って答えてくれた。


「おれ達はただの人間だからな。あそこは神様がいてちょうどいいくらいの場所だ。」

「霊峰富士って言うくらいだからな。」


 煙草を吸い終えると、車に乗って5合目を後にした。時間はもうすぐ午後7時になろうとしている。


「当初の予定では、家について祝杯しようかって言ってた時間だな。」

「もういいよ。祝杯は後日ゆっくりやろうや。とにかく今は風呂に入りてぇ。」

「はいはい。温泉入って帰りましょ。ただ・・・。」

「どうした?」


 ハンドルを取りながら、最大の心配事を口にした。


「家に着くまで、居眠りしないか心配だよ。」

「おいおい。勘弁してくれよ。」

「だから、家に着くまで寝ないで話し相手になってくれよな。」


 スバルラインを降っていく私達の後ろには、今も富士がそびえ立っている。世界中の人々を魅了してやまない世界遺産・富士山。毎年16万人を迎え入れ、その7割の人を山頂に導く霊峰は、ただ何も語らず、今もそこにあった。


 それは、雲一つない空に日が傾きかけたある日の出来事だった。




終わり

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