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その6

 だが、ここに来るまでに何度も経験し学んできたことがある。そう、頂上は逃げない。ゆっくりでも足を前に進めれば、一歩一歩前に進んでさえいければ、そこには辿り着くのだ。


「もう少しだ!」

「おぅ!」


 ようやく砂利を抜け、階段部に到着できた。振り返ると、めまいがするほどの高さである。そして、改めてとんでもない坂であったことがわかった。とにもかくにも、この坂を攻略したのだ。階段を上ると、『富士山最高峰剣ヶ峰 三七七六米』と書かれた記念碑に到着した。


「とうとう着いたな。」

「ああ、やったな。」


 私達は互いに握手を交わすと、同じく剣ヶ峰に到着した学生の登山サークルやほかの登山者と協力して記念撮影を行った。直行がピースしたからそれに習ったが、ピースなんてしたのは何年ぶりのことだろうか。まぁ、とにかくこれで本当に富士山登頂を成功させた。日本一高い山を征服したのだ。それも、何の変哲もないおっさん二人が、だ。見渡すのはどこまでも山と日本の平野部の景色、もはやどこがどっち側だかわからないが、今日の快晴が遠くまでを映し出し、そのすべてが、登頂に成功した私達を祝福してくれているようだった。午前11時50分、富士山登頂に成功したのであった。


 観測所の近くに腰を下ろし、山頂の空気を何度も深呼吸して身体に取り入れる。そんなことをしていると、さっき記念撮影を手伝ってくれた学生サークルの一人がフラフラっと観測所の裏に歩いていった。察した私は、


「ちょっと行ってきていいか?」


 と直行に言うと、彼の歩いていった方へ向かった。案の定、青年は電子タバコのスイッチを入れたところだった。


「こんにちは。ご一緒してもいいですか?」


 そう声をかけて自分の電子タバコを見せると、彼は嬉しそうに頷いた。


「我慢しようかと思ってたんですが、お兄さんがこっちに歩いていったからひょっとしたらって思って。お仲間がいてよかった。」

「はは。今なら人も少ないしいいかなって。日本で一番高いところで煙草を吸うなんて、もうできないかもしれませんし。」

「そうですね。」


 私も電子タバコのスイッチを入れる。高山病予防にはタバコはご法度だが、あとは降るだけだ。私はゆっくり吸い込み、そしてまたゆっくり紫煙を吐き出した。上空に舞い上がった紫煙は、山頂の風に舞って消えていった。


「おい。」


 振り返ると、直行が携帯のカメラを向けて撮影していた。


「山頂で煙草を吸う不届き者の記録を撮っておかないとな。」


 そう言って笑っていた。大自然の空気をわざわざ汚す、なんと背徳的な遊びであろうか。しばらく、とは言っても10分ほどだったが、休憩を取ってから剣ヶ峰を後にすることにした。さぁ、いよいよ下山だ。荷物を背負って準備をしていると、記念碑を見ながら直行が言った。


「なぁ。さっきなんでピースしたかわかるか?」

「ん? なんか意味あったのか?」

「もう、二度と来るのはゴメンだ。のピースだよ。」


 そう言うと直行は笑って見せた。違いない。山頂に来た感動とか、達成感とか、もっとこう、込み上げてくるものがいろいろあるのだろうと思っていたが、正直なところ、こんなしんどい思いするのはもうごめんだ。と言う思いが一番強かったのは間違いではない。まぁ、日本一高いところに来ることができたのは、実に幸運だったし、自分で自分を褒めてやりたいくらい嬉しかったのは事実だ。


続く

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