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その5

 ここは吉田・須走ルート山頂、標高3,710m。小学校の頃に習った富士山の高さの覚え方。『日本一高い富士山を見習おう。(3776)』そう、3,776m地点に行くには、ここから火口を挟んだ真逆の位置へ行かなければいけない。俗にいう『お鉢周り』が待っているのだ。火口の直径は約780m、お鉢周りの全長は約3kmあると言われている。


 見晴らしのいい場所で、火口を挟んだ真反対にある剣ヶ峰を見つめる。あそこだ。あの上が、富士山の『本当の山頂』なのだ。あの剣ヶ峰を征服して初めて、富士山登頂を成功させたと言える。


 迎久須志神社で山頂まで来たお礼と、この後のお鉢周りと下山の安全祈願をした。そして、直行と顔を見合わせ、どちらからともなく歩み始めた。いざ行かん。勇者は大魔王を倒して平和を取り戻すまで進み、戦うまでだ。


 山頂の山小屋の端、キャタピラの重機が入ってきたので、山小屋の従業員が注意を促している。後で聞いた話だが、このキャタピラの重機を使って、麓からここまで物資を運んでいるのだそうだ。こんな文明の利器が山頂に入れるように整備するのには、長い時間とお金と人手がいったことだろう。なにより、ここにこの規模の重機が入って来られることに驚いた。急病人などは、この重機で搬送することもあるそうだ。


 感心しながら、時計回りで山頂を歩いていく。ここら辺になると、かつて火口から噴出した溶岩がむき出しになって段差を作っている。それに初めて知ったが、歩けるであろう場所に柵などは一切ない。足を踏み外したらそこで一巻の終わりだ。疲れている頭をフル回転し、滑落事故など起こさないように進んでいく。足も腰も肩も痛い。だが、今までの登り一辺倒の時間に比べれば、緩やかな傾斜が続く分、まだマシだった。


 そう言えば、山頂部は年間平均して5℃くらい。夏場でも10℃行かないくらいだと聞いていた。1932年(昭和7年)に公設の観測を開始して以来、最高気温は1942年8月13日の17.8℃が最高で、いまだかつて20℃は越えたことがないそうだ。しかし、直行は半そで、私も薄手のTシャツにパーカーを着れば十分なほどに温かかった。身体が温まっていたのと、陽が出ていたのが原因だろうが、山頂は寒いと思うことはなかった。


 岩場を超えると、けっこうな広さの平地に出た。山頂で平地と言うのも変な話だが、見渡す限り岩肌が広がっているが、平らな道は歩きやすかった。山にいることを忘れてしまいそうだ。


 進むこと30分。午前11時に山頂郵便局へ到着した。ここは日本一標高の高い郵便局。標高は3,712mにあるこの郵便局は、夏の登山シーズンの午前6時から午後2時まで営業しており、ポストカードの販売や登頂証明書の発行をしている。職員は最長1週間交代で勤務する。どのくらいの人数で回しているかはわからないが、毎度、この山頂まで登って勤務するのは大変なことだろう。


 ポストカードと登頂証明書を購入すると、私は家族1人1人に向けて手紙を書いた。ほんの一言二言だが、普段面と向かって言えないようなことを書いた。長男には自分の進む道を信じて進め、次男には学べる環境のうちに学べ、妻には日ごろの感謝と愛していることを書いた。


「これで良し。」


 ポストに投函する。ここから届くまでどのくらいかかるのであろうか。そもそも、家族に手紙を書くことなど初めてかもしれなかった。これはこれでいい記念になった。


 ここから剣ヶ峰はもう少しだ。もう、ここまで来ると疲れたとか足が痛いとか言っていられない。ゴールは目の前なんだから。そう思って、歩き始めたが、本当に大魔王と言うのはいる物だと思った。山頂郵便局から進むこと20分、剣ヶ峰の直前には、ここまで登ってきて初めてと言えるくらいの傾斜の坂がある。


 ここまで登ってきた登山者たちの心と身体にとどめを刺すような、急こう配の傾斜、両端はもちろん崖になっている。内に落ちれば火口へ真っ逆さま、外に落ちれば斜面を真っ逆さま、どちらに転んでも地獄の上、この傾斜路は砂利交じりだが砂っ気が強い。靴は沈むし、足を取られて歩きにくい。何より滑りやすいので細心の注意が必要だ。登れないほどの傾斜など、日常で想像できようか。


「う、うわっ!」


 前を登っていた直行が、足を滑らせた。そのまま止まらないので、何とか踏ん張りながら手を取った。


「すまない、危なかった。」

「この傾斜、ヤベぇな。」


 這いつくばって登るくらいが安全かもしれない。久須志神社側から見た時は、けっこうな角度の坂、と言うよりも、吊り橋とか、手すりがあって登れるものだと思っていたが、実際には幅も広く、手すりらしい手すりもない急こう配。まさにラスボスと言うにふさわしい難所であった。長さで言えば100mもない坂道だが、この距離にしっかり30分近くかかってしまった。


続く

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