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その2

 5合目を出発したのが午前10時、ここから泉ヶ滝で分岐して6合目を目指す。多少上りになっているが、何のことはない。私たちはまだ余裕だった。40分ほどで6合目に到着し、そこで山の管理協会と思われる黄色いベストを着た青年に声をかけられた。


「ハイ! ジャパニーズ? チャイナ? コリアン?」


 まぁ、見た目じゃわからんだろうね。


「日本人ですよ。」

「ああ、すみません。そうですよね。」


 屈託なく笑う青年は、私たちに山頂は寒いから防寒具はあるかとか、弾丸登山にせずに山小屋を取っているかとか、山頂は風速20メートルを超えているので気を付けてほしいとか、いろいろアドバイスをくれた。私たちに説明をし、準備あって山小屋の予約もしていることを聞いて安堵すると、次の登山客へ声をかけに行った。彼らのように、地道に声掛けをすることで、少しでも遭難が減っていることを考えると本当に頭が下がる。


 弾丸登山というのは、山小屋を取らずに一気に登頂と下山をすることである。気圧の変化に耐え切れずに高山病になったり、体力が尽きて遭難したり、けがをすることが多くなるという。そもそも、富士登山というのは、年間16万人がチャレンジするらしい。(諸説あり)そのうちの登頂成功が7割ほど、登頂を断念する3割のほとんどが、弾丸登山による高山病だと聞いた。


 大学の山岳部に所属していた禎雪という友人がいる。今回の富士登山に関しても、いろいろアドバイスを受けた。彼から固く約束させられたことはいくつかあるので、これから富士登山にチャレンジする人には知っておいてほしい。


・弾丸登山は絶対にするな。

・5合目で気圧待機を1時間取れ。

・山小屋では十分に休息しろ。

・水分補給を忘れるな。

・頂上は逃げないからゆっくり確実に進め。


 だそうです。ですので、はやる気持ちを押さえながらゆっくりゆっくり休憩しながら進み、午後1時調度くらいに、7合目の山小屋に到着することができた。10時にスタートして3時間。いいペースだったと思うが、すでに体力は尽きかけていて、6合目からここに到着するまでには、何度も小休止を入れた。小休止といっても、1回が2.3分程度だったので、もう少しゆっくりしてもよかったのかもしれない。


 チェックインを済ますと、入り口の4畳半ほどの広間で山小屋での過ごし方などの説明を受けた。感心したのは、今はタブレットの映像を見て案内説明するのだ。これならば、スタッフが誰でも、ベテランでも新人でも同じ案内ができる。いろいろ考えているものだなと感心してしまう。


 支払いを済ませると、さっそく部屋委案内された。通された部屋は、梯子を二つ登った最上部の2畳ほどのスペース。屋根があるので立ち上がることもできない。これでもこの山小屋で一番いい条件の部屋だ。荷物を降ろし、持ってきたペーパータオルで全身を拭く。水の貴重な山には当然シャワーや風呂などない。だが、ペーパータオルで全身を隅々まで拭き、着替えるだけでもだいぶさっぱりすることができた。


「疲れたぁ。」

「足が痛ぇや。」


 直行は水分を取りながら横になっていた。私も横になると携帯の電源を入れた。午後1時40分、夕食までにはまだ時間がある。なんとなくニュースなどを見ながら、気が付くと寝てしまっていたようだ。自分の感覚ではほんの数分のことのように思えたが、直行に起こされて時計を見ると、午後4時25分だった。実に3時間近くも眠ってしまったらしい。


「すげーよく寝てたな。」

「ああ、疲れた。」


 すぐに呼ばれて夕飯になった。夕飯は牛丼定食だ。メインの牛丼に、汁物と副菜が3品ほど、ここでの食事は明日の活力になるので、しっかりと頂くことにした。ここに登ってくるまで大した道ではなかった。ジグザグに続く坂道を延々と登ってきただけだ。しかし、日ごろの運動不足が祟って、身体は疲れ切っていたのだろう。単純な食事がやけにしみ込んでくる気がした。


 食事を終え、トイレを済ませると、山小屋の通路の端っこの方で電子タバコを取り出した。富士山は別に禁煙ではないが、灰皿などは当然ない。それに加えて昨今の嫌煙ブームである。電子タバコとはいっても煙は出るし多少の匂いもある。人通りが亡くなったのを確認して、1本頂くことにした。


 紫煙が風に舞っていく。この場所の標高は2790mだそうだ。5合目からは、まだ400メートルほど登っただけだ。山小屋越しに山頂方向を見上げる。初めて来る場所だから、どれが山頂なのかわかるわけもないが、まだまだ果てしなく上であることは確かなようだ。


 高山病予防のためには、できるだけタバコは控えた方がいいとも言われている。もともとヘビースモーカーでもないし、吸ってもせいぜい日に7.8本の私は、そこまで気にしないようにしていた。吸い終わったカートリッジをしまい、部屋に戻った。


 食事を終えると午後7時には就寝時間になる。山頂でご来光を見たい方は、午前に入ってすぐに出発するそうだ。私達は御来光よりも山頂へ行くことを目的としているので、日の出はここで見ることにしていた。であるならば、時間はたっぷりあるので、よく休むに越したことはない。しばらく携帯をいじっていたが、就寝時間になったので眠ることにした。直行も疲れていたのか、すでに寝ているようだ。


 窓から外を見下ろすと、川口湖周辺の夜景がきれいだった。私は窓を開けて携帯で写メを撮った。スゥっと、涼しい空気が入ってくる。暖房を入れているわけではないのだろうが、山小屋の中は少し熱かった。私は眠くなるまで、少し窓を開けておくことにした。



 しばらくすると、小刻みに揺れ始めたかと思ったら、大きな揺れに襲われることになった。声にならない声を上げ、直行を呼ぶが返事がない。建物が倒れ始め、今まで見えていた河口湖の景色が斜面の地面に代わって迫ってきた。


「・・・っ!」


 周囲は暗かった。そして、雨音が聞こえ、なんとなく水が跳ねた気がして外を見ると、さっきまでの晴天が嘘のような土砂降りの雨になっていた。どうやら夢を見ていたらしい。嫌な夢を見たものだ。


 庇が長いので、部屋の仲間で雨が入ってくることはなかったが、ここは一番高い位置の部屋、屋根に当たる雨音がダイレクトに響くため、けっこううるさかった。もぞもぞと暗がりで直行が目を覚ます。


「あれ。雨降ってるのか?」

「みたいだな。」


 時計は午後8時を回ったところだった。まだ1時間も寝てなかったらしい。昼間に寝てしまったから眠りが浅いのだろう。とりあえず、天候の回復を祈って寝ようと言う話になり、再び横になった。これは御来光は難しいかもしれないな。


続く

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