第4章 狂気の実験
第4章 狂気の実験
「私らが、地元の国立大学理学部に入学した頃は、ユリ・ゲラーのスプーン曲げに始まって、ノストラダムスの大予言だの、映画『エキソシスト』等と、空前のオカルトブームの時代であったのや。
しかし、曲がりなりにも、正統的な物理学等を勉強する理学部の学生らの集まりで、国立大学の正式な授業では、超能力の実験等は、できる訳も無いわなあ。
そこで、私が、発起人になって「超常現象研究会」を、立ち上げたのじゃ。
部員は、他学部の学生も入れて、そう一番多い時で、20名以上はいたじゃろうなあ。
特に、私が、「猫神様神社」の、宮司にいずれなる事が決まっている以上、この研究会には、極、正統的な実験を繰り返しで行う事によって、超常現象の有無を確かめると言う、暗黙の了解があった。
例えばじゃ。
念力の実験の時は、スプーン曲げのように、手品のようなインチキが入り込まないように、透明なガラスの箱をテーブルの上に置く。その中には、1センチ四方に切った「ちり紙」を入れて、全員の念力で浮上させると言う、実に、正統的な科学的な実験もあった。
これが、例えば、プラスチック板や、ビニールの板の箱の場合、静電気を発生させるパンデグラフのような機械が、机の下に隠してあった場合等、静電気で、そのちり紙は、浮上するかも知れない。……それを、畏れてだ。
よく、マジックで、箱の中の紙切れが浮上するトリックには、このような、秘密に仕込まれた静電気発生装置が、そのトリックの元になっている可能性があるんじゃ。
更に、目視だけでは、皆の集団ヒステリーによる錯覚も危惧されるため、少々、高額だったが、市販の8ミリ撮影機で、記録を取ると言う念のいれようだ……」
「で、そのような厳密な実験は、成功したのですか?」
「する訳が無いではないか。物体を動かすには、何らかのエネルギーが、必要なんじゃよ。ニュートン力学の基礎中の基礎の話じゃないかね……」
「では、宮司さんが立ち上げた「超常現象研究会」は、そのまま、自然消滅すると言う事になりますね」
「確かに、一人抜け、二人抜け、研究会員は減っていった。しかし、ここに、掟破りの学生が一人おっての」
「えっ、それは、どう言う事です」
「私は、自分の立場上からも大反対したのじゃがな。何しろ、本人が言う事を聞かない。
で、ある日、常識では考えられないような実験に着手したらしいのじゃ」
「その実験とは?」
「猫神様をこの世に復活させると言う実験なんじゃ」
「えっ、猫神様を復活させるって?まさか、かっての戦国時代のように、実際に猫を食べるとかの実験なんですか?」
「いや、もっともっともっと、惨い実験だったらしい。……らしいと言うのは、私は、その現場を見ておらんからのう」
「具体的には、どう言う実験なのです?」
「おお、思い出して語るのも、恐ろしや、恐ろしや!
結局、後で、分かった事なんじゃがなあ。
何と、生きた猫を、首まで地面に埋めてその周りを小石等で固める。
で、その生きている猫の前に、猫の大好物の魚の干物と水入りの皿を置いていたらしい。地面に埋められた猫は、目の前の餌と水を欲しながら、やがて息耐えたと聞いている」
「正に、狂気の実験ですね?」
「結局、その実験をした、学生は、アパートで首を吊って死んだのじゃが、アパートの中の机の上には、「猫神様が現れた」との、本人直筆の遺書があったらしい。私が、知っているのは、ここまでじゃ」
「うーん、にわかには信じられませんが……」
「この事件以来、私が立ち上げた「超常現象研究会」は解散決定。
また、その事件以来、それまで懐疑的だった、猫神様を、この私自身が本気で信仰するようになったのも、また、事実なんじゃ」
「では、あの「猫の首の畑事件」に、話は戻るのですが、宮司さんは、あの少女には、本物の猫神様が取り憑いていると言われるのですね?」
「医学的には、どう言う病名がついているのか、どのような治療がなされているのかは、私は医者では無いので分からねど、万一、猫神様の憑依であったとすれば、単なる治療では、完治は難しいじゃろうのう……」
「宮司様は、彼女の除霊は出来ないのですか?」
「私は、元、一介の高校教師じゃ。そんな能力など持っている訳が無い」
「では、数百年の歴史があるこの「猫神様神社」に何か、その、霊的な除霊ができるような御札とか、あるいは護身刀とか、何か、無いのですか?」
「残念じゃが、そのような物は、ほとんど伝わっていない。
ただ、この神社の御札なら何枚もあるが、果たして、そのような物で、その少女の除霊が出来るかが問題なんじゃが、現在のこの「猫神様神社」は愛猫の無病息災を祈って訪れる人がほとんどで、猫神様に憑依された人を、救う方法や手段などは、全く伝授されていないのじゃ」
「……そうですか。では、あの少女は、一生、キチ○○のまま、一生を送らねばならないのでしょうかねえ?」
「イヤ、今、思い付いたのじゃが、大口秀夫先生、一体、その少女は、どうして猫神様に憑依されるようになったのじゃろう?その原因は、一体、何なのじゃ?
先生は、この点を、どう考えられる?」
「いや、初めて聞く御意見です。
私は、純粋に、精神医学的な治療法しか、考えていませんでしたので。
しかし、これが、ホントに猫神様の霊が憑依していたと仮定すれば、根本的に、考えを改めなければなりません。
しかし、実は、ここに大きな壁があって、私の恩師で、現在、入院中の伊沢誉名誉教授は、この手の話が大嫌いなのです。
この前、私が、患者の治療中に感じた不思議な体験を綴った『私が診た不思議な世界』と言う本を出版した時にも、激怒されていました。
医者は、科学者の一人だ。変なオカルト信者になるな!と、ね。
この伊沢誉名誉教授が、これからの、少女の治療にとって最大の障害になるでしょうけども……ただ、宮司様が言われた疑問、何故、その少女に、猫神様が憑依したかは、考えてもみませんでした。
一度、この件を調べてみます。大変に貴重な御意見をありがとうございました」
こうして、大口秀夫教授は、急いで、東京に戻った。
例の疑問、何故、彼女に、猫神様が急に憑依したのか?
その根本的な原因は、何であったのか?
万一、ここが突破出来れば、今のところ、解離性人格障害とされ、世間一般では、キチ○○と呼ばれている彼女を、あの暗い閉鎖病棟から解放できるかも知れないからだ。 だが、それは、現代科学では、未だに解明されていない、動物の霊などの、オカルト現象を認めると言う、矛盾にも突き当たる事になるのだが……。
ここが、悩ましい所ではあるが、一人の少女の、一生が懸かっている。
何が何でも、その原因を解明出来れば、猫神様の憑依現象も消えて行くのであろう。
例え、恩師の伊沢誉名誉教の逆鱗に触れようともである。