第3章 帰郷
第3章 帰郷
大口秀夫教授は、暇があれば、例の猫神様の首の画像を調べて見た。
決して、鮮明に写っているのでは無いが、まるで、レーザー・フォログラフィのように、ボンヤリと、しかも立体的に映っている。画質があまり良くないのは、夜、当の彼女が寝ている時に、撮影されたからであろう。
これを、実に、単純に言ってしまうならば、間違いなく、猫神様が殺された猫の恨みを晴らすために、この世に出現したと言う事になる。
しかし、自分は正統的な医者であり、狂信的なオカルト信者では無い。
目の錯覚と、思いたいところだが、パソコンの液晶画面は、嘘を付かないのである。
思い悩んだ大口教授は、自分の故郷の北陸地方に行ってみようと思った。
自宅からわずか10分のところに、「猫神様神社」がある。
子供の頃、よく遊んだ記憶がある。その「猫神様神社」には、確か、70代歳程の宮司様がいた筈だ。
この宮司様に、意見を聞いてみようと、考えたのである。
北陸新幹線で、主要都市に行き、そこで第三セクター運営の地方鉄道に乗り換えて、地元に戻ったのだ。
冬場は、雪の関係もあるので、帰郷は、3月下旬とした。
まず、自分の実家に顔を出した。
両親は健在で、実の弟が実家を継ぎ、地元の大学卒業後、地元の銀行に就職。その後、美人の奥さんと結婚して、現在小学生二人の子供がいる。
大口教授にすれば、可愛い姪っ子達二人である。
東京でも、有名な、スイーツを土産に、持って帰った。
姪っ子達にしても、父親の兄の大口教授は、テレビにも良く出演する高名な大学教授であり、友達にも、自慢できるのである。
大歓迎で迎えてくれた。
しかし、歓談もそこそこにして、大口教授は、「猫神様神社」に行きたかった。
で、少し、学問的な疑問を解決する必要があるからと、ここは、少し、自由にさせて欲しいと行って、実家を出たのだ。
「何処へ?」と、聞く、母親に、
「「猫神様神社」へ」と、答えた。
その真剣な表情に、皆、ある種の威圧を感じて、誰も文句は言わない。よほど聞きたい何かがあるのであろう。皆、そう納得したのだ。
実家から歩いて10分で、その「猫神様神社」へ着いた。
普通なら、二匹の狛犬が、参道に向かって並んで立っている筈だが、さすがは、猫神様を祭る神社だけあって、狛犬の代わりに、二匹の招き猫の石像が、立てられている。
神社の手前の左側に、こじんまりとした、2階建ての木造の住宅がある。社務所兼住宅である事は、小さい時から知っている。
この宮司さんは、定年まで、高校の教師をしていたと聞いていた。専門は、生物や物理学である。地元の国立大学を卒業した後、教師になり、今は宮司に専念しているのだ。
この宮司の名前は、山下秀一と言う。早速、玄関のドアフォンのボタンを押した。
御年、70歳の宮司は、シッカリした歩き方で、玄関まで、出て来てくれた。大口教授を人目見るなり、
「大口秀夫先生、いや、しゅう君じゃ無いか?これは、珍しいちゃのう。いつもテレビで拝見させてもろとるがいけどのう……」
「宮司さん、お久しぶりです」
「で、今日は、何のようで、ここに来たんや。大学のほうも急がしかろうに?」
「ええ、研究の他、論文の執筆、たまのテレビ主演等、これが思いのほか忙しいのです」
「そうじゃろうのう。しかし、妙に神妙な顔をしとるが、何か、あったのかいや?」
「実は、宮司さん、この「猫神様神社」の本当の由来について、詳しく、教えて頂けませんか?」
「それは、しゅう君が、小学生の頃、良く説明したと思っているんじゃが。
今、一度話すのなら、この北陸地方は、米はそこそこ取れたらしいが、その分、年貢米の取り立ても多かった。貧乏な農家にすれば、自分らの食べる分をネズミに食べられては大変だと、各家で猫を飼って、ネズミの駆除つまり自衛に努めた。
やがて、この事から、皆、猫を「猫神様」として敬うようになり、徐々に、猫神様信仰が広がり、この「猫神様神社」が出来たと聞いておる。
確か、1580年代には、神社の社も出来ていた筈じゃが……」
「その話は、前から何度も聞いています。
しかし、私の小中学校の同級生が、地元の市役所の図書館に司書として勤務していますが、この前、彼に電話で聞いたら、それは、表向きの話であって、裏には、もっと血なまぐさい裏話や黒歴史があったらしい、と意味深な事を言っていました。
私が、その同級生に聞いたら、ある郷土史家が、この「猫神様神社」に関しての、裏話や黒歴史について、独自に研究し、自費出版までしていると言ってました。
では、この同級生の言った裏話や黒歴史とは、一体、何なのです?」
ここで、山下秀一宮司の顔色が、一変した。
何かを、この宮司は知っているのだ。それは、一体、何なのか?
すると、山下宮司は、廊下をブツブツ言いながら、行ったり来たりし始めたではないか?口の中で、もごもご言っているようにも聞こえる。
「宮司さん、この話の奥には、先般の「猫の首の畑事件」の主犯の少女にも大きく影響して来るのです。
一応、世間では、その少女は、単なるキチ○○としか、見られていません。
で、医療少年院でも、そのような治療を行っています。しかし、症状が全く改善しません。昨年末には、医療少年院の主治医自ら、私の元に訪ねて来た程なのです。
その主治医は、猫神様の亡霊が映ったビデオの録画画面を、私に、見せて下さいました。これは、現実に、猫神様が存在する証拠なのでは……」と、ここぞとばかりに、たたみかける。
「このスマホに、パソコンから転送したその画像が映っています。宮司さん、これは、一体、何なんでしょう?良く、見てみて下さい。
万一ですよ、この猫神様が、現実に存在するとするならば、いわゆる精神医学的治療よりは、除霊が必要なのでは?」
だが、宮司は、ただただオロオロとするばかりである。
「宮司様、一人の少女の生涯がかかっているのです。是非、知っているお話を教えて下さい」
ここで、遂に、宮司は折れた。
「この話は、代々、宮司のみに口移しで伝えられて来た話でのう。私の妻でさえ知らないのじゃが、確かに、大口秀夫先生の言うとおりで、その少女には、猫神様が取り憑いているのは、間違いが無いじゃろうのう……。
あまり詳しい事は言えないが、私が聞いた限りでは、戦国時代の中頃、この北陸地方で、何度も、一向一揆が起きてのう。
そこで、誰が領主の時だったかはハッキリしないのじゃが、ある時、その首謀者の集団を兵糧攻めにしたと聞いておる。周囲を兵で取り囲んだんじゃ。
最初は、何でも食べていたらしいが、遂に、食べるものも無くなって、犬、遂には猫まで食べたらしいのじゃがなあ……問題は、正に、ここにあっての。
猫を喰った人間が、急に発狂したらしいんじゃ。それも一人だけで無く、数十人もじゃ。
結局、その首謀者の首を差し出して、まあ、その一揆は終了したらしいのじゃが、それ以来、猫の祟りを畏れての、この「猫神様神社」の前身の祠が建てられたらしいのじゃ」
「では、あの少女には、ホントの猫神様が取り憑いているとでも……」
「それは、何とも言えん。大体が、宮司をしているこの私は、定年まで高校の生物や物理学の教師をしていたのじゃ。科学的には、絶対、あり得無い筈じゃが……。
ただし、この私には、苦い思い出がある事も、また、事実なんじゃよ」
「その苦い思い出とは?」
「それを言うと、この私までが、キチ○○と勘違いされそうだが、事実は事実だ。
あれは、大学生の頃の話じゃがな……」と、宮下宮司は、驚愕の事件を口走ったのだ。




