第2章 難解な問題
第2章 難解な問題
さて、人の噂も75日。
やがて、彼女の事件も、我が国で次から次へと起きる連続強盗事件や、あのオソロシヤ帝国の隣国進行の拡大軍事侵攻や核兵器使用の現実味、隣国の某超大国の某島国進行直前のニュースに、あっと言う間に、かき消されて行った。
そして、その年の年末頃に、大学の事務室から、一本の電話が、大口秀夫教授の研究室に掛かって来た。
電話を聞いてみると、あの少女が、その後、家庭裁判所に送られた後、○○医療少年院に送られたらしいのだが、どうも、その当該医療少年院の精神障害担当医だった人が、大口教授の研究室に訪ねて来たのだと言うのである。
現在、○○医療少年院と□□医療少年院は、医療法上の「病院」に該当しており、精神科、内科、外科、整形外科、産婦人科、泌尿器科、眼科、耳鼻科などの全ての科が備わっており、国内でも特に精神医療分野のトップレベルの医師がそろっているとされているのは、聞いている。
それでも、大口教授の元に、直接、訪ねてくるのは非常事態に相違無いだろう。
「じゃ、私の、研究室まで、直ぐに来てもらって下さい」と、返事をした。
「失礼致します」と、如何にも、紳士的な人物が、研究室に入って来た。
名誌には、「○○医療少年院 精神科医 小森忠」とあった。この小森忠の名前に、若干、記憶があった。
確か、児童青年精神病についての医学論文も数編書いていた筈だった。その方面では、結構有名な医師であった筈で、この大口教授の元に訪ねて来るとは、何か、よほど困った事態があるのであろう。
「初めてお目にかかります。大口先生は、テレビで良く見ております。
で、私は、今、非常に不思議な患者を診ているのです」
「それは、例の、猫の首の畑を作っていた少女の件ですか?」
「正に、その通りなのです」
「何故、小森先生程の名医が、この私を、訪ねておいでたのです。それ程、彼女の症状は、異常なのですか?」
「ええ、家庭裁判所での精神鑑定では、解離性人格障害とされ、私の勤務している○○医療少年院へ送致されて来ました。
しかし、私が診たところ、彼女は、猫以外の話の場合は、全く普通人と同じであって、幻覚も幻聴も一切無く、まずは統合失調症では無い。
で、何故、猫の首を切断して、畑のように、児童公園に埋めたのかと聞くと、急に訳の分からない事を言い始めるのです。
これらの事を鑑みれば、確かに、ジキルとハイドのような解離性人格障害が疑われるのですが、問題はその話の中身なのですよ。
これが、良く、理解出来ないのです。で、先生のご意見をお伺いたいのです」
「どう言う具合に、訳の分からない話なのですか?」
「それが、猫を殺して畑のように地面に埋めたのは、猫神様が現れて、私に、強く勧めたからだと言うのです」
「猫神様って?」と、そう聞いて、大口教授は、ビックリした。
大口教授は、北陸の片田舎の出身なのだが、自分の自宅から、歩いて10分程の所に、猫神様を祭る、「猫神様神社」が現実にあったからである。
「何でも聞いてみますが、彼女の両親は、鹿児島か、北陸地方の出身ですか?」
鹿児島市吉野町には、全国的にも有名な猫神神社がある。で、自分の実家の近くにも「猫神様神社」があったのだ。
「私は、彼女の両親にも祖父母にも何度も会っていますが、ずっと前からこの東京の某市に住んでおり、鹿児島市や、北陸地方とは、何の関係ありません。
それに、彼女の父親は、大手IT企業に勤務していますし、彼女の母親は、私の目から見てももの凄く優しい女性です。当該事件を起こした彼女には3つ下の妹さんもいます。
先生のよく言われる、愛着障害などは、微塵も感じられ無いのです」
「では、今の話を聞く限りは、やはり、解離性人格障害が多分、彼女の病名に最も合っているのでは?」
「イヤイヤイヤ、実は、ここからが本論なんです。
私が、先生の元を訪れた最大の理由は、先生の略歴をネットで調べて、先生が北陸の出身であって自宅の直ぐ近くには、日本でも珍しい「猫神様神社」があります。
しかも、オカルトに理解がある事が分かったからです。
先生は、『私が診た不思議な世界』と言う、自分の患者の治療中に感じた怪奇現象を本にしておられますよね」
「ええ、私が、治療中に何度も不思議な事を経験したので、その事実を本に書いただけです。ですが、別に、狂信的なオカルト信者ではありませんよ」
「それだけ、確認できれば、十分です。
では、この画像を見て、どう、思われますか?」
と言って、小森医師は、持参したカバンの中から、フラッシュメモリーを取りだして、机の上に置いてあった、パソコンのUSB端子に接続した。
だが、何と、ソコに映っていた映像は、衝撃的な画像だったのである。
「これは、彼女の個室に取り付けた隠しカメラで録画したものです。
特に、彼女のように動物虐待のような場合、その、他傷行為が、自分に向けられる(自傷行為の事)危険性もあるため、今回、取り付けたものですが、ともかく、ここを見て下さい」
「こ、これは、正に猫の首の映像ですね。誠に失礼ですが、CGでは無いのですか?」
「そんな馬鹿げた事をしてまで、高名な大口教授を訪れる事は、絶対にあり得ません。
先生、これは、もしかしたら、彼女の言う猫神様の頭部が、彼女の入院している部屋に、空中から急に出現したのでは無いのでしょうか?」
「うーむ、私も不思議な体験は結構、経験して来ましたが、かようにハッキリと画像に写ったような事例は、初めてです。
私が経験したのは、主にテレパシーや、予知などのような、心理的な怪奇現象が多く、このように、猫の首の亡霊のようなものに出くわした事はありません」
「そうですか?
先生のようにオカルトについて理解のある方でも、この怪奇現象は、説明出来ないと、おっしゃるのですね」
「そうですね。
我が国では、戦前、T大で変態心理学の研究をしていて、そこで「念写」を発見した「福来友吉」先生の公開実験失敗以来、日本では、かような怪奇現象自体を研究する事は、学問上のタブーとなっています。
なぜなら、その「念写」実験失敗の故、「福来友吉」先生は、T大の助教授の椅子を追われていたからです。
映画にもなった『リング』や『らせん』は、この「福来友吉」先生の公開実験失敗が、その元ネタ何です。「貞子は生きていた」、と言う例の映画のキャッチフレーズは、実在した故:高橋貞子の事なんですがね。
ただ、このように、学問として現在も真面目に研究されていない以上、この画像を見て、私に判断しろと言われても、ちょっと難しいですね……」
「そうですか?
大口教授なら、ハッキリと超常現象だと、断言して下さると、期待して来たのですが、残念ですね……」
と、小森医師は、肩を落とした。
「一応、念のため、この画像は、コピーして良いですか?」
「御自由に、どうぞ。だが、もし、これが、本当の猫神様の亡霊なら、彼女の治療は、根本的に違って来るのです」
確かに、その通りなのだ。
これが、本物の猫神様の亡霊なら、彼女の治療は、精神医学の域を超えて、除霊の方が遙かに効果がある事になるからだ。