第六話 しろくまさんとお台場観光
「気持ちいいですねえ}
ホントだね。
海から吹く気持ちのいい風に、長い黒髪をさらさらと揺らす美少女は、やっぱり絵になると思う。
見ているだけでも、気分がよくなる。
つくづく美少女は、得だなあと思う。
問題は、一緒に居る白衣姿の俺だろう。
一応、彼女とは距離を取っているけど。
俺なんかと一緒にされたら、いくらなんでも彼女が可哀そうだ。
というか、俺はどうしたらいい?
そもそも、俺は何でこんなところに居る?
誰か、教えて欲しい。
「しっろくっまさ~ん!こっち、こっち!」
どうも、そう疑問に感じていたのは俺だけのようだ。
距離を取る意味は、まったく無かったようだけど、何故だろうか、ため息が出る。
というかさ、注目されるから大声はやめてくれないかな。
君みたいな美少女がさあ、声を掛けるべき相手は少なくとも俺ではないと思うよ。
ほら、その声に反応して、俺や君に注目している人たちは首を傾げているよ?
この二人、なんなのって。
いや、このおっさん何?
白いし。
だからさ、少しは空気読もうよ。
ここは、デートスポットなんだからさ。
「あのさ、君をお家に送るはずだったけど?」
「ええ、そうですよ」
何だろう、きょとんとしている彼女は、やはり可愛いけど。
いや、なんでそうですよとなるんだよ。
にっこりと微笑む彼女の顔を見ていたら、何だか色々と馬鹿馬鹿しくなってくる。
いや、馬鹿なのは俺だけかも。
いかんいかん、ペースを取り戻さないと。
「あ!しろくまさん!クレープ食べましょうよ!」
「あの~、私の話を聞いてくれませんか?」
「しろくまさん、ワタシではなくって、オレじゃないんですか?」
「私です。社会人として、当然の振る舞いです」
「じゃあ、何でさっきは、オレの芽依なんて言ったんですか?」
「言ってません」
「ええ?さっきは、あんなに私のことを思ってくれたのに」
「心配しただけで、思ってなどいません」
「でもでも、しろくまさん、私の為に必死でしたよぉ?」
「焦っていたからね」
「やっぱり、最愛のお嫁さんの危機に、本来の姿を見せたんですね!」
もう、好きにして。
何をどう言っても、そう誘導されるんだろう。
ああ、もう、どうしたらいいんだろうか?
「もう、しろくまさん暗いです」
明るいとか暗いとかでは、ないと思うよ。
そもそも、一応いまは就業時間中だし。いいのか、これで。
ああ、そうだった。
君には、関係ない話だったか。
「ほら!あ~ん」
彼女は買ってきたクレープをスプーンで掬い、俺に差し出してきた。
いつの間に。
ああ、俺が頭を抱えている最中にか。
「要りません。ダイエット中です」
「ええ!そのままの方が、絶対カワイイと思います!」
「カワイイかどうかはともかく、健康診断で色々と言われていますので」
「ちぇ。残念」
彼女はクレープを食べ始めたけど、一体何のクレープだ。ごちゃごちゃしていて、よく分からない。
なんというか、携帯パフェと呼んだ方が、いいような気がする。
少なくとも俺の知っている、クレープではない。
でも、美味しそうに食べているその姿を見ると、どこか癒される。
一口食べては、ん~と美味しそうに唸る仕草は、まるで食レポをしているアイドルのようだ。
でも、やっぱ変だ。
どうして俺は、ここに居るんだ?
ここはどこだ?
ああ、観光地か。
それって、ダメだろう。
無駄だと思うけど、一応聞いておこう。
俺をここまで連れてきたのは、彼女なんだから。
「あのさ、何でここなの?」
「一度、来てみたかったんですよ。お台場に」
ああ、そうですか。そいつは、良かったですね。願いが叶って、何よりだよ。
でもね、俺が君に聞きたかったことはね、君の感想や願望ではないんですけどね。
違う、違う。
どうも俺は、聞き方を間違えたようですね。
「あのね、私は社命で、君をお家まで送ることになっているんだけど」
「はい、知ってます」
だから、可愛く首を傾げるな。まるで俺が、間違っているみたいじゃないか。
いや、俺の存在そのものが間違いかも。
いやいや、俺は社会人、俺は社会人だ。立派な社会人です!
「普通に考えて、これはさぼりになるけど?」
そうそう、立派な社会人は、仕事をさぼったりしない。
「男に乱暴されかけ、落ち込む私を慰める為に、海の見えるところに連れて行ったで、いいんじゃないですか?」
よくない。というか、俺が君をここに連れてきたことになっていないか?
車を運転したのは、確かに俺だけど。
いいかい、君が、俺を、ここに、連れてきたんだ!
と言いたいけど、やめておこう。
また、面倒になるから。
「あのさ、私にも立場があるんだけど?」
「だって、本当に怖かったんです」
俯いて、今にも泣きそうだ。
やめろ、これでは俺が、この娘を泣かせているようじゃないか。
だいたいそれを言われると、もう何も言い返せない。くっそー、高橋の野郎!何で俺が、あいつの尻拭いをしないといけないんだ?
あいつが責任を取ればいい!
いや、あいつなら喜んで尻拭いをやるだろう。
それこそ、はい!は~い、責任取りま~すと。
そして会社は、見事に致命的な不祥事で報道されることになる。
もしかしたら俺は、高橋のことを語る、匿名の社員としてテレビに出演するかも。
あいつは、いい奴ではないんですけどねえ、とか?
いつかやると思ったんですよ、とか?
やっぱり、ダメだ。
「本当に、怖かったんです。だから、しろくまさんに助けられた時は、本当に嬉しかったんです」
「あいつ、君に何をしたのかな?」
「LINEを教えろとか、しつこかったんです。携帯の番号でも、いいからって」
あいつ。
「断ると怒って、私の腕や肩を掴んで来たんです。痛かったし、本当に怖かったんですよ。だいたい、私は携帯を持っていないんですから」
携帯を持っていないのか。今時、珍しいな。
ああ、そういえば彼女が携帯をいじっている姿を、俺は一度も見ていなかったなあ。
「ホント、済まなかったよ。私の監督不行き届きだ」
「何で、しろくまさんが謝るんですか?関係ないじゃないですか?」
「同じ社員として、しかも現場を監督する者として、無関係ではいられないんだよ」
「しょちょーさんが、責任者さんなんじゃないんですか?」
「所長は私の上司、君でいう、そうだなあ、校長先生みたいなモノかな。私は、担任の先生みたいな感じ」
「なるほど。さすがです!しろくまさんは、頭がいい!」
いや、頭とか関係無いし。
「とにかく、それを食べたら君を家まで送るから」
「ええ!もう私の保護者に、挨拶するんですか?」
いかん、本当に頭痛がしてきた。
うん?保護者?
どうして、両親ではなくなんだ?
「後日、改めて謝罪に伺います」
「お嬢さんを、私にくださいって?やだ!やだ!もう、しろくまさんのエッチ」
どうしたら、いいんだろうか?ねえ、誰か教えて?
「真面目に話そう?」
「はい、私は真面目です。大真面目です」
ああ、そうだったね。
真面目に遊んでいるんだったね。しかも、本気で。始末の悪いことに、全力で。
「じゃ、聞くけど」
「私のスリーサイズですか?」
応答してはいけない。彼女のペースに嵌まってはいけない。
「いったい、いつになったらここを出るの?」
「ええっと、今夜は帰りたくないです。ひとりはさみしいから」
あ、もうダメだ。くらくらしてきた。いっそ、警察に補導してもらうか?
ああ、それだと自爆行為と変わらないか。
「しろくまさん?」
芽依さんは俺の肩を揺すってきたけど、俺は微動だにしなかった。
彼女の手は小さく、力はとても弱かったから。
でも、この娘の小さな手に触れられると、ちょっと気持ちいいかも。
ダメだ、ダメだ。
しっかりせんか!!!
「しろくまさん!」
無視しているんではありません、必死に自分を取り戻そうとしているだけです。
「無視しないでくださいよ!」
「真面目に話しませんか?」
「もう!これじゃ私が、しろくまさんをいじめているみたいじゃないですか?」
これがいじめで無いとしたら、何と言うのかな?
プンプン怒っている顔も、きっと可愛いんだろう。見たいけど、見ないようにしないと。
「はい!分かりました。私の負けです!」
勝ち負けを競っていたのか?初めて知ったよ。いやあ、勝った、勝った。
勝てて良かったなんて、思えるか!
「とにかく、日が明るいうちに、君を家に帰したいんだよ」
「ええ?まだ早いですよ?」
「早くありません。今は就業時間中です。早く、社に戻りたいだけです」
「しろくまさん、真面目!」
だから、真面目な話をしませんかって、さっきから聞いてるじゃないか?
「ねえ、頼むよ」
「分かりました。私だって、夫の評判を落としたくないので」
突っ込みを入れる、そんな元気もない。
というか、すっかり芽依さんは元気になった。
「元気になったようだね」
「はい!しろくまさんのお陰です!」
なら、恩返しぐらいしろよ。
「はい!」
え?聞こえた?
そんな芽依さんは勢いよく立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「君では、私を引き上げるのは無理だと思うよ」
「私、頑張ります!」
ああ、そうですか。
俺は芽依さんの手を取り、俺の方から可能な限り勢いをつけて腰を上げたら、勢い付けすぎて芽依さんにぶつかってしまった。
彼女は俺の大きな身体に手を回し、そのまま抱き着いてきた。
「ああ、ゴメン。まさか、君にそんなに力があるとは、思わなかったんだよ。すぐ、離れるから」
「もう少し、このままでいたいです」
「ええっと、立場上イエスとは言えないんだけど」
「私、あの高田さんに傷付けられました。とっても、落ち込んでます。なぐさめてください」
高田って、誰?高橋のことだよな?
名前すら覚えてもらえないなんて、ちょっとだけだけど、ざまあみろ。
「分かったよ。落ち着くまで、こうしててあげるよ」
俺は腕をだら~んと下げ、いかにもこの子が俺に抱きついてきましたという、格好を作った。
そう、女の子が大きなぬいぐるみに抱き着く、そんな感じに。
「しろくまさん。頭をなでてください」
そうだった。この娘が、大人しくしているはずはない。
「あと、背中もさすってください」
「すまんが、勘弁してくれないかな?」
「わたし、きずついてます!」
「ああ、分かったよ」
どうも、この娘に切り札を持たせてしまったようだ。
しかも、いつまでも切り続けることが出来る、とんでもないカードを。
全部、高田じゃなかった、高橋のせいだ。覚えていろよ。
私は諦めて片方の手で芽依さんの頭を、もう片方の手で背中をなでることにした。
なでながら、想像以上に細い身体だなあと思った。
こんな細い身体で、あんな凶悪な男に言い寄られたら、そりゃあ怖かったんだろう。
「ホント、悪かった。ゴメンね」
「なんで」
「うん?」
「なんで、しろくまさんが謝るんですか?しろくまさんは、悪くないですよ!」
「いいかい、大人の社会ってね、そんな簡単には出来ていないんだよ」
「どういうことですか?」
俺の胸に押し付けていた顔を、上にあげてきた。どこか、真剣な顔で。
「悪くなくても、謝らないといけないし、悪くても謝ってはいけない。そんな面倒なのが、大人の社会なんだ」
「私、しろくまさんが謝ると悲しくなります」
何だろう、初めて見た表情だ。俺のことを、真剣に心配していると、そんな感じの表情だ。
「ああ、ありがとうね」
なんだろうか、この娘が急に愛おしくなってきた。
でも、それは許されない。
道ならぬ恋が許されるのは、ドラマの中だけだろうから。
それにこの娘は、きっと本気ではない。
「さ、もう帰ろう。暗くなって来たよ」
「はい」
何だろう、彼女は少し涙ぐんでいたような。
泣きたいのは、俺の方だけど。
社に戻ったら、高橋を締めあげよう。
その前に、彼女を無事に送り届けないと。
それが、大人の義務だし。




