最終話 わたしのしろくまさん
「おじい~ちゃ~ん!めいね、これがいい!」
「え?これでいいのかい?」
「うん!」
「イルカさんやペンギンさんじゃなくて?」
「めいね、これがいいの。だって、おじい~ちゃんみたいなんだもん!」
大好きなおじいちゃんと一緒に出掛けた水族館。
彩り豊かな、とってもキラキラした夢の世界。
そこでお土産として買ってもらったのが、ぬいぐるみのしろくまさんだった。
私は一目見て、これだと思った。
「大切にするんだよ」
「うん!」
ぬいぐるみのしろくまさんと、私はいつも一緒だった。
身体の大きさも、いつの間にか私の方が大きくなったけど、それでもいつも一緒だった。
私には、親が居ない。
物心つく前に、事故で亡くなったから。
でも、私はそのことも、親の顔も覚えていなかった。
両親の写真を見ても、違和感しか無かった。
だから私の家族は、優しくて大きくて真っ白なおじいちゃんと、お手伝いの酒井さんだけだった。
でも、私が中学生の時に、おじいちゃんは死んでしまった。
病気だった。
私は必死にお祈りした。
おじいちゃんを治してくださいって。
おじいちゃんを元気にしてくださいって。
私をひとりにしないでって、いっぱいお祈りした。
いっぱい、いっぱい、お願いした。
でも、ダメだった。
どんなにお祈りしても、おじいちゃんは起きてくれなくなった。
二度と、私の頭を撫でてくれることは無かった。
水族館に行くことも、もう無かった。
私は、一人になった。
一人になってしまった。
それでも、寂しくなかった。
酒井さんも居たし、牧田のおじさまやお姉さんも居たから、私は大丈夫だった。
それに私には、しろくまさんが居たから。
だから、一人でも大丈夫だった。
でも、どこか背中のあたりが、不思議と寒かった。
私はそれから、親戚のお家を転々とすることになった。
子供が一人で居る訳にはいかないって、そう言われたから。
でも、そこで悲しい出来事が起きた。
牧田のおじさまのお家に居た時、しろくまさんは捨てられてしまった。
理由は、汚れていたから。
壊れていたから。
だから、捨てられた。
私は追いかけたけど、間に合わなかった。
間に合わなかったんだ。
私は強く抗議した。
いっぱい怒ったけど、どうにも出来なかった。
代わりにって新しいぬいぐるみを貰ったけど、しろくまさんの代わりにはならなかった。
しろくまさんは、しろくまさんだけなんだ。
おじいちゃんのしろくまさんだから。
私は牧田のおじさまに、酷い言葉を投げつけてしまった。
私は、人を傷つけてしまった。
だから、罰があたったんだと思う。
私はおじいちゃんの遺産を相続するらしく、それを巡って私の奪い合いが起きたから。
親戚のお兄さんに酷いこともされたし、私も口車に乗ってしまったこともあった。
女の子であることが、まるでいけないことのような気もしたぐらい。
そんな私に分かるのは、おばさま方が欲しいのはおじいちゃんの遺産であって、私では無かったから。
だから私は、きっと捨てられたんだろう。
汚いから。
壊れているから。
女の子だから。
私がいくら泣いても、私の側には誰も居なかった。
しろくまさんも、居なかった。
私は、ひとりぼっちだった。
本当に、ひとりっきりだった。
中学三年生になった時、ネットに酷いことを書かれた。
男をとっかえひっかえする、ヤリマなんだって。
私、まだ処女なのにね(笑)
キスだって、まだしたことないのに。
しろくまさんとはたくさんしたけど、ぬいぐるみだからノーカンだよね?
でも、ネットでは私は男を誘惑する、悪女って書き込まれていた。
パパ活もしていたって。
何それ?
同級生の大半は私を遠巻きにしていたけど、きっと私の悪口を言っていたんだと思う。
だから、私は携帯を捨てた。
変なメッセージが来るから。
電話が鳴るから。
知らない番号からだったから。
怖かったから、私は携帯を捨てた。
牧田のおじさまに相談すると、訴えると言ってくれた。
でも、私の悪口を書き込んだ人が、私と仲の良かった同級生だった。
私の数少ない、お友達だった。
私の携帯番号を知っている、数少ない人だった。
私はその子を、友達を信じていたんだ。
ネットの悪口に悩んだ私は、そのお友達に相談したから。
お友達は、私を慰めてくれたから。
私を励ましてくれたから。
でも、その裏で私の悪口を、ネットに書き込んでいた。
私は芽依ちゃんの味方よって、そう言ってくれたのに。
私のアドレスや電話番号も、ネットで広めたのも、その友達だった。
だから私の携帯に、知らない番号から掛かってくるようになった。
信じていたのに。
どんな気持ちで、あんな悪口を書いたんだろう?
私を慰めたのは、嘘だったんだ。
友達が私を励ましてくれた時、私は心から嬉しかったのに。
でも裏では、私のことを笑っていたんだ。
きっと私だけが、その子を友達だと思っていたんだ。
人を信じた、私が馬鹿だったのだろうか?
もう、学校には行けなくなった。
彼女の親が謝りに来たけど、私は会わなかった。
彼女は、来なかったから。
だから私は、牧田のおじさまにすべてをお願いしたから。
もう、嫌だったから。
人の目が、人の声が怖いから。
私は、人が怖くなった。
世界から色が消えてしまい、すべてが灰色になった。
学校も転校した。
でも、そこにも私の居場所は無かった。
だから私は、おじいちゃんのお家に戻った。
親戚のおばさま方が、時折家に来るけど、煩わしいだけだった。
家に来なさいって言うけど、本当に欲しいのは私じゃないんだ。
私って、要らない子なんだから。
学校では牧田のお姉さんが、なにくれと無く私の世話をしてくれたけど、私には煩わしいだけだった。
もしかしたら、裏で私の悪口を言っているんじゃないかって。
疑うのは良くないけど、どうしても考えてしまう。
私に向けられる笑顔が、とても怖かった。
ごめんなさい。
だって私は私ではなく、おじいちゃんの遺産の一部だから。
私は人ではなく、お金の一種なんだ。
だから、私は泣いちゃダメなんだ。
だって私は、必要の無い人間だから。
私には居場所も無いし、必要だって言ってくれる人も居ない。
私が必要だと思う人も、もうこの世にはいないし。
おじいちゃんも居ない。
しろくまさんも居ない。
私に触れてくれる人はいない。
私が触れたいって、そう思う人もいない。
もう、誰もいない。
「もう、死んじゃおっかな」
ふと漏らしたその独り言が、私自身を強く動かした。
「ああ、そうか、もう生きていなくていいのか」
そう思うと、何だか気持ちが軽くなったような気がした。
身体が軽くなった。
心が軽くなった。
命が、軽くなった。
私って、軽かったんだ。
軽い女の子なんだ。
なら、ヤリマって言われても、仕方がないよね。
だったら、もう死んでもいいよね?
死んだ方が、いいよね?
でも、どう死んだらいいんだろうか?
どうすれば、死ねるのかな?
「首つり?いやだなあ、苦しいのは」
う~ん、どうしよう?
いざとなると、死に方が分からなかった。携帯があれば、調べることも出来たのかもしれない。
電車に飛び込むのって、ちょっと嫌だし、どうやったら綺麗に死ねるのかなあ?
自分のことなのに、どこか楽しかった。
でも・・・・
「違う、違う、違うよ・・・」
私は泣いた。ただ、泣いた。
でも、どうしていいのか分からなかった。
誰にも相談できないし、相談できる人はいない。
どうせ、また私を裏切るんだから。
裏で、私の悪口を書くんだから。
ヤリマって、そう書くんだから。
もう、そんなの嫌だ。
やっぱり、もう死のう。
私は、街をさまよった。
知らない場所に行きたかった。
誰も私を知らない、私も知らないそんな場所に。
どこでも良かった。
どこでもない、その場所で死のうと思った。
だから、ただ歩いた。
どこまでも、
どこまでも、
いつまでも。
気が付いたら、本当に知らない場所に来ていた。
目の前にあるのは、窓が無い大きな建物だった。
不思議な建物だった。
中から外が、見えないように出来ている。
何て、好都合なんだろう。
「飛び降り自殺も、いいかも」
私は導かれるように、建物を目指した。
まるで、吸い寄せられるように。
甘美に思うぐらいに、どこか高揚感すら感じていた。
その時だった。
「あ!しまった!」
声が聞こえた。懐かしい感じがする、そんな声だった。
何だろう、すっごく気になる。
私は声のする方に、近づいて行った。
人は怖いけど、どうせ死ぬんだから、もういいよね。
でも、何がいいんだろう?
おかしいの。
声のした方に行くとそこには公園があり、その園内のベンチには、ベンチには、ベンチには、ベンチに居るのは、居るのは、しろい、しろい人がそこに座っていた。
「しろくまさん?」
私は、目を疑った。
頭から足元まで、真っ白な人だった。
白く、光っていた。
とても、大きな人だった。
ドキドキしてきた。
ワクワクしてきた。
私は白い人の座るベンチにもっと近づき、声を掛けたくなったけど、でも出来なかった。
側まで近づけなかった。
声が出なかった。
きっと、怖かったから。
人が怖かったから、男の人がとても恐ろしかったから。
男の人は、私に酷いことをするから。
ううん、違うんだ。
しろくまさんが、私を怖がるんじゃないのかって。
それが怖かった。
拒絶されることが、とても怖かった。
ダメだ、逃げたい。
こんな私を、許してほしい。
しろくまさんを守れなかった私を。
すると。
「強く生きろよ」
急に世界が、色付いてきた。
私を励ますような言葉だった。
優しくて、力強くて、そう、まるで死んだおじいちゃんのような、深い深い声だった。
おじいちゃんに励まされたみたいに。
そうだ、強く生きないと。
そうだよね、おじいちゃん!
だからまず、この人に声を掛けよう。
私はベンチにそろそろと近づきながら、頭の中でシミュレーションをした。
こんにちは!
お元気ですか?
いいお天気ですね。
色々と考えていたけど、すぐ側まで近寄ったら、頭の中が急に真っ白になってしまった。
私は思わず、声を掛けてしまった。
「優しいんですね」と。
振り向いたその人は、一瞬、おじいちゃんに見えた。
おじいちゃんであり、しろくまさんだった。
もしかして、私を迎えに来てくれたのかな?
天国から、私を連れに。
でも、違った。
違ったけど、私は思った。
強く思った。
私には、この人が必要なんだ。
そしてこの人には、私が必要なんだって。
変なの。
でも、変でもいい。
だって、私も変なんだから。
変だけど、楽しい。
でもね、この人、結構頑固なんだよ。
お名前だって、教えてくれなかったし。
お名前を教えてくれなかったから、私はこの人をしろくまさんと呼ぶことにしたんだ。
きっと、私のことを変な女の子と思ったかもしれないけど。
それでもきっとこの人なら、私を見捨てないと思った。
だって、猫ちゃんにごはんをあげてるんだもん。
私にだって、優しくしてくれると思う。
捨てられた猫のような、こんな私にだって。
だって、しろくまさんは私を振り払おうとか、酷いこととか全然しないんだもん。
だからね、ついつい、いじわるしたくなっちゃうんだ。
触りたくなるんだ。
甘えたくなるんだ。
だって、しろくまさんって、あったかいんだもん。
触れていると、ホッとするんだもん。
しろくまさんは、ちょっと怯えてるみたいだけど。
失礼しちゃうわ。
か弱い女の子なのに!
でも、いいの。
これで、いいの。
しろくまさん。
しろくまさん!
しろくまさん!!
しろくまさん!!!
私は、叫びたい!
大好き!
しろくまさん!大好き!
大好きって、こんなに素敵なんだ。
だって、こんな私も、好きになれるんだから。
私自身を、大事に思えるんだから。
生きていていいんだって、そう思えるんだ!
生きているって、こんなにすごい事なんだって。
毎日が、どきどきするんだ。
キラキラ光っているんだ。
世界がこんなにも、キレイなんだって。
眩しいぐらいに、キラキラしているんだ。
だからね、私に触れて欲しいって、強く思ったんだ。
もう、ひとりじゃないんだって。
寂しくないんだって。
しろくまさんが、私に教えてくれたんだよ。
好きって気持ちがあれば、いつでも元気になれる事を。
でも、しろくまさんはどう思っているのかな?
私の事、好きになってくれるかな?
しろくまさんも、私にどきどきしてくれるかな?
そうだと、うれしいな。
そうであって欲しいな。
そうだ!
そうに違いない!
だから今日も、とっても楽しい!
私の止まった時間が、こうして動き出すのです。
だからね、私のことを好きにさせてみせます!
わたしの大好きな、しろくまさん!
わたしが、しろくまさんを幸せにしてみせますから。
今度こそ、わたしがしろくまさんを守ります!
守ってみせます!
これが、私こと諏訪芽依と、しろくまさんとの素敵な素敵な出逢いでした。
私としろくまさんの物語は、こうして始まるのでした。
しろくまさんと芽依さんによる、ふたりの物語を楽しんでいただけたでしょうか?
ちょっと書き足りない部分がありましたが、作品の空気感が一変してしまいそうなので、見送ることにしました。
それは、しろくまさんと出会う前の芽依さんの物語です。
芽依さんの過去に何があったのか、最終話に収めたように断片だけに留め、あとは読んだ方の想像にお任せしたいと思います。
ただ、彼女は相当な目に遭っていたので、最後は幸せになったことで肩の荷が下りたような気がします。
本作の主題は、年の差恋愛は成立するのかではなく、人間とは何か?
生きるとは何かを、問いたいと思いここまで執筆してきました。
しろくまさんは芽依さんと出会ったことで、その後の人生が劇的に変化したように、芽依さんもまた、しろくまさんとの出会いでその後の人生を変えていきました。
出会いは必然であり、偶然ではありません。
今絶望していても、未来が絶望的であるとは限りません。
未来はまだ、この瞬間には決まっていないからです。
だから、希望を捨ててはいけない。
その思いが描けたら、読んだ方に伝えることが出来たら、本作は及第点と思います。
読んだ方の一助になれたら、幸いと思います。
では、また別の作品でお会いしましょう。




