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第四十六話 しろくまさんと家族

「まま!ゆい、ねちゃったよ」

「ええ?パパ、起こしてきてよ」

「ああ、分かったよ」

「ぱぱ、こっち」

「お部屋じゃなくて?」

「うん、おいすでねてる」

 俺はとことこと歩く真依の後ろに付いて行き、リビングに向かった。

 リビングのソファーでは、由依は我が家の飼い猫のしろくまと一緒に丸まりながら、実に気持ちよさそうに眠っていた。

「おやおや」

 やれやれ、誰に似たんだか。

 猫が先か、由依が先か、どっちが先にここで眠ったんだろうねと、俺は暢気にそう考えた。




 あれから俺と芽依さんの関係は、基本的な所に変化はないけど、周辺は劇的に変化した。


 何故なら、芽依さんは結果として、祖父の遺産を相続することになったからだ。



 つまり、資産家女子高生の誕生だ。



 事の起こりは、ある手紙が届いたところから始まった。


 それは内容証明付きの手紙で、とある法律事務所の名前で送付されてきた。


 そこに記されていたのは、芽依さんが成人する日に芽依さんが何らかの事情で遺産の相続が出来なかった場合、しかるべき措置を取るという内容だった。


 つまり、新しい遺言書が見つかったのだ。


 そこに書かれている内容は、芽依さんが大事にされていること、芽依さんには何不自由は無いこと等の条件が事細かく記されていて、それに反するような行為が一つでもあった場合、牧田弁護士を背任行為として芽依さんの代理人を解任し、かつ芽依さんに対して心無い行為をしたすべての親類や関係者に対して、遺産の配分は一切行わない、すべてを芽依さんに相続させる旨が書かれていた。


 もし芽依さんが、それでも遺産相続を放棄した場合、慈善団体にすべて寄付するとも書かれていたそうだ。


 つまり、ヤギ共、もとい親戚の方々には何も渡らないということだ。


 牧田弁護士に代わる新たな弁護士事務所は、芽依さんの祖父の遺した最後の意思の執行者として、芽依さんの代理人に就任することを宣言した。


 その結果、牧田父はすべての権限を失い、芽依さんの祖父の財産の一切に手を付けることが出来なくなった。


 牧田父は仕方がないと諦めたようだけど、ヤギ共、もとい親戚の方々が黙っている訳はなく、訴訟も辞さないと息巻いていた。


 しかし、彼らは訴訟することを断念し、遺産を諦めたようだ。


 それは芽依さんがあの時録音した記録があるからではなく、実はお手伝いさんである酒井さんが詳細に記録を取っており、万が一の場合に備えて芽依さんの祖父が用意してあった、件の弁護士事務所に定期的に連絡がいっていたそうだ。


 芽依さんを担当する弁護士が、実は酒井さんのご子息だった。


 芽依さんのおじいさまの財産の管理もそこで行われていたそうだけど、牧田父はそこがどういった使命を帯びていたか、まったく把握していなかったようだ。

 芽依さんに何も問題がなければ、ただの資産管理会社として機能するはずだったけど、事態は芽依さんのおじいさまの想像した通りに進行したようだ。

 

 芽依さんのおじいさまは、ヤギ共、もとい親戚の方々をまったく信用していなかったようだ。


 そして牧田父は、芽依さんを守れるだけの力が無いと考えていたようだ。


 その結果、芽依さんはおじいさまの遺産をすべて相続し、いわゆる大金持ちになったようだ。

 それでも芽依さんは、遺産の相続を放棄しようとしたけど、酒井さんや酒井さんのご子息である弁護士に説得され、一応は相続することにしたようだ。


 だから芽依さんは、慈善団体を自ら立ち上げることにしたようだ。


 酒井弁護士は相続の際の節税対策に使うつもりらしい、芽依さんは結構本気だった。


 設立された慈善活動の為の団体は、親を亡くして困窮する家庭の支援を主な目的としており、孤児となった児童を引き受けてくれる里親など養子縁組をあっせんする事業も行うことになった。


 設立した財団の本部は、芽依さんのお屋敷が使われることになった。


 まあ、部屋は余っているから、特に問題は無いそうだ。

 

 ということで、芽依さんが大学を卒業したら出ていくはずだったあの大きなお屋敷は、正式に芽依さんの所有になり、一部を財団に貸し付けるという格好になった。

 

 俺は酒井弁護士の助言と、芽依さんのお願いを聞き、諏訪家に婿養子に入った。

 なんとなく、逆玉ぽいけど、城田姓に愛着は無いから。


 まあ、芽依さんにそれでいいですよね、それでいいですよね、それでいいですよねを連呼されたから思わず、はい、それでいいですと答えたことは、とりあえず置いておこう。

 まあ、普通に断れないでしょう。


 気のせいか、芽依さんに首を絞められていたような気もしたし。


 芽依さんは興奮すると、何をするか分からん娘だと思う。


 とは言うモノの、俺に黙って婚姻届けを出されないだけ、まだマシと思うことにした。

 俺に関わることは、一応俺の意思を確認してくれるそうだけど、意思決定のプロセスに関われるかどうかは、まあ期待しないでおこう。

 どうも、俺は芽依さんに対して、ノーとは言えないようだから。


 やれやれ。


 ノーと言える人間になりたいなあ。


 問題はその慈善団体だけど、何と名前が、しろくま教育財団と名付けられた。

 何と言うか、芽依さんは余程、しろくまが好きなようだ。


 財団の理事長には芽依さんがなるのはいいけど、何故か俺が総裁になった。

 俺にそんなのは無理だと断ったけど、年若い芽依さんだってやるんだから、大人であるあなたが助けないで誰が助けるんですかと言われ、更にあなたなら出来ますと酒井弁護士に畳みこむように助言された。

 目をキラキラさせている芽依さんの期待を裏切るのって、俺にはハードルが高すぎるしね。

 芽依さんの側には、信頼出来る大人が居るべきだって。


 芽依さんが安心出来る環境を、あなたが作るべきだと。


 まあ、あのヤギ共もとい、親戚の方々を見ると、確かに安心出来ないと思うけど、いいのかそれで?


 芽依さんに言いなりの俺で、役に立つのかね?


 それで、そもそも総裁って何する人?


 結局、俺はしろくま教育財団の総裁になったはいいけど、意外に財団の仕事は忙しく、工場での勤務が難しくなった。

 兼職出来ると思った、俺が甘かったらしい。

 仕方がなく、俺は工場を早期退職することになった。長年勤めた、あの工場を。

 一応、俺は慰留はされたけど、あくまでも形式に過ぎないのは当然だろう。


「自分は、そんなに期待されていたんですね。では、退職するのをやめます。これからも、よろしくお願いします」


 そう上司に言ったら、彼は明らかに顔色が変わり、いやいや新しい事にチャレンジするのも、今の内だから新しい職場で是非頑張ってくださいねと言われた。

「はあ、そうですか」

 まあ、本気にしたら冗談ですと返すつもりだったけど、ちょっとがっかりした。


 余談だが、しばらくしたら工場にまた戻って来てくれないかと言われたけど、どうもあれから新しい人が入ってこないようだ。

 一言、新しい仕事が忙しいので、お誘いに応えることが出来ないことが、大変心苦しいのでまたご縁がありましたら、是非お声掛けくださいと大人らしく答えたけど。


 ちょっと、嫌みっぽかったかな?


 笑えないのが、財団の仕事で俺が勤めていた工場の親会社の社長と会談することになったことだ。俺はそこで、どんな態度を取ればいいのか本気で悩んでしまった。

 まあ、結局当たり障りのない話をしたけど、社長さんは俺の前職を知らなかったようだ。

 それはそれで、幸いだったけど。

 だって、面倒じゃないか。

 あの社長は満面の笑みを浮かべながら、それでも真剣に俺の話を聞く態度って、ちょっと怖いと思った。

 俺がそんな態度を取るなんて、到底無理だと思ったからだ。

 だから、素直に社長を尊敬出来る。

 やっぱり、エリートは違うんだな。

 どうも、人種が違うようだ。


 俺はつくづく、エリートに弱いようだ。


 その後、芽依さんは大学に進学する傍ら、財団の運営にも携わっていたけど、妊娠を機に休職ならびに大学も休学することとなった。



 

 どうも、すみません。




 だって、早く子供が欲しいって、芽依さんが言うんだもの。

 大家族が夢だって、そう言っていたし。

 家族で川の字になって眠るのが、芽依さんの野望なんだって。

 はい、いい訳です。

 せめて、大学を卒業してからにしようと、芽依さんを説得すれば良かった。

 いや、そもそも彼女を説得すること自体、俺にはハードルが高いけど。

 

 そうして産まれたのが、双子の女の子だった。

 早産な上に難産だったけど、二人の子宝に恵まれたことで、芽依さんは大変嬉しそうだった。


 母親になった芽依さんは、益々綺麗になった。


 子供は、真依と由依と名付けた。


 とっても可愛くて、この初めての感情を持て余して困るぐらいだった。


 でも、子育ては大変だった。


 最初は育休も短くするはずだったけど、芽依さんも体調を崩したので、しばらくは仕事と大学を休ませることにしたし、俺も子育てを手伝ったので、財団の仕事が難しくなった。


 その結果、財団の運営にも支障をきたしてきたので、牧田父と牧田娘に財団の仕事を手伝ってもらうことにした。


 元々、牧田父を運営に携わらせようとしていたようだけど、今すぐにそれをやると、ヤギ共、もとい親戚の方々から不興を買いそうだから牧田父の方から断っていたそうだ。


 つくづく、牧田父って、気が小さいよなあ。それでよく、弁護士が務まると思うけど。


 それで芽依さんが、牧田親子に子供を産んだから財団の仕事を手伝って欲しいと言ったらしいけど、それを聞いて我が家にやってきた牧田娘は、怒りを俺にぶつけてきた。


 正直、本気で怖かった。


 大学を卒業するまで、何で待てなかったのかということなんだけどさ、俺に言うなよと思う。

 でもすぐに、赤ちゃんを可愛い、可愛いを連呼して抱っこさせてもらっていたので、俺はこれ以上牧田娘に責められずに済んだけど。


 赤ちゃんに助けられる俺って、どうよ?


 これも、鬼の目にも涙とでも言うのだろうか?


 いえ、嘘です。嘘ですからね?


 俺を睨まないでね?


 赤ちゃん、怯えるよ?

 

 という訳で、子育てもひと段落ついた芽依さんは無事に大学を卒業し、財団の運営も落ち着いたところで、親子でレジャーと洒落込むことにした。


 ずっと、忙しかったし、家族団らんの時間をやっと取れたから。


 いや、本当に忙しかったんだ。


 芽依さんも、時々切れたし。


 子供もわんわん泣いたし。


 とは言え、いい家庭になったと思う。


 だから、家族で思い出作りをしようと思った。


 日頃の労をねぎらう為にも。


 しっかり者だけどどこかおっちょこちょいな所がある真依と、のんびり屋さんだけど意外にちゃっかりしている由依を連れて。


「ほら、由依、起きろ」

「ゆいちゃんは、おねむですぅ~」

「起きないと、置いてくよ」

「いいよぉ、おやすみぃ~」

「もう!ぱぱ、ゆいおいてこ」

「ダメだよ、由依が可哀そうじゃないか」

「だって、ゆいおきないよ」

「真依も起こすの手伝って」

「ええ?もう!」

 真依が由依を揺するも起きる気配は無く、真依は早々に諦めた。

「もう!いこ、ぱぱ」

「ええ、もうちょっとだよ」

「おさかなさんにげちゃうから、もういこ」

「お魚さんは逃げませんから」

「どうしたの?」

「まま!」

「それがさ、由依が起きてくれないんだよ」

「だったら、パパが抱っこして連れて行ってあげればいいんじゃない?きっと、着いた頃には起きるよ」

「え?」

 まあ、仕方が無いか。ひとりだけお留守番なんて、さすがに可哀そうだし。

 きっと、途中で起きてくれるだろう。

 

 ええっと、起きてくれるよね? 


 俺は仕方がなく、すやすやと眠る我が姫君を抱っこした。すると、今度は真依がぐずり始めた。

「ええ?ぱぱ!まいもだっこして」

 両手を差し出しながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる真依だけど、今度はママまでもが私も抱っことか言う始末だ。

 こうして二人並んで両手を差し出しながらぴょんぴょん跳ねていると、親子というより年の離れた姉妹に見える。

 

 やれやれ。


「ママは、真依を抱っこしてください」

「無理です。真依はもう、重いから」

「まま、れでぃにおもいは、おもいは、ええっと、きんしです!」

「うん?そう?ゴメンね」

 ママに頭を撫でられている真依は、本当に嬉しそうにしている。

 やれやれ、年を追うごとにおしゃまになっていくなあ。

 女の子の成長は、特に早いそうだから。

 だから、今の内かな。

 

「うわぁ~!」

 寝ているんだか起きているんだかよく分からない由依を片方の肩に担ぎ、真依も片方の肩に担いであげた。

「ぱぱ、まいはかたぐるまがいい」

「もう、無理です」

「できないりゆーより、ええっと、ええっと、なんだったっけ?」

「今度、ちゃんと覚えてから使いなさい」

「は~い」

 肩に乗せた由依が、もぞもぞと動いたので、危ないから落ちないようにしっかりと掴んだ。

「う~ん、ぱぱぁ」

「な~に?」

「ゆいねぇ、おしっこ!」

 今度こそ由依は目覚めたようだけど、開口一番がそれか。

「パパ、由依をおトイレに連れて行ってあげて」

「分かったよ、真依、下ろすよ」

「いや!」

「もれるぅ~」

「ちょ、ちょっと待って、待って」

 真依を下ろそうとしたら、ガシッとしがみ付かれたし。由依はもぞもぞし始めて、俺をガシッと掴んできた 

 勘弁して。

「あははははははは」

「ちょっと、ママも笑ってないで、何とかしてよ」

「だって、だって」

「だって?」


 ママは、ただ腹を抱えて笑っていた。


 だってって、何だろうね。


 俺には何となく分かったけど、間違っていたら耳を引っ張られそうなので、ここは黙っておこう。


 このままが、幸せだから。


 幸せって、人に与えることが出来て初めて、実感出来るんだなあと思う。


 幸せを与えることが出来て、本当に俺は幸せだと思うよ。


 人生って、本当に分からないモノだと思う。


「ぱぱ、まいもおしっこ」

「ええ?」

「パパ、ママもおしっこ」

「自分でしてきなさい!」

「ケチッ!」

 そんなママは、俺の頬に口づけをした。

「ああ!まいも、まいもちゅ~して!」

「はいはい」

 ママは真依の頬にキスをしてから、肩から下ろした由依と一緒に洗面所に向かった。

 すると、真依も私も私もと言いながら、俺から飛び降りて二人に付いて行った。


 俺はひとりポツンと、取り残されてしまった。


「パパも手伝って」

「あ!は~い!」


 良かった、俺を忘れないでくれて。


 俺は、ひとりじゃないんだ。


「パパ~?」

「ああ、はいはい!今行くよ」



 起き出した猫が、大きなあくびをしていた。

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