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第四十四話 しろくまさんと別れ

「私からも、条件があります」

 牧田父だった。

 俺は緊張しながら、牧田父と向き合った。

「はい、なんでしょうか?」

「芽依さんが成人するまで、彼女とは会わないと約束してください」

 俺が返事をする前に、芽依さんはアップルパイの乗った皿を持ちながら、勢いよく立ち上がった。

「いやです!!!」

 いや、そんなに大きな声を出さなくても、いいと思うけど。というか、よくアップルパイを落とさなかったね。

 でも、これ美味しいな。どこのお店のだろう。

 いや、そんなことを考えてる場合じゃないな。

「芽依さん、落ち着いて」

「私、お金は要らないって、そう言いましたよね?」

「ええ、まあ、そうですね」

「それなのに、今度は私からしろくまさんを取り上げるんですか?」

「しろくまさんですか?」

「牧田先生、それ、私のニックネームです」

「ああ、そうですか」

「とにかく、私は承知出来ません!」

 だから、皿を持ったまま興奮しないでよ。せっかくのアップルパイが、床に落ちてしまうじゃないか。ここの床は掃除が行き届いていてとてもキレイだから、三秒ルールが適用出来そうだけど。

 いやいや、芽依さんにそんなことはさせられないし、でもしかねないかも。

 そんで、拾ったアップルパイを俺に、あ~んとか言いながら口に押し込むとか?

 何の罰ゲームだ?

 いかん、芽依さんを鎮めないと。

「芽依さん、落ち着いて」

 俺が何か言う前に牧田娘が芽依さんに注意してくれたけど、彼女もアップルパイを頬張りながらだから、どこか説得力がないけど。

 美味しいモノには、目が無いということかな。女子あるあるかな?

「わたしは!」

「芽依さん、まずは座ろうね」

「しろくまさん」

「アップルパイ美味しいよ」

「ああ、そうなんですよ。酒井さんの作るお菓子って、とっても美味しいんですよ」

 へ~、お手伝いさんの手作りだったのか。道理で。酒井さんすごいな。気が利くし。

 でも良かった、芽依さんの機嫌が直って、、、、る訳ないか。

 やれやれ。

「そんなこと、言ってる場合じゃないです!」

「でも、まずは食べ物を大事にしないとね。ほら、せっかくなんだからお食べなさい」

「と、とにかく、私はいつでもどこでもいつまでもどんなときもどんなことがあってもなにがあってもなにがなんでもどうあっても、しろくまさんと一緒です!」

 よく言えたね?もう一度、同じように言えるかな?でも、俺は全部聞き取れなかったけどね。

 俺の感想としては、そんなの息が詰まるから嫌ですだけど、それは言わないでおこう。俺だって、プライベートの時間ぐらい欲しいけど、こっちにとばっちりが来そうだし。

 だいたいさ、そんなに四六時中一緒に居られたら、きっと家出したくなるよ。

 俺って、贅沢ですかね。

「芽依さん」

「はい!」

「しばらく、離れよう」

「どうしてですか!」

 いや、だからね、そのお皿を一旦置こうよ。じゃなかったらさ、そのお皿を俺の胸に、ぐいぐい押すのをやめてくれないかな?結構、痛いし。というか、ここに来てからというものの、何だか痛いことだらけだなあ。

 俺が何をした?

 いや、食べ終わるまでこの話はしない方が合理的かな?

「芽依さん、まずはそのアップルパイを食べて。話はそれから」

「む~、しろくまさんはいつも、私を子ども扱いする!」

「子供扱いしてないよ。でも、大事な事なんだよ」

 芽依さんはアップルパイを、ガツガツと一気に食べた。お嬢様らしからぬ行儀の悪さだけど、それだけ興奮してるんだろう。視線は何故か、ずっと俺に向いていたし。心なしか、機嫌が悪い。目が怖い。ああ、これから俺は何をされるんだろうか?

 これだから、女の子は苦手だ。

 俺はその間、ゆっくりとお茶を飲んだ。俺も落ち着かないと。いや、本当にこれ美味しい紅茶だ。高いのかな?

 落ち着くなあ。

 冷静になってきた。

 冷静になって思うことは・・・・・・。


 は~、逃げたいなあ。



「ひろふははん」

「まずは口の中のモノを、飲み込んでからにしよっか」

 芽依さんは口を手で隠しながら、はふはふ言いながらアップルパイを飲み込んだ。正直、もっとゆっくり味わって食べなさいよと言いたいけど、芽依さんにはそれどころではないのかな?

 そんな芽依さんは、ごっくんとどこか大げさな仕草をしてから、こちらに向き直った。

 はい、ゴクローさん。

 ほら、お茶を飲みなさいと差し出したら、それも一気に飲み干した。

 それでよく、むせないなあ。俺だと、盛大にむせると思う。やっぱり、若いからかな。

「そ、それで、しろくまさん、どういうことですか?」

「どうもこうもないよ。芽依さんの後見人の発言は重いと、そういうことだよ」

「私にだって、権利はあります!」

「あると思うけど、こと人と人との関りにおいてはね、保護者の意見は重要なんだよ」

「分かりません、私にもっと分かるように説明して下さい!」

「簡単な話しだよ、俺と芽依さんがお付き合いするにはね、牧田先生の許可が必要なんだよ」

「そんなの、おかしいです!」

「おかしくないよ」

「おかしいです!だって、同級生だって男の子とお付き合いしています!私だけダメなんて、それって差別です!」

「その男の子がどんな人か分からないけど、保護者がお付き合いの許可を出しているんじゃないのかな?例えば、黙認とか暗黙の了解ってのもあるからね。でもそれはね、無許可ではないよ」

 そう、無許可はまずい。俺はそれで、散々酷い目にあったから。

「そ、それは」

「いいかい、ここはね、前提があるんだよ。俺と芽依さんが正式にお付き合いするには、保護者の許可が居るんだ。今まではまあ、友達の範囲だったけど、それだって本来は微妙なんだよ」

「どうして」

「うん?」

「どうして、ダメなんですか?」

「君が大人ではないからかな?」

「どうして、大人でないとダメなんですか?」

「大人はね、自分のしてきたことに責任を取れるからだよ」

「私だって、自分の責任ぐらい自分で取れます」

「その責任と、この責任は違うんだよ」

「どう違うんですか?」

「芽依さんの取れる責任の範囲はね、牧田先生の責任の範囲内ということだからだよ」

「どういうことですか?」

「だからね、芽依さんが取れない責任を取るのは、芽依さんの保護者である牧田先生なんだよ。それは法律で、決まっているんだ」

「で、でも、でも、おかしいです」

「そう、おかしいけど、意味はあるんだよ」

「意味、ですか?どういう意味ですか?」

「それはね、芽依さんが俺の影響下に入ることを、牧田先生は懸念していらっしゃるのではないかな?つまり、牧田先生が取れる責任の範囲を、逸脱してしまっていることになるんだよ」

「牧田のおじさま、そうなんですか?」

「え?」

 話しを急に振られて、ドギマギしている。あんた、本当に弁護士かい?というか、話し聞いてた?。まあ、作業しているから仕方がないけど。

「ええっと、まあ、そうなるかな?」

「はっきりしてください!」

「少なくとも、一般的にこんなに年が離れていてはね、まあ、あまりいいこととは思えないんだよ」

「私は、おじさまのお考えを伺っています!」

 だから、こっちを見るなよ。あんた、それでも本当に弁護士か?俺と違って、インテリなんだろう?

 仕方がないなあ。

「芽依さん、落ち着いて」

「これが、落ち着いていられますか?」

「だからさ、頭を冷やして」

「私、私、やっと、やっとなんですよ」

 何だろう、そのやっととは?

「うん、そうだね。だからさ」

「だから?」

「少し、時間を置こうよ」

「だって」

「少しぐらいの時間で、俺と芽依さんとの関係が切れると思うかい?」

 切れるかもしれないというより、普通に切れるだろう。

 だって、芽依さんは青春真っ盛りなんだから。

 君たちの一日はね、大人の一年に匹敵するんだよ。

 だから時間は、残酷なんだよ。いずれ、それは分かると思うけどね。

 でも、今はそれでいいと思う。

 

 それでも


「それでもさ、それでも芽依さんがどうしても俺がいいと言うなら、またあの場所に来なさい、成人したらね」

「あの場所?」

「いつもの、あの場所だよ」

「うん」

 芽依さんは俯き、涙声になった。

 心が動くけど、今はダメだ。芽依さんの為にならない。

 だから、冷却期間は必要だと思う。

 このまま、勢いに任せてもいいことはないと思うし、俺だって覚悟をしていない。


 ああ、そうか。

 

 俺の準備が、出来ていないのか。


 俺が覚悟をする、その時間が欲しいのか。


 今度は、俺が芽依さんを受け入れる、その覚悟を。


 他人の人生を俺の人生として引き受ける、その重い責任を。


 俺が本当の、本物の大人になるための時間が必要なんだ。


「分かりました」

「うん、いい子だ」

 俺は芽依さんの頭を、丁寧に撫でてあげた。というか、年頃の子なのに、しかも女子に自然と頭を撫でる事が出来るようになったのは、自分でも不思議だと思う。


 芽依さんは、はにかんでいた。


「分かりましたけど、浮気はダメですよ」

「浮気も何もね」

「私にお預けをするんだから、当然だと思います!」

 何だよ、そのお預けって。普通、逆じゃないか?

「ああ、はいはい」

「はいは、一回です!」

「了解」


 そうこうしている内に、書類の作成は終わったようだ。

 牧田父からタブレットが渡され、俺と芽依さんはそれを精査することにした。そこに牧田娘も、上から覗き込んできた。というか、三人が折り重なるようにくっついていて、書類が読みにくいんだけどね。


 ホント、女子高生は分からん。


 俺は気を取り直して、作成された書類の一言一句を確認した。

 どこにも、矛盾とか問題が無いように思えた。

 芽依さんも確認したし、牧田娘も確認したようだ。

 ただ俺は、もう一文を加えるようにお願いした。もしかしたら、どこかに穴があるかもしれない。プロにしか分からない、そんな文言が。だから俺は、念には念を押すことにする。

 芽依さんの為に。

 芽依さんが成人する直前に、もう一度彼女の意思の確認をすることという文言を、末尾に加えてもらうことにした。

 牧田父は、その一文を加えて文書を修正し、俺や芽依さんに提示した。

 芽依さんは頷いた。

 芽依さんは、その書類にサインした。

 これで、芽依さんが成人した暁には、遺産相続の放棄がほぼ確定したことになる。


 完成した文書を、印刷することになった。

 牧田父は、カバンから何やらを取り出し、酒井さんに何かを頼んだ。

 すると、酒井さんはどこからか、用紙を持ってきた。

 牧田父がその機器に用紙をセットすると、印刷が始まった。 

 おいおい、やけに便利だな。携帯印刷機なんて、そんな代物があるんだ。高いのかな?

 最初の印刷物は、芽依さんに手渡された。

 俺と芽依さんは、文書の内容に間違いがないか確認した。

 内容は同じだったけど、違ったらそれはそれで驚きだけど。


 芽依さんは書類を、じ~と見つめていた。

 これで彼女は、資産家ではなくなったけど、どこか晴れやかだった。

 なんというか、重い荷物をやっと下ろせたというか、軽やかな感じになった。

「牧田のおじさま」

「はい、何ですか?」

「しろくまさんと離れるのは、今からですか?」

「ええっと、そうですね」

「明日では、ダメですか?」

「書類の作成日が今日になっているので、明日ではダメです」

「む~、しろくまさん酷い!」

 何で、俺?

 というか、書類の効力が発揮するのは、サインをした瞬間なんだけどね。

「すぐに会えるさ」

「私には、100年待てって感じです!」

 100年って、君も俺も死んでるけど?

「とにかく、すぐにだよ」

「はい」

「勉強しなよ。大学に入れたら、お祝いするから」

 すると、芽依さんの顔色がパ~と明るくなった。

「しろくまさん!大好きです!」

「だ、だから、抱き着くんじゃない。みんな、見てるじゃないか?」

「今日ぐらい、いいんじゃないですか?」

 意外なことに、牧田娘だった。

 余計なことを。でも牧田娘も、どこか晴れやかだった。アップルパイ効果か?女子にはスイーツとは、よく言ったモノだ。あれは、本当だったようだ。

 本当だよね?

「いや、牧田さんねえ」

「そうです、今だけです!」

 すると、芽依さんはキス待ちの姿勢に入った。

 いや、何する気だ?

 皆、居るんだぞ?

「しろくまさん、これは契約です」

 初めて聞いたよ、そんなの。

 ねえ、出典を教えてくれないかな?今から、クレームをつけるからさ。

 子供に変なことを教えるなって。

「やれやれ」

 俺は芽依さんの顔に近づき、唇を彼女に触れさせた。額に。

「む~、しろくまさんはまた、私を子供扱いした!」

 芽依さんは額を押さえながらも、どこか嬉しそうにしながらも怒っていた。君は本当に、器用だね。

 しかし、よく分からんなあ、年頃の子は。

 分からんことだらけだ。

 だから、当たり前のことで返そう。

「成人前は、子供です」

「分かりました。じゃあ!」

 俺が腕を組んで目を閉じたその瞬間、芽依さんは俺に口づけをした。

 しかも、俺の口に。

 彼女との距離が近かったせいか、俺には防げなかった。

「誓いのキッスです!」

「ええ?」

「私を裏切ったら、呪われます!」

 何だ、そりゃ?出典は何だ?というか、呪いのキッスか?君は魔女か?いや、この場合は魔法少女か?いやいや、何だそりゃあ?

 しかし、顔を真っ赤にする芽依さんを見ると、呪われるのもアリかと思った。

 でも、どんな呪いだ?

 カエルにでもなるのか?

 今度こそ、しろくまになるかも。

 それはそれで、面白いかもしれない。



 面白いことあるか!



 そんな訳で、俺と芽依さんはしばらく離れることになった。


 もしかしたら、もう一生会えないかもしれないけど。


 でも不思議だ。


 再び、会えそうな気がする。


 だって、芽依さんはいたずらっ子のような表情をしながら、俺を見つめていたから。


 彼女の真っすぐな瞳に、俺は釘付けになったから。


 だからきっと、これで終わりではないだろう。




 呪いと祝福ってさ、きっと紙一重なんだろうね。



 


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