第四十三話 しろくまさんと彼女の思いと
「私、遺産を、放棄します!」
そう高らかに宣言する芽依さんは、さながらジャンヌ・ダルクのようだった。
会ったことないから、よく知らんけど。
とは言え、遺産を放棄って言い方、ちょっと違うと思うけど、でも意味は通じたようだ。
ヤギ共、もとい親戚の方々には。
何故なら、大広間は騒然となったからだ。
「いいわね」
「そうよ、それがいいわ」
「そうそう、子供には過ぎていたのよ」
「あなた、いい決断をしたわ」
「だったら、どう分配するかさっそく決めないとね」
「ねえねえ、このお屋敷どうする?」
「再開発を誘致しましょうよ」
「ああ、だったら私が懇意にしている、議員さんにお話しするわ」
「ええ?献金でがっぽり、むしり取られるんじゃないの?」
「まあまあ、今後のことを考えたら、安いモノよ」
はしゃいでいる。
なんというか、盛り上がってるなあ。
芽依さんはと言うと、腰に手を当てながら、胸を張っていた。
ただ、フリーズしているようでもある。
「芽依さん?」
「あ」
気が付いたようだ。
やっぱり、フリーズしていたか。
「わ、わたし」
「撤回するなら、今の内だよ」
「い、いいんです。だって、だって、私は、私は」
「そうか、手に持っていたモナカを、柵の中に放り投げたのかな」
「そうです。そうなんです。それしか、ないんです」
芽依さんは俺の胸に顔を預けてきたけど、少し震えていた。う~ん、どうしよう?
背中に手を回すか、頭を撫でるか? というか、動けないなあ。
フリーズしているのは、俺も同じか。
すると、牧田娘がやってきた。
「芽依さん」
「あ?牧田のお姉さん」
ふ~ん、普段は牧田のお姉さんって呼ぶんだ。まあ、親類ならそうかな。でもさ、一応礼儀だから、俺から離れようね。
そう促したつもりだけど、芽依さんは俺から離れてくれない。しかも、そのままの姿勢で、牧田娘と話し始めたし。
まあ、いいか。
「いいの?」
「はい、いいんです」
「そう」
牧田娘は、少し寂しそうな顔をしていたけど、すぐに茫然としている父の座っている場所に進んでいった。
「お父さん」
「あ?何かな?」
「いいの?」
「いいも何も、相続放棄は権利だよ」
「違う、遺言に違反してない?」
「まあ、そうだね、う~ん」
「ちょっと、いいですか」
俺は、今こそ意見を言うべきだと思った。
すべて、芽依さんの為に。
だからつかつかとではなく、ずかずかと大股で歩きながら牧田父に近づいた。
話の主導権を取るには、ちょっと威嚇気味がいい。
特にこの手の人には。
そうは言っても、芽依さんを抱えたまま。というか、芽依さんは俺にしがみ付いたまま、俺から離れてくれない。
この格好、ちょっと滑稽じゃないか?
これじゃあ、台無しだけどね。まあ、どうでもいいか。
要は伝えるべきことを、きちんと伝えればいい。
俺は、牧田父と真っすぐ対峙した。
牧田父の目は、ちょっとキョドっていたけど。なんだか、気の毒な気がしてきた。
でも、言わないと。
「芽依さんが大人になるまでに掛かる費用は、今後はどうなりますか?」
「ええっと、相続を放棄したので、一応自己負担になります」
「お父さん!」
それを聞いた牧田娘は、激昂した。
普通はそうだろうけどね、話は最後まで聞こうよ。
「牧田さんは、ちょっと待ってて」
「でも!」
「お姉さん、しろくまさんのお話を聞きましょう」
「ありがとう」
「いいえ、妻ですから!」
ああ、余裕があるようで何よりだ。でもね、面倒なことになるから、少し黙っててね?
というかさ、いい加減離れてよ。なんというか、この格好だとさ、チャラさが出て嫌なんだけど。
そう考えた俺は周囲を見回したけど、誰も俺たちを注目してなかった。
ヤギ共、もとい親戚の方々は、もうこっちに関心は無くなったようだから、これ以上注意を引き付けたくないから、むしろ幸いかも。
モナカって、本当に役立つなあ、今度ヤギ共、もとい親戚の方々が騒いだら、本物のモナカを用意して放り投げて見ようかな。
いえ、冗談ですけど。でも芽依さんが、そんなことを考えていそうな顔をしていた。ダメだからね、そういうのは。
「牧田先生は、芽依さんの後見人ですよね?」
「ええ、そうです」
「だとしたら、彼女が成人するまでは責任はありますよね?」
「ええ、もちろん」
「では、芽依さんが遺産の相続を放棄したとして、このまま放り出すのが責任の果たし方でしょうか?」
何故か、牧田父は考え込んでいた。
不思議と芽依さんは沈黙していたけど、何故かうきうきしながら俺を見つめていた。
お願い、緊張するからそんな目で俺を見ないでとは、言わないでおこう。
その前に、離れないかな?段々、辛くなってきた。腕がね。
「少なくとも、成人するまでは責任があります」
「なるほど。そうだとしたら、少なくとも芽依さんが遺産の相続放棄するのを、彼女が成人になるまで保留に出来ませんか?」
すると、ヤギ共が、もとい親戚の方々がこれを耳聡く聞きつけ、さっそく噛みついてきた。
「何を言ってるの!」
「そ、そうよ」
「あなた、財産をネコババするつもりで!」
「やっぱり、詐欺師だったのね?」
「警察に通報しましょうよ!」
やれやれ。ホント、面倒だ。
「ええっと、警察に通報してもらっても構いませんよ」
「え?」
「脅迫を受けましたって、そう話しますけど?」
「わ、私達を脅すつもり?」
「最低」
「人として、どうなのよ?」
「ありえないわ」
「どうとでも。で、どうしますか?何だったら、俺の方で呼びましょうか?」
「わ、分かったわ」
「でも、一筆書いてもらうわ」
「そうそう、それが一番よ」
「牧田さん、書類をお願い」
牧田父は戸惑っていた。
だから俺は、大声で宣言することにした。
「俺は、芽依さんの財産に興味はありません!」
大広間はシーンとなったけど、訝しんでいるのが見て取れた。
なんというか、こいつ馬鹿って、そんな感じだった。
お金が要らない奴なんて、どうかしていると。
別にお金が要らない訳じゃないけど、肝腎の芽依さんが要らないって言っている以上、俺からは何も言えない。
だから、俺が言うべきは原理原則と言うか、常識的なことだ。
子供には、絶対に必要なことを言うだけだ。
「芽依さんは未成年です。まさか、このまま放り出すわけじゃありませんよね?」
「な、なにを」
「そ、そうよ、私達がそんな冷たいことをねえ」
「でも、この家をどうにかするって、そう聞こえましたけど?」
「そ、それは」
「ええっとね、ほら、ここは広くって寂しいと思うのよ」
「そうそう、だからね、この子にはもっと住みやすい家に住んで欲しいのよ」
「私達も、ちゃんと考えているのよ」
「つまり、ここから追い出すと?」
「ちょ、ちょっと言い方には気を付けてよ」
「追い出すんじゃなくって、あの子に相応しい家が良いって言ってるのよ」
「具体的に、それはどのような家ですか?」
「え?そ、それは」
「ええっと、ほら、防犯に優れているマンションなんかが、いいかもね」
「そうそう」
「それで、その費用はどうなりますか?」
「ええっと、ねえ」
「そうよねえ」
「ああ、うん」
何だ、歯切れが悪いなあ。
「要は、芽依さんに何もしないとそういう事ですか?」
「あ、あなたね」
「さっきから、何なんのよ?」
「わ、私達だって、急に言われたから」
「急にと言う割に、この家をどうにかしようと話し合ってますよね?そこはどうなんですか?」
「ええっと」
「だ、だってねえ」
「ほら、ただのお話よ」
やれやれ。芽依さんのことなんか、どうでもいいのだろうか。
「牧田先生」
「え?あ、はい」
「芽依さんが成人し、ひとり立ち出来るまで責任をもって生活を支援すると、そうしてもらえませんか?」
「ああ、もちろん」
「では、その書類には具体的に書いてください。後で、揉めたくないので」
「ああ、そうだね」
牧田父はタブレット端末をカバンから取り出し、何やら打ちこんでいた。
便利だなあ。
「芽依さん」
「はい!」
「とりあえず、離れようか」
「ええ?もうリコンですか!私の何が、フマンなんですか!」
「違いますよ、このままだと不真面目に見えるでしょう?」
「私、別に構いません」
「俺は構うの。とにかく、言うことを聞いて、お願いだから」
「は~い」
何と言うか、しぶしぶ離れてくれたけど、それでも何故か袖をつまんでいた。別に君を突き放す気なんか、俺には無いのにな。
やれやれ。
「それでさっきの話の続きですけど、芽依さんが大学を卒業するまでに掛かるすべての費用を持つと、そうしてください」
「え?私、大学行きませんよ!」
「もしかして、芽依さんは勉強が出来ないの?」
「出来ます!」
ふくれっ面も可愛いけどさ、いい加減袖から手を離してよ。
「だったら、大学ぐらいは行けるでしょう?」
「私、高校出たら働きます!」
「ああ、それ却下ね」
「ええ?どうしてですか?」
「費用対効果の話ね。基本的に高卒と大卒では、社会的身分が違うし、生涯賃金も違う。だから、大学は必須なんだよ」
「でも」
「いいから、ここは人生の先輩の言うことを聞いてくれないかな?」
「分かりました。つまはおっとにしたがいます」
今、何て言った?でも、面倒だから聞き返さないけど。
「それで、牧田先生」
「ああ、はい」
「その作成している書類に、大事な部分はこと細かく記してください。後で齟齬が無いように」
「ええ」
「芽依さんが大学を卒業するまで、この家に住む権利も保証してください」
すると、ヤギ共、もとい親戚の方々が騒ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと!」
「再開発はどうなるよの!」
「私達、これを当てにしているのよ!」
何だ、こいつら?
そもそも、芽依さんが成人するまで、お預けだったんじゃないのか?
「ええっと、皆さん。遺産分配は芽依さんが成人してからと、遺言書にも記してあります。いずれにせよ、それまではあなた方には権利は発生してません。仮に芽依さんが相続を放棄しても、これは変わりません」
まあ、そうだろうよ。でもさ、それでも芽依さんが受け取るべき遺産もあるはずだし、少なくとも彼女が一人で生きていけるだけの用意は必要だろう。
「芽依さんが大学を出るまでに掛かるすべての費用、生活費、遊興費、交際費等、全てを賄ってください。もちろん、予備校等の費用もです」
「ちょ、ちょっと、多すぎじゃないの?」
「それぐらい、常識です!」
牧田娘にも、これは常識なんだ。
「あなた方には、これが多すぎに見えるんですか?」
牧田父だけど、ようやく元気が出たようだ。
「ええっと、ああ、そう、言葉の綾よ」
「では、今後は気を付けてください」
お前ら、どんだけがめついんだ?
未成年だし、親戚だろう?少しは、気を使えよ。
「私、しろくまさんと暮らしたいです!」
ああ、芽依さんにはどうでもいい話しなのね。
「ああ、それは大学を出てからね」
「どうしてですか?」
「俺の方で、準備が出来ていないからね」
「私、構いません」
「俺が構うの」
「はあ~。何だか、妬けるわね」
「牧田さん」
「わたしたち、ふ~ふですから♪」
芽依さんは、俺たちにとびっきりの笑顔を向けていた。
すっきりした顔だったけど、まだ終わってないよ。
とは言え、少し疲れたなあ。心なしか、腕と首と肩と腰と膝が痛い。
すると、お手伝いさんがパイを持ってきてくれた。
アップルパイのようだ。
気が利くなあ。
それと紅茶も用意され、俺たちは束の間のお茶の時間となった。
ちなみに、紅茶はアップルティーのようだ。
とても、美味しかった。
でも、本当にこれで良かったのかなあ。
いや、後になって後悔しないようにすればいい。
その為に、俺は勉強してきたんだから。




