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第四十二話 しろくまさんと踊る親戚

 芽依さんはソファーから立ち上がったものの、広間から出て行こうとはしなかった。

 彼女は、すたすたと広間の隅に向かった。

 芽依さんは広間の隅に置いてある、大きな壺の前で立ち止まり、そのまま壺を見ていた。

 なんというか、きっと高いんだろうなあと思ったその瞬間、芽依さんは壺を持ち上げた。


 ガシャーン!!!


 壺が割れた。

 芽依さんは持っていた壺を、床に叩きつけたのだ。

 俺は驚いた。

「え?め、芽依さん?」

 広間が、急に静かになった。

 誰も動かなかった。

 違う、動けなかった。

 俺以外は。


「芽依さん!怪我は?どこか切ってない?」

 俺は芽依さんの側まで駆け寄り、ひざまずいて芽依さんの足元を見た。

 芽依さんの足元には、かつて壺だった破片が散らばっていた。

 よく見ると、芽依さんの足に少しだけ切り傷があった。

 血がにじんでいた。

「手当てしよう」

 そう言って顔を上げようとしたその瞬間、ガッと頭を押さえつけられた。

「え?な、なに?」

 意外に強い力で抑えられてしまい、俺は動くことが出来なかった。

 頭が動かないので目だけで見上げると、芽依さんは微笑みながら俺を見下ろしていた。

 芽依さんのその手で、俺の頭を押さえつけていたようだ。

 ああ、いつものあの顔だ。

 言いたくないけど、こういう時の芽依さんの表情は、俺にとってはとても嫌な顔だと思う。


 ため息が出る。


「皆さん!」

 大きな声だった。

 こんな大きな声も、出るんだと思った。というか、俺はどうしたらいい?芽依さんの足元にひざまずいたまま、俺は動けなくなった。

 芽依さんはそのままの姿勢で、俺の頭の上に手を載せていたからだ。

 力を籠めて。

 少し、動こうとした。

 すると、彼女の力が増してきた。


 う、動けない。


 俺は諦めて芽依さんの足元を見ているしかなく、何となくキレイな足だなあと思った。つやつやしてるし。スカートの柄もよく見えたけど、俺は何をしている?

 ちょっとセクハラめいていてまずいとは思うけど、頭に載せた手には体重も掛けられているようなので、とてもじゃないけど動くことが出来なかったし、彼女の怪我の手当も出来なかった。


 これ、おかしくないか?


 俺は芽依さんには何かと頭を押さえつけられていたけど、その芽依さんが物理的に俺の頭を押さえに来るなんて、ちょっと予想外だった。


 いや、これを予想しなかった、俺が悪いのか?


 危機管理がなってないということか?


 いやいや、俺が悪い訳あるか!


 そんなことをつらつら考えていたら、芽依さんはとんでもないことを口走った。


「私は、この方と結婚します!!!」

 へ?

 俺の頭の上から、芽依さんは大きく宣言したようだけど。

 最高潮に達したせいか、益々、俺の頭を押さえる手に力が入ったようだ。

 でもそれ言ったら、益々話がまとまらなくなると思うよ?

 ああそうか、芽依さんにはもうどうでもいいのか。さっきから、ヤギ共もとい、親戚の方々は、芽依さんの名前を呼ばなかったし。



 あなたとか、この子だった。



 それできっと、芽依さんは切れたのかもしれない。壺を床に叩きつけるぐらい、頭に来たのかもしれない。 開き直った女子は、ちょっと手に負えない。

 いや、そもそも俺が芽依さんの事を手に負えたことって、一度でもあっただろうか?

 

 無いよね。


 諦めよう。


 そうそう、諦めが肝腎だ。


 この姿勢でいるのって、辛いけど。


 いつか、諦めてくれるよね?

 

 でも、ヤギ共、もとい親戚の方々はそうはいかないようだ。

「な、なにを?」

「そ、そうよ」

「冗談はよして」

「そいつは、変質者なのよ!」

「私たちはね、あなたの事を真剣に考えているのよ」

 だから、あなたではなく芽依さんとお呼びなさい。

 ヤギ共、もとい親戚の方々が芽依さんのお名前をお呼びしないから、芽依さんは怒って益々手に力が入るんだよ?


 というか、俺の存在忘れてない?

 俺に関係する話をしているよね?

 ああ、俺なんかどうでもいいのか。

 そうだよねえ。

 分かってたことなんだけど、少しは俺のことも考えてよ。

 芽依さんにしか、関心が無くてもさ。

 いや、まずは芽依さんが考えるべきか。俺の存在を。

 俺の頭を押さえつけているのは、芽依さんだし。


 そんな情けない俺を尻目に、芽依さんの声は実に凛としていた。

 そのせいか、ヤギ共、もとい親戚の方々の声は大きくなかったし、どこか弱弱しかった。

 問題なのは俺は未だにひざまずいたままなので、肝腎の芽依さんの雄姿を見れなかった。

 その手をどけてくれないかなあと思うけど、頑として動かなさそうだ。

 もしかして、本当に俺の存在を忘れてないか?

 俺のことを机か何かと、勘違いしてないか?

「私のことを心配して、すぐに側まで駆け付けてくれたのは、この方だけです!」

 だから、痛いって。いちいち力を籠めないでよ。

 分かったから、もう勘弁して。

「わ、私達だって」

「この方だけです。いつも私を気遣い、今この瞬間も、私のことを思い、ずっと心配し、いつまでも側に居てくれる人は」

 分かったからさ、力を抜こうよ。ああ、ダメか。机の声なんか、聞こえないよね。

 でも言葉はさ、正確に言おうよ。

 いつまでも掴んで離さないが、正確じゃないかな?

 俺がそんなことを言ったら、とんでもないことになりそうな予感がするから、今は黙っておこう。

 俺の頭は、芽依さんのモノだ。

 ひざまずく机の生殺与奪の権は、お姫さまにあるんだから。

 いや、自らを卑下してどうする?

 いや、この場合、机の方がまだ役に立つか。文章も書けるし。


 しかし、沈黙は金って、よく言ったなあ。でも、何で金なんだ?


 ねえ、誰かなんとかしてよ。


「で、でも」

「そ、そうよ」

「馬鹿なことはやめて」

「芽依さん、仮にそうだとしても、君に婚姻の自由は無いんだよ」

 牧田父の声だったけど、それもまた正論だった。

 そう言えば、牧田親子だけは芽依さんと呼ぶなあ。どうしてだろう?

 肝腎のヤギ共、もとい親戚の方々は口々に同意するけど。

 牧田父に対する、さっきまでのあんたらの態度は何だったんだ?

 政治家か、君らは?

「そんなことは、私でも分かってます」

「だったら」

「牧田のおじさま、婚約ということではダメですか?」

「ダメではないけど」

「ちょ、ちょっと、何を言ってるの?」

「静かにしてください!」

「ほ、ほら、落ち着いて、ね?話し合いましょう?」

「落ち着くのは、私ではなくおばさま方ではありませんか?」

「私たちは冷静です。あなたこそ、何をおっしゃっているの?」

 芽依さんは、ため息を吐いた。

 彼女のこんな表情は、初めてだ。

 いや、下から彼女の顔を視線だけで見上げているから、こんなも何もないんだけど。ねえ、いい加減にさ、その手を離してくれないかな?腰と肩と膝が辛いんだけど。あと、多分だけど首も痛くなってくると思うよ。

 そう考えたらどうしてだろうか、俺の頭の上に載せた芽依さんの手の力が、また少し強くなったような気がする。とりあえず、謝った方がいいかな?

 ああ、はいはい。男なら耐えろですよね。

 ああ、男はやっぱり我慢か。昭和に生まれるんじゃなかった。

 それでも、芽依さんは止まらない。

 これで止まるような子なら、俺もこんなに苦労はしないか。

 だからお願い、少しは加減して。

「殺人を示唆しておいて、何を言っていますか?」

「な!なんてことを」

「酷い、い、言いがかりよ」

「そうよ、そうよ」

「私たちが、そんなことを・・」

 ヤギ共、もとい親戚の方々が口々に言い終わる前に、芽依さんはスカートのポケットから何かを取り出した。スマホではないな。

 芽依さんはその機器を片手で器用に操作すると、そこから音が出た。それはさっきまでのヤギ共、もとい親戚の方々の会話だった。

 でも、そんな時でも俺から、手を離さないのね。


 君って、隙が無いね。ゴメン、撤回するよ。以前、君が隙だらけだと言ったことを。


 とほほ。



「でもその前に、この男をなんとかしないと」

「私、いい弁護士を知ってるわ」

「だったら、最初からそっちにお願いすればいいのに」

「だって、会長が指名したのよ。それは無理よ」

「じゃあ、これからはそうしましょう」

「そうそう、まずはこの男を何とかしてもらいましょうよ」

「何とかって、何よ」

「それは、なんとかよ」

「まるで、海に沈めるつもり?」

「あははははは。それ、良いわね」



 改めて聞くと、かなりやばい内容だった。

 それはヤギ共、もとい親戚の方々も同様だった。

 自分達が何を言ったのか、分かっていなかったようだ。

「そ、それは冗談よ」

「そう、冗談なのよ」

「全部、あなたの為なのよ」

「牧田のおじさま、どう思いますか?」

「ええっと、それは」

「告発は可能ですよね?」

 牧田父は弱弱しくだけど、こくりと頷いた。

 すると、広間は恐慌状態になった。

「これは立派な脅迫罪です!」

 今度は牧田娘だった。

 ああ、君、まだ居たのね?

 居るならさ、この状況なとかしてくれないかな?

 そろそろさ、本当にきついんだよ。

 ヤギ共、もとい親戚の方々の相手をするより、こっちをなんとかしてくれないかな?

 せめて、椅子をくれよ。


 何だか、泣きたくなってきた。




 俺、何しにここに来たんだっけ?




「言いがかりよ!」

「ええっと、ですね。一般的に海に沈めるとか、何とかしないとかはすでに脅迫罪とかの範疇となります。今後は、発言を慎んでください」

「ダメよ!城田さんに謝罪を!」

 ああ、もういいから。ね?話し合おうよ。俺、気にしてないからさ。この状況じゃ、気にする余裕も無いし。ねえ、せめて椅子をくれない?

 ああ、だからゴメンて。

 芽依さんは今度は、両手で圧し掛かってきたよ。俺の頭に、全体重を掛ける気ですか?

 ねえ?もしかして、本当に俺の存在を忘れてませんか?


 違うか、我慢が足りませんということかな?


 そんな状態の俺にお構いなしに、ヤギ共、もとい親戚の方々は口々に謝罪をし始めたけど、俺は相変わらず、彼らとは反対の方を向いている。頭は完全に、芽依さんに押さえつけられた格好で。

 ねえ、おかしいでしょう?おかしくない?背中に向かって謝罪ってさあ、誰か疑問に思わない?

 ああ、思わないか。

 ヤギ共、もとい親戚の方々は、俺ではなく芽依さんに謝罪をしたのだから。

 つまり、彼らは俺の背中に向かって謝罪を口にしているというのではなく、俺を押さえつけている芽依さんに謝罪をしているのだけど、ちょっと滑稽というか、パロディのような状態だった。

 一体、何の為の謝罪だ?

 ああ、そうか。謝罪って、そういうものだったけ。

 もういいからさ、誰か芽依さんに、この手を離すように言ってくれないかな?

 もしかして、俺はモノ扱いですか?

 俺にだって、人権はあると思うよ。 

 まあ、あったらいいなって、その程度ですけどね。

「しろくまさんも、それでいいですか?」

 ああ、良かった、忘れて無くて。

「はい、いいです。もう、何でもいいです」

「やっぱり、しろくまさんは優しいんですね!」

 違います、ただこの状況が辛いだけです。

 もはや、拷問では?

「あの~、そろそろ手を離してくれないかな?後、君の足の手当てもしないと」

「あ?そうでした。つい」

 その、てへぺろはやめなさい。何でもよくなるから。

 芽依さんが俺の頭から手を離すと、お手伝いの酒井さんがやってきてソファーに座るように促した。

 もちろん、俺ではなく芽依さんにね。当然だよね。

 俺は肩と首を交互にコキコキやりながら、所定の位置に戻った。起き上がる時、うっかり尻もちをつきそうになったのを、必死に耐えながら。

 ソファーに座ったついでに、冷めたお茶をすすった。

「はあ~、うまいなあ」

 やっと一息ついたので、俺がそうつぶやくと、何故か牧田娘が俺を睨んできた。

 もう、勘弁してよ。俺が何をした?


 ああ、そうか、何もしていないことを咎めているのか。それって、俺のせい?


 君も見ていたよね?俺が動けないのを。


 お手伝いさんは芽依さんの怪我の手当てをしていたけど、その間、牧田父はヤギ共、もとい親戚の方々と何やら話していた。

「分かりました。でも、あなたの後見人として、この婚約を認める訳にはいきません。私は、あなたを先代から預かっていますので」

 ま、当然だろうね。



「分かっています。だから、私から対案を出します」


 芽依さんはまっすぐと、まるで何かを射すくめるように、真正面を見つめていた。


 ヤギ共、もとい親戚の方々は、一様に目を逸らしていた。


 とても、力強い感じの態度だった。


 だから、彼らには耐えられなかったのかもしれない。


 俺はと言うと、人心地ついてホッとしていた。


 


 お茶のお代わりと、何か甘いお茶菓子が欲しいなと、暢気に考えていた。

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