第四十一話 しろくまさんと諏訪一族
「それで、あなたは何なんですか?」
「城田国彦と申します」
「私達が伺っているのは、あなたは何なんですかということです!」
まずは挨拶代わりはジャブだと思うけど、いきなりストレートを打ってきた。
やれやれ。
人の話を聞かないのは、もはや血筋かね?
来るんじゃなかった。
芽依さんは親戚一同と、きちんと向き合って話をすると決めたようだ。
俺も付き添うことになったけど、それでいいのかよく分からない。
俺の立場は、どう考えても説明出来ないからだ。
でも、芽依さんの本当の意味で味方になってくれる人が居ない以上、誰かが側に居るべきだろう。
問題は、俺が役に立つかどうかだ。
しかも厄介なのは、その芽依さんの決意だ。
18歳になったら、俺と一緒になると親戚一同に宣言するそうだ。
正直、話しがややこしくなるからそれはやめて欲しいと思うけど、どうせ俺の言う事なんか聞くはずはないだろうから、そこは黙っておいた。
どうせ、俺に罵声が飛んでくるだろうから。
そこで対処すればいい。
うまく芽依さんの盾代わりが出来たら、俺にとっては上々だろう。
とは言え、一緒になるということは婚姻関係だけではなく、養子縁組もあるんだけど俺はあえてそこは伏せておいた。
ここでそれを言ったら、また面倒なことになりそうだから。
一応、逃げ道は作っておかないとね。
俺は、ずるい大人だから。
詳細に質問しない、芽依さんが悪い。
だいたいさ、奥様は女子高生なんて、ドラマだけの話しだと思うよ。知らんけどね。
だから、今はあえて平地に波乱を起こす必要は無く、可能な限り穏便に済ませないといけない。
ねえ?
分かってるよね?
俺の話し、理解しているかな?
理解してくれてると、いいなあと心から思うよ。
何だかさ、うきうきしている君の顔を見るとさ、不安しかないんだけど。
そんなこんなで、芽依さんのお家に到着した。
当然だけど、芽依さんは問答無用で家の中に入って行った。
玄関で躊躇する俺を、芽依さんはまるで不思議なモノでも見るような目を向けたけど、すぐにあのいつもの表情、つまり二ヤッと笑ったのだ。
「お帰りなさいませ、だんなさな♪」
三つ指ついてお辞儀をする芽依さんは、本当に楽しそうだ。
というかさ、君、リラックスし過ぎじゃないか?俺が、意識しすぎなのかな?
「ええっと、お邪魔します」
「むう~!しろくまさん真面目!」
「お帰りなさい之チュ~は?」
取り合えず、ん~とキス待ちの芽依さんにデコピンをかました。
今はこんなことをして遊んでいる場合ではないと思うけど、ああ、でもこれがいつもの芽依さんか。
ため息しか出ないなあ。
芽依さんはご不満なようだけど、俺だってご不満だよ。
「ほら、遊んでる時間がないよ?」
「は~い」
うな垂れている芽依さんだけど、俯いた瞬間、にやりと笑ったのを俺は見逃さなかった。
何かする。
警戒しないと。
いや、そもそも芽依さんの為に俺はここに来たのに、何で芽依さんの事を警戒しないといけないんだ?
おかしいだろう?
とは言え、先手を打つことが出来ない以上、都度都度対応するしかない。
俺は首をフリフリしながら、芽依さんに促されるまま家の中に足を踏み入れた。
芽依さんのお家というより、お屋敷の中に入ったのは初めてだった。
芽依さんのお家のお手伝いさんとお話をしたのも、玄関前だったし。
何と言うか、落ち着かないなあ。
いや、女性の家だからではなく、このたたずまいが何と言えばいいのか、威圧感があるというか、ちょっと居心地が悪い。
広い玄関、広いホール?調度品等々。これが家なのかと、俺は思った。
少なくとも俺なら、こんな家では寛げない。
いかんいかん、これではまるで遊びに来たようだ。
遊び気分を払拭しないと。
芽依さんのお屋敷のいわゆる大広間に入って、親戚たちが来るのを芽依さんと一緒に大人しく待っていた。
そんなはずあるか!
彼女がそんなに大人しくしているはずは無く、私の部屋に行きましょうと誘われるのを通り越して、無言で俺の腕をぐいぐい引っ張って自分の部屋に連行、もとい俺を連れて行こうとする彼女の誘いを懸命に断り、というか抗い、大広間の高そうなソファーにしがみついていたのは、想像に難くないと思う。
この期の及んで、君は一体何してくれる?
いいかい、これは遊びじゃないんだと言っても、ええそうですよ、だんなさま♪と返されるに違いないから、もう無駄なことはしない。
ここで体力を消耗するような、そんな愚を冒すほど俺は馬鹿ではない。
いや、ここに居る時点で、俺はやっぱり馬鹿なのだろう。
すると、玄関あたりが賑やかになった。
さあ、戦闘開始だ。
しかし、芽依さんの親戚達が広間に入って俺を見ると、皆一様にギョッとなる。
ちょっと傷つく。
でもまあ、分からなくもないな。
それが、普通の反応だろうから。
そして当然の如く、こういった質問が飛んだ。
いや、罵声だ。
いつもの。
「だいたい、あなたはいくつなんですか?」
「恥を知りなさい!」
「どうせ、お金目当てなんでしょう?」
「いい年をして、恥ずかしいと思わないの?」
「相手は未成年よ?分かってる?」
「この変態!警察呼ばれたくなかったら、とっとと出ていきなさい!」
「死ねばいい!」
「ゴミ!」
「クソブタ!」
何と言うか、久しぶりだと思う。
こんなに罵られたのは。
ああ、あの時の動物園の光景と、どこか似ているな。
なんというか、ヤギの集まりにしか見えない。
「まあまあ、落ち着いてください」
牧田父がこの場をなだめようとするけど、あのエリート然していた感じはすっかり鳴りを潜め、ちょっと気の毒だった。
「だいたい、あなたがしっかりしていないから、こんなことになったのよ?」
「そうよ、そうよ」
「いつまでもいつまでも、優柔不断で」
「そうそう、だからこんなにこじれたのよ」
「とっとと既成事実を作れば良かったのよ!」
「女なんてね、ちょっとぐらい強引な方がいいの!」
おい?
今、何て言った?
既成事実だ?
強引だ?
それこそ、犯罪じゃないのか?
俺は確信した。
こいつらは、少なくとも芽依さんの味方ではない。
だったら、俺の敵だ。
「牧田先生」
怒号飛び交う中、俺は牧田父に質問した。
「とっとと既成事実を作ればとか強引と言う発言ですけど、詳細を教えてくれませんか?」
何だろう、牧田父は動揺している。でも、牧田娘が割り込んできた。
「芽依さんをレイプしてモノにしろって、そういうこと。そうですよね?おば様方?」
「な、なにを言ってるの?」
「そ、そうよ。そんな酷いこと、するはずないじゃない!」
「言葉の綾よ、そうよ言葉の綾よ」
「わ、私達はこの子の幸せを願っているの」
「そうそう」
「普段から、いやらしいことを考えている証拠ね?教育がなってないんじゃないの?」
同時に喋られると、何を言っているのか分からない。
牧田娘も戸惑っていたけど、そういえば何でこの子はここに居るんだ?
まあ、助かるけど。
ただ、芽依さんだけは無言だった。
「だいたい、親の居ないこの子の世話をしてきたのは、私達なのよ?」
「そうそう、あなたに何か言われる筋合いじゃないわ」
「だいたい、牧田さんがしっかりしていれば、こんなどこの馬の骨か分からない男に、騙されたりしないわ」
「女子高生に取り入ろうなんて、最低な変態ね。ホント、死刑になればいい!」
芽依さんが急に立ち上がった。
「この人の・・・」
芽依さんが発言したら、急にシーンとなった。
「この人のことを、悪く言わないでください」
「そ、そんなことは」
「ええ、そうよ」
「私たちはね、あなたのことを心配しているのよ」
「あなたにはね、幸せになって欲しいのよ。だからね、分かってね?」
「私はこの方にお願いして、ここに来てもらっています。それだけは、覚えておいてください」
何だろうか、いつもの芽依さんではなかった。
凛々しいというより、何だか毒があるような?
「とにかく、今後について芽依さんよりお話があるそうですので、皆さんはご静粛にお願いします」
と最後まで言う間もなく、また喧々囂々の状態になった。
どうも、牧田父は存在感がないというより、親戚の中では非主流派なのかもしれない。
芽依さんは諦めたように、ソファーに腰を下ろした。
そっと、俺の袖をつまんでいたけど。
しかし、主導権を取るには力不足なのは否めない。
もちろん、俺に至っては余所者扱いだろう。
いや、もはや犯罪者かもしれない。
「早く、お相手を見つけないとね」
「省吾さんではダメなの?」
「優良株よ?損はしないわ」
「大丈夫、私達に全部任せて」
「きっと、これで良かったって、そう思うわ」
「みんな、あなたのことを考えているのよ?」
何て、勝手な。
俺が何か言う前に、芽依さんに先を越された。
「私、誰とも結婚しません!」
え?
「な!何を言っているの?」
「そうよ、このままだとあなたも寂しいと思うからこそ、お相手を用意したのよ?」
「行き違いがるようだけど、私達の真心は分かってくれるわよね?」
「私たちはね、あなたのことを心から心配しているのよ?」
「そう、そう。だからね、私達に任せなさい。そうすればね、きっと幸せになるから」
「私の幸せは、私が決めます」
「でも、私達は会長から、あなたのことをお願いされたのよ?」
「そうそう、私達にすべてを委ねるって」
「牧田のおじさま、本当ですか?」
「ええっと、遺言書にはそのようなことは書いてありません」
すると、また大騒ぎになった。
死人に口無しとも言うが、遺言書がある以上、そのおばさま方がどう騒ごうが、法的にはどうにもなるまい。
「それで、レイプって、事実ですか?」
「未遂です」
芽依さんが、割って入ってきた。
すごく、強い視線を俺に向けてきた。
年頃の女の子には、きつい話しなんだろう。
でもね、ここは重要なんだよ、分かって欲しい。
「うん、そうだろうね。でもさ、未遂も既遂も同じ罪なんだよ」
「私、まだ処女です。信じてください」
「ええっと、うん、信じてるよ」
いや、君が処女かどうかなんて、ここでは関係無いけど、女の子には重要なのかな?
「城田さん、デリカシー無さ過ぎです」
「ああ、すみません」
牧田娘にまで、注意された。とほほ。
「ええっとですね、それは親族間の話し合いで、一応解決しています」
とは言え、牧田父も負けてはいないのではなく、なんとか存在感を出そうとしているようだ。
「芽依さんは、それで納得しているの?」
「納得してません!」
大広間が一瞬で凍り付いた。
「私、嫌だったんです。怖かったんです。でも、牧田のおじさまがこれ以上、騒いでも何もいいことは無いって言うから、信じて我慢することにしたんです」
「それって、どういうことですか?」
俺は牧田父に聞いたが、芽依さんは続けて説明した。
俺に聞かせるように。
「私に男をあてがい、どうにかしようとしたんです」
「ち、ちがうわよ」
「そうよ、みんな将来有望な男子よ」
「そうよ、そうよ。私だって、羨ましいぐらいよ」
「あなたに相応しい人って、厳選したのよ?」
だからさ、それを芽依さんに聞いたのか?
聞いてないんだったら、ただの押しつけだろう。
「私、当時はまだ中学生でした。何で、私の未来を決めつけるんですか?」
「だ、だって、私達は会長から・・・」
「そ、そうよ、会長から」
「だって、会長が」
やれやれ。自分達ではなく、今度は会長がか。
「牧田先生」
「はい」
「その遺言書には、何て書かれているんですか?」
「実は、芽依さんが成人になるまで、その、ええっと」
「牧田のおじさまが、私の後見人として遺産を預かっています」
芽依さんだった。気丈に振舞っているけど、大丈夫だろうか?
「つまり、遺言書には芽依さんにすべての財産を譲るとでも、書いてあるんですか?」
「ええっと、一応、一族で分配するようにと書いてありますけど、それは芽依さんが成人してからとなります」
「そうですか」
だいたい、分かってきた。
芽依さんに、財産分配の差配が委ねられているのか。
芽依さんには悪いけど、何て祖父だ。
若い芽依さんに、どれだけあるか分からない莫大な財産を預けた結果、鵜の目鷹の目がこうして集まったとそういうことか。
そして、死肉でも啄ばむがごとく、芽依さんにたかっている訳だ。
酷い話だ。
こういうのは、当人が生きている間に何とかするものだろう?
子供に持ちきれない重荷を背負わせて、どうする気なんだ?
「では、生前贈与とか無かったんですか?」
「あなたには関係ないでしょう?」
「そうそう、さっきから何なんですか?」
「あなたには関係ないって、さっきからそう言っているでしょう?」
「警察呼びましょうよ?」
「静かにしてください」
芽依さんの一言だけど、彼らは今度は黙らなかった。
確信に近づいたからか、主導権を取り戻そうとしているのか、いずれにせよ困った人たちだ。
「馬脚を顕したようね」
「そうそう、やっぱりお金が欲しかったのね」
「幼いこの子を騙して、お金を巻き上げようって、そんな魂胆なのね?」
「見え見えね。最低」
「まあ、可愛い女の子を騙して、ホント最低なクズね」
「幼い子に、何て酷いことが出来るんでしょうね」
「この子を騙せても、私たちを騙せないわよ」
「ホント、子供だから騙せるって、本気で思ったのかしらね」
「ホント、愚かな人」
「これはね、少女性愛者って言ってね、一種の病気なのよ」
「やっぱり、そうだったんだ」
「そうそう、やっぱりね、警察に相談しましょうよ」
「こういうのは、すぐに逮捕してもらわないと」
「こんな変質者を野放しにするから、被害者が出るんだわ」
「この子が可哀そう」
「やっぱりね、私達で守ってあげないとね」
「ねえねえ、牧田さんのとこがダメなら、今度は当てがあるの?」
「ああ、私の遠縁にいい人が居るから、その人にしましょう」
「大丈夫?」
「大丈夫よ。国立大卒の官僚だから、将来有望よ」
「でもその前に、この男をなんとかしないと」
「私、いい弁護士を知ってるわ」
「だったら、最初からそっちにお願いすればいいのに」
「だって、会長が指名したのよ。それは無理よ」
「じゃあ、これからはそうしましょう」
「そうそう、まずはこの男を何とかしてもらいましょうよ」
「何とかって、何よ」
「それは、なんとかよ」
「まるで、海に沈めるつもり?」
「あははははは。それ、良いわね」
ため息が出そうだけど、一応我慢した。
こいつらはSNSに居そうな、馬鹿の集まりだったか。
弁護士である、牧田父はだんまりを決め込んでいるし。
牧田娘は心なしか、涙目になっているし。
最悪だな。
芽依さんはというと、反対の方を向いていたので、俺からは表情が見えなかった。
もしかしたら、泣いているのかもしれない。
俺は、どうすればいいんだろうか?
でも、俺は芽依さんの側に立つと決めたんだ。
そこだけは、明確だ。
だから俺は、芽依さんに声を掛けようとした、その瞬間だった。
俺の隣に座っていた芽依さんが、おもむろに立ち上がった。
芽依さんの唐突な動きに、俺はギョッとなった。
立ち上がった芽依さんは、すたすたと歩きだした。
もしかしたら、トイレだろうか?
何だか、様子が変だけど。
芽依さんはこの場に居る全員が、凍り付くようなことをしでかした。




