第四十話 しろくまさんとこれからの話
俺と芽依さんは、お台場から見える海を眺めていた。
前もそうだったけど、浮かれるような気分ではない。
芽依さんはと、浮かれてないよね?
でも不思議だ。
海を見ていると、何だかどうでもよくなる。
いや、どうでもよくはないか。
「私と一緒に来てください」
「俺が?」
「はい!」
「どこへ?」
芽依さんは、ん~と言いながら指で顎を持ち上げるようにしながら、上を向いていた。
何だろうか、さっきと違ってすっきりとした顔をしている。
何か言ってはいけない言葉が浮かんだけど、とりあえず飲み込んだ。
俺はまだ、捕まりたくないし。
でも、芽依さんの返答にはずっこけた。
「分かりません」
「ええ?」
「親戚の皆様とお話ししたいので、どこがいいでしょうか?」
「親戚って、何人ぐらい?」
大金持ちの親戚なら、それこそ雲霞の如く居るだろうと考えるのは、ちょっと大げさかな?
お金を持つと、知らない親戚が増えるって聞くしね。
俺だって、親戚に金持ちがいたら、いたら、いたら、やっぱり関わらないか。
面倒そうだし。
しかし、芽依さんの返答には参った。
きょとんとした顔だが、どこかふざけているというか、遊んでいるような感じがする。
ああ、いつもの顔か。
通常運転に戻ったのだろう。
多分。
「さあ?」
「さあって?まあ、芽依さんのあの大きなお家なら、全員収容出来るんじゃないのかな」
それでダメなら、どこかの会場を押さえようか?ホテルか?立食形式だと、これはこれでいいかも。
いやいや、不謹慎だろうけど、少しぐらいならいいよね?
「大丈夫ですよ。私やおじいちゃんのお誕生日には、全員家の中には入れましたし」
「そ、そうなんだ」
おじいちゃんか?
というかさ、芽依さんのおじいちゃんがちゃんとしてくれなかったから、今の芽依さんの惨状があると思うんだけど、そう思うのは酷なことなのかな?
死体に鞭を打つ趣味は無いけど、少しは考えて欲しいと思う。
余計なお世話かもしれないけど、ここまで関わるとそうも言っていられないし。
少なくとも、未成年を追い詰めている原因のひとつが、あんただと思うけど。
「それで、その親戚の皆さんに何て言うの?」
「私、しろくまさんと結婚しますって」
きみ、なにしてくれようとしてる?
面倒な話をさらに面倒にし、しかもややこしくする気か?
「冗談ではなく?」
しろくまさんと親戚の方々に紹介する段階で、すでにジョークだと思うけどね。
とは言え、俺の返しに彼女はムッとした。でも、ムッとした顔も可愛いから、全然怖くない・・・くもなくもないかも。
どっちだ?
苦手だということだ。
「どうしてここで、こんな場所で私が冗談なんて言うんですか?」
また、耳を掴まれた。もう、勘弁して。
女子高生に耳を引っ張られる中年男性の図って、どうよ?
ああ、喜ぶ奴はいるか。
俺はゴメンだけど、代わる気はないけどね。
「ああ、ゴメン、ゴメン、だからさ、耳を引っ張らないで」
痛いけど、芽依さんが元気になったので、ちょっと嬉しいかも。
「わ、分かったから。だからさ、意見のすり合わせをしようよ。ね?お願いだからさ、俺の話を聞いて?とりあえずさ、耳を離そう?俺はさ、一応年上だよ?目上の人にはさ、少しはさ、敬おうよ?ね?聞いてる?聞いて?聞いてくれないかな?」
益々、ムッとしている。俺、何か失敗したのか?
というか、耳たぶをムニムニしないでくれるかな?
「それで?」
耳を離す気は無いのか?というか、俺の耳はおもちゃじゃないぞ?いえ、あなたのおもちゃです。だから、せめて大事にしてください。痛いから。
「ええっと、とにかく芽依さんは、俺と一緒に居るでいいよね?」
「はい!もちろんです!!!」
いや、そんなに力いっぱい宣言しなくても。というかさ、これ以上、耳を引っ張る力を籠めないで。だから、俺の耳はおもちゃじゃないんだってば。いえ、もういいです。俺自体が、すでに芽依さんのおもちゃと認めるから。お願いだから、せめて優しくしてくれないかな?
俺、何してるんだろう?
言っとくけど、俺は遊んでいません。
遊んでいるのは、芽依さんだけです!
「と、とりあえず」
「はい!」
「手を離して?」
「ああ、すみません。しろくまさんがあんまりにも、可愛いからつい」
ああ、そうだろうともさ。可愛いければ、何でもアリなんだろうけどね。
それが女子ってものだろうけど、時と場所は選ぼうね?
「でも、親戚一同はどう思うだろうね?」
俺は自分の耳をさすりながら、芽依さんに訊ねた。
心なしか、芽依さんはすっきりとした顔をしていた。
ああ、喜ぶべきかね?
でも、また芽依さんは暗い顔をした。
「いやだと言う、かも?」
ホント、よくコロコロ変わるよ、君の表情は。よく、疲れないね?
「どうしてだと思う?」
「だって、あの人たちは私を誰かと、結婚させたいようです」
「牧田さんのお兄さんと?」
「よく、知ってますね?」
「さっきまで、その牧田父娘とお話をしていたんだよ」
すると、また芽依さんは俺の耳を引っ張ってきた。
君は余程、俺の耳が好きなようだ。
「浮気は許しません!」
「し、しません、浮気も何も、な、何もありませんって」
「本当ですか?」
「ほ、本当です。い、痛いから耳を離して」
何で、俺が言い訳をしないといけないんだ?
さっきより、強く引っ張ってくるし。千切れるよ。勘弁して。
「しろくまさんって、大人っぽい女性が好きなんですよね?」
「ええ?何で?」
「牧田さんは、大人っぽい女性だからです」
「そうかな?」
「私だって、あんな素敵な大人の女性になってみせます!」
すまんけど、俺にはどっちが大人っぽいのか、どっちが素敵なのか正直分からない。
芽依さんと牧田娘とは同い年に見えたし、牧田娘はいつもムスッとしているから、まあ大人びては見えなくもないかな。
笑っていると、心なしか幼く見えるし。
ただ言えることは、俺は牧田娘は苦手だ。
いや、芽依さんも苦手と言えば苦手の範疇に入るかも。
いや、いや、訂正しよう。
女子高生は、もっと苦手だ。
あ、ダメじゃん、これ?
最初から、俺は詰んでるじゃないか?
芽依さんは女子高生だから、最強じゃんか?
「いいから、手を離して?ね?お願いだから」
「今度浮気したら、おしおきします!」
これは、おしおきの範疇に入らないのか?
もう、逃げたい。
「ああ、はい。肝に命じます」
なんでだ?
やっと解放された俺は、頭をフリフリしながら懐から携帯を取り出した。
「その牧田さんに、連絡しないと」
「私以外の女性と、お話をするの禁止です!」
「ええ?牧田さんに連絡をしないと、あの子に怒られそうだよ」
「私だって、怒っています!」
ねえ、どうしたらいい?
というか、いつものペースに戻ったなあ。心配して損をした。
でも、これはこれ、それはそれ?何がこれで、何がそれか分からんけど。
「君のことをさ、皆心配しているんだよ?」
「私のことを心配している人なんて、どこにも居ません!ああ、しろくまさんは別です」
ああ、そうかい、それはどうも。
でもさ、俺のことを心配してくれないかな?特に俺の耳をさ。
でも、そう断言する芽依さんは、今までにどういう人生を歩んできたのか。
両親も居ない、頼みの祖父も居ない。
そうか、だから彼女は拠り所が欲しいのか。
どこか寄りかかれる、そんな存在を欲していたのか?
それがたまたま俺なのかどうかは、きっとまだ分からないだろう。
「あのお手伝いさんは、芽依さんのことを心配していたよ」
「え?酒井さんに会ったんですか?」
そうか、そう言えばお名前を伺ってなかった。
酒井さんとおっしゃるのか。
「ここに来る前に、念のためにね」
「そうですか」
芽依さんは顔を落とし、ちょっと申し訳なさそうな感じがした。
もしかしたら、彼女が信頼できる数少ない大人が、酒井さんというお手伝いさんなんだろうか?
そうだとしたら、芽依さんは気の毒だ。
いや、違うな。
大人共が酷いんだ。
寄ってたかって子供を、財産目当てに振り回す。
問題は、俺にとやかく言う資格があるかどうかだけど、いや、ある。
だって、少なくとも芽依さんは、俺と一緒になると言っているし、形はともかく、俺は彼女を受け入れてもいいと思う。
もしかしたら、この気持ちは同情かもしれないけど、少なくともカネしか見ていない大人共に預けるよりは、遥かにマシだろう。
そして彼女が独り立ちした時、そこで改めて選択させればいい。
俺はそれまで、彼女が独り立ちする手伝いをすればいい。
いくら未成年だって、選択権ぐらいはあるだろう。
でも、相手は弁護士もいる。
カネは人を狂わせるとも言うから、何をするか分からない。
「結局、問題は財産か」
「何で、そんなにお金が欲しいんですか?」
人はカネを欲しがるものなんて、そんな当たり前のことを言ってはいけないのかな?
となると、もう少し哲学的な答えがいいのかな?
「生きるって、そういうことだからね」
「よく分かりません」
「俺もだよ。でもね、世の中の価値は、お金の多寡で決まるとも言える。俺もそうだよ」
「でも、しろくまさんは・・・」
「違うんだよ、俺の持つ社会的な信用だ。お金があればいい人、お金が無ければよくない人。それがこの社会の、基本的な価値観なんだよ。だから、俺はよくない人なんだよ」
「そんなの、おかしいですよ!しろくまさんは、いい人です!」
「あははは。ありがとう。でもね、おかしくはないんだよ。だって、その方が楽なんだよ」
「楽って?」
「考えなくていいと、そういうことなんだよ」
「時々、しろくまさんは私に難しいことを言います。私には分かりません」
そう、分からないだろう。
だって芽依さんは、その基本的価値の頂点に近い存在だから。
俺は芽依さんとは逆に、その基本的価値の底辺に居る。
だから本来、俺たちは決して交わることは無いはずなんだ。
でも、それを底上げしてくれる存在が居たら?
それさえ手に入れば、自分達では手の届かない場所に手が届くようになるのではないか?
今まで諦めていた、その高みに。
そうか、だから芽依さんの親戚は、芽依さんを取り合うのか?
芽依さんを手中に収めれば、彼らの価値が必然的に上がると、そういうことなのか?
結局、芽依さんも道具なら、親戚も道具とそういうことなのか?
でも、芽依さんはまだ子供だ。
道具扱いしていい訳はない。
俺はそこだけは、確信した。




