第四話 しろくまさんと職場見学
「しろくまさん、わたし、明日、お昼は、ここには、来れませんから」
なんというか、一言一言確認するような話し方だった。
嫌な予感がするなあと、漠然と思った。
何を企んでいる?
まあ、いいか。
どうせ、俺にはどうにも出来ないし。
諦めは人生を豊かにすると、何かに書いてあったしね。
「ああ、そうですか」
そんなダメ人間である俺と、どう見ても住む世界が違う美少女の芽依さんは、最近はよく一緒に過ごす。
工場に隣接している公園内のベンチで、いつも一緒にお昼の時間を共に過ごしている。
いや、それは正確ではないな。
俺の貴重なお昼休みの時間を、彼女が一方的に搾取していると言ったら、それは言い過ぎだろうか?
そもそも、そこに俺の意思は介在していない。
いつも勝手に俺の隣に座り、いつも勝手に俺に彼女のお弁当のおかずをおすそ分けしてくる。
もちろん、お返しも要求してくるのだが、いちいち問答するのも面倒なので、俺ははいどうぞとお返しをしている。
一体、俺は何をやっている?
しかも、彼女が公園に来るのが遅れて、俺が先に弁当を食べていたら、これまた可愛らしく怒るのだ。
なんで、待っててくれないって。
知らんよ、そんなこと。
いつ、約束した?
この時間、この場所で君と一緒にお昼を食べるって?
何時何分何秒に約束した?
まあ、きっと無駄だろうけどさ。
ああ、これも彼女のお遊びか。
「やれやれ」
「どうしましたか?しろくまさん!」
「別に」
とにかく、彼女はよく喋る。
俺はというと、ふ~んとか、ああそうで終えている。
彼女はどうも、それがご不満なようだ。
これ以上、俺に期待するなと言いたい。
「明日、楽しみにしてくださいね」
この娘は、何を言っている?
明日公園に来ないから、俺が静かに過ごせるという意味だろうか?
確かに、それは楽しみだ。久しぶりに、ゆっくりと本が読める。
静かな時間を過ごせる。
うん、確かに贅沢な時間だ。
彼女に感謝しないと。
いや、何だかおかしいな。
「じゃ!ばいばい!」
今日は早々に、学校に戻って行った。
俺もいつの間にか、自然と手を振るようになっていた。
まるで、これが自然なように。
いや、おかしいだろう。
でも、不思議な気持ちになる。
この場所に、彼女が居なくなったからだ。
すると、俺の周りが急に静かになった。
びっくりするぐらい、静寂になった。
空気も変わった。
マイナスイオンというのが、すっかり消えて無くなったような、そんな錯覚すら感じる。
「いや、これが普通なんだ」
俺は気にしないようにしながら、それでもどこか気にしつつ本を読んでいた。
せっかく、うるさいのから解放されたのだから、この時間を有意義に使わないと。
本も溜まってたし。
でも俺は、読んだ本の中身が、まったく頭に入ってこなかった。
俺は本を閉じ、ついでに目も閉じた。
特に何も、思い浮かばなかった。
「城田さん。明日の打ち合わせをしましょう」
「明日?何?」
「明日、女子高から生徒さん達が、職場見学に来ます」
「え?何々?」
工場の若手社員である、高橋がしゃしゃり出てきた。まあ、女に目が無い奴ではあるから、女子高と聞いて黙っている訳もないか。
「高橋君は、うるさい。邪魔だから、あっち行って」
「ええ?教えてよ」
「あんたには関係ない。これ以上邪魔したら、所長に報告しますよ」
「ちぇ」
やれやれ。
凄まれた高橋は、すごすごと去って行った。ちょっと気の毒だけど、自業自得でもあるかな。
社員、パート、アルバイト、出入りの業者、見境なく、来る女性に声を掛けるから。
だから、社内外では結構嫌われているけど、何故か上司の受けがいい。
まあ、若いからかな。
「それでですけど、総務の子が産休に入ってしまい、急遽代打が必要になった訳です」
「それで、私が?聞いてないよ」
「おかしいな?でも、お願いします」
「とにかく、私には無理だって」
「隣に立っているだけでいいんです。女性だけだと、ちょっと緩むんで」
ああ、そういうことか。いくら男女平等と言っても、男が居ると居ないとでは、子供の態度が変わるからな。
「まあ、仕方がないか。所長には?」
「所長のご指名です」
「ああ、そう」
「一応、案内コースのおさらいをしますので、一緒に来てください」
「ちょっと、待ってて」
俺はちょいちょいと同僚に今やっている仕事を引き継ぎ、彼女の後ろについて回ることになった。
「とまあ、ここで工場のラインを説明します。結構、見せ場ですよ」
「小学生ならともかく、イマドキの女子高生に受けるのかね?」
「その女子高生徒会の、たっての希望なんだそうですよ」
「へえ~」
「心配なのは、高橋君です。トラブルを起こさないと、いいんですけど」
「一応、当日に釘を刺しておくよ」
「お願いします」
当日は晴れており、絶好の職場見学会になりそうだけど、工場内を案内するだけだから、天気は関係ないか。
「貸し切りバスで来るのかな?」
工場の駐車場で、俺たちは女子高生が待っている。
その女子高生が来るまで俺は手持無沙汰なので、何か無難な会話をしたいところだけど、あいにく何も話題がない。
あるのは、仕事の話だけ。
「いいえ、路線バスで来るそうです」
「そうなの?いつもの小学校なら、貸し切りバスで来るのに」
「何でも、複数の職場見学会が同時に催されていて、各自で移動しているようです」
「へえ。女子高のわりに、緩いね」
「だからこそ、トラブルは困ります」
一応、高橋には釘を刺して置いたけど、ちょっと心配だった。
大丈夫ですよ、遊びじゃないんですからって、奴は言っていたけど、どういう意味だ?
心配になったので、他の同僚にも高橋を見ていてくれと頼んだけど、そいつも大丈夫じゃないっすかとどこか暢気な感じだった。
気楽でいいなあと、本来なら俺も同じ立場だったか。
結局、無責任なのには変わりが無いか。
「他の同僚にも、高橋を見といてくれるように頼んでおいたよ」
「ホントですよ。小学校の見学会の時、引率の若い女性教師を口説き始めた時は、私も驚きましたから」
「マジ?」
「結構、問題になったみたいですよ」
「やれやれ」
高橋は悪い奴では無いんだけど、いい奴でもないんだよなあ。
ああ、救いが無いか。
「あ、お見えになったようですよ」
到着したバスから、同じ制服の女子高生達が、わらわらと降りてきた。
本当に華やかだけど、どこか嫌な感じがする。
というのも、どこかで見たことがある、そんな制服だったからだ。
ああ、本当に嫌な予感がしてきた。
急に、逃げ出したくなってきた。
「しっろくっまさ~ん!」
ああ、やっぱり。
どうして、嫌な予感って当たるんだろうか。
とにかく、声が大きい。頼むから静かにしてくれ、黙っていてくれ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は盛大に手を振っていた。
お願いだからそんなに目立つように、手を振らないでくれないかな。
俺は小さく、本当に小さく手を振った。なるべく、目立たないように。ああ、すでに無駄か。
でもここで彼女を無視したら、後で面倒になりそうだから。
あれ?俺って躾けられてるのか?
「あれ?城田さんのお知り合いですか?」
「ええ、まあ」
「そうでしたか。それで城田さんが、ご指名された訳ですね。なら、私も安心です」
「え?何それ?」
「いえ、先方からこの工場に勤めている体の大きい人に親切にされたから、是非その人に案内して欲しいって、要望があったそうです」
「体が大きい人って、他にもいるけど?」
「何でも、しろくまさんと呼ばれているとか?だとすると、体が大きくて似たようなお名前ですと、城田さんしかいませんので」
「ああ、そう。そういうことね」
俺、ハメられたのかな?
お昼休みは、静かで良かったのになあ。残念だ。
好事、魔多しだったか?
「正直、心配していたんですよ。女子高生は小学生以上に、何を考えているか分かりませんから。ホント、もう安心しました」
すまんけど、俺は少しも安心出来ない。
特に彼女の、あの二ヤ~という笑顔を見ると。
でも、小学生以上に女子高生が何を考えているか分からないという点については、同意出来ると思うし、特にあの子が何を考えているのか、何をしでかすのか不安で仕方がない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女はうきうきしながらこっちに向かって走ってきた。
そしてそのまま、俺に飛びついてきた。
「おい。離しなさい」
「だって、嬉しいんですもの!」
「諏訪さん、誰?」
彼女の同級生らしい。俺のことを、胡散臭そうに見ている。
まあ、そうだろうさ。
ちょっときつい感じの子だけど、きっと将来はそれなりに美人になりそうな女子だ。
というかさ、そんなに睨まないでよ、これって不可抗力でしょう?
まあ、仕方が無いか。
一般にこの状況なら、俺の方に非があるんだろうけどさ。
女子高生に抱き着かれた中年の図というより、女子高生に現行犯逮捕された不審者というところか。
まあ、そうなんだろうけどさ。
そう、それが普通なんだろうけどさ。
でもさ。
本当にでもさ。
ちょっと、理不尽じゃないかな?
「将来の私の旦那さまです!」
おい。
変なことを言うな。
口に出さずにそう考えていたら、女子高生たちから歓声があがった。
勘弁してくれ。
お願いだから、注目しないでくれ。
「あの~、城田さん?」
「ああ、これは彼女のお遊びの一種です。気にしないでください」
「そうですか?」
「諏訪さん、離してください。これでは案内が出来ません」
「ああ~、また芽依って呼んでくれない」
「あのですね、これは仕事であって、遊びではありませんので」
「そうそう。旦那様の職場を見たくって、ここを希望したんだった」
やっぱりおまえか、この悪だくみを考えたのは?
俺は彼女を突き放した。
彼女は渋々、俺から離れてくれたけど、どこか嫌な笑みを浮かべていた。
何かする気か?
どうしようか、お仕置をしたくなった。
いやいや、いかん、いかん。俺とこの娘は他人、俺とこの娘は他人だ。
他人なんですよ、本当です。
お願いですから信じてくださいそんな目で俺をみないでくださいほんとうですから他人なんです信じてください俺悪くない。
だ、だめだ。何とか、立て直そう。
「とにかく、工場内を案内します。危険な場所もあるので、皆さん、我々の指示には従ってください」
何で、俺が案内する羽目になる?
隣に立っているだけでいいって、そんな話になっていなかったか?
というか、白い目で見ないで。俺は悪くない。
いえ、悪いのは俺です。もう、どうでもいい。好きにしてくれ。
帰りたい。
「質問です!」
「ええっと、何でしょうか?」
嫌な予感しか、しないんだけどなあ。
「おふたりは、いつから付き合っていますか?」
「ああ、この方は同僚で、付き合ってなどいませんよ。彼女は既婚者ですし」
一応、隣と言うかやや後ろに居る同僚を差して。ちょっと、視線が冷たいような気がするけど。
ねえ、何で距離を取っているの?
あなたが案内するんでしょう?
一緒にされたくないって、そんな顔をしないでよ。
同僚でしょう?
しかし、女子高生は止まらなかった。というか、先生は、そうか居ないのか。逃げたい。
「違います。諏訪さんといつから、お付き合いをしていますか?」
「はい!はい!」
「キスはしましたか?」
「エッチは?」
また、歓声というか、黄色い声があがった。まずい、このペースは。
「すみませんが、続くようでしたら見学会は中止させていただきます。なお、当社社員の個人情報に関する事柄は、一切お答えできませんのでご容赦ください」
ナイスアシスト!頼りになる。
「そうですよ、私としろくまさんとの仲を、勘繰らないでください」
すまん、君はもう黙っててくれるかな?
いっそ、猿ぐつわでもしてやろうか?
「城田さん、早いけどおやつを始めませんか?それで、早々に解散しましょう」
この見学会の申し込みを、受けるんじゃなかったって、顔に出てますよ。
いい教訓を得たようですけど、次は大丈夫ですよ。
彼女が本当に18歳なら、もう卒業ですから。
本当ならね。
「ああ、そうですね」
今から、キャンセル出来ないだろうか?なんだったら、高橋呼ぶか?
いや、余計に収拾がつかなくなるか。
ああ、もうごちゃごちゃしてきた。
「一応ですけど、その諏訪さんですか、後で関係を詳しく聞かせてください。私が聞いた話と、ちょっと違うような気がしますので」
お願いだから、変な目で見ないでくれますか?やましいことは、何もありませんから。
「ああ、そうですね」
もう、うんざりだ。
トイレに行きたい。
どこでもいい、逃げ出したい。
その時だった。
「きゃあああああ!!!」
悲鳴が上がった。
「何だ、どうした?」
俺は悲鳴が聞こえた方に、駆け寄った。
そこに何故か、高橋が来ていた。
高橋の側で女の子が、しゃがんでいた。
しゃがんでいる女の子は、芽依さんだった。
「どうした?」
彼女の同級生が、かいつまんで説明してくれた。
どうも、高橋がしつこく芽依さんに話しかけてきたようだ。
連絡先を教えろとか。
それで彼女が無視したら、乱暴に肩を掴んで揺すったとか。
おい?
何してくれる?
いや、今はそんなことをしている場合ではない。
「大丈夫ですか?」
どうしたんだろう、彼女は震えていた。
いつもの芽依さんでは、無かった。
俺を見上げる彼女の顔は、いつもと違って青ざめていた。
笑っていなかった。
「肩を貸そう。おい、後で所長に報告するからな」
「違いますよ。僕は清い交際を求めただけで、不純な気持ちは一ミリもありません」
ミリだあ?グラムじゃないのか?
おおっと、そんなことを考えている場合ではない。今は、この娘のことを考えないと。
「それも、所長に説明しろ。ほら、起きれる?」
ダメだ、彼女は腰が抜けているようだ。肩を貸しても、足腰が立たないようだ。
どれだけ、怯えているんだろうか。
高橋に、何をされたんだ?
仕方がない。
「あとは、お願いします。ああ、諏訪さんのお友達の人も、一緒にお願いします」
俺は、彼女を抱きかかえることにした。いわゆる、お姫様抱っこだ。
俺は彼女を抱えたまま、工場内の医務室に連れて行くことにした。
その時、芽依さんは、俺の服にしがみついていた。
それも結構強く。
まだ、震えていた。




