第三十八話 しろくまさんと牧田父娘
「監禁ではなく、謹慎のはずです」
牧田父はそう反論したけど、牧田娘は監禁と言い切った。
そう、監禁であると。
聞き違いではない。
軽い言葉でもない。
放っておいて、いい話ではない。
でも、まだ詳細が分からない。
「だって、私でも会えないなんて、おかしいでしょう?」
「それでは、謹慎にはならないはずでは?」
「お父さんも弁護士なら、監禁と謹慎の違いぐらい、分かるでしょう?」
なんだか、急に親子喧嘩が始まった。
丁寧な口調が、段々砕けたモノから詰問している感じになった。
いや違うか。言い訳じみてきたのかな?
「あのね、未成年が保護者に黙って外泊したんだから、何か懲罰はあってしかるべきではないかな?」
「保護者の懲戒権は、禁止になったはずです」
「そうだが、今回は別のケースだ」
「思春期の女の子の自由を奪うのって、もう立派な懲戒です」
「そもそも、保護者を騙したのは芽依さんであり、君なんだけど?」
ぐぐっとなったけど、牧田娘は更に何か言おうとしたので、俺が押しとどめた。
「すみませんが、彼女の謹慎処分が正当だとしても、その保護者は信用出来るのでしょうか?」
牧田父は俺を睨み、ついで娘の方を見た。
そう、まるで余計なことをと。
「そ、そうよ。あの人たちは、信用出来ない!」
ああ、やっぱりそうか。
俺は当て馬だったか。
そうだと思ったよ。
「一応、彼らは親戚だよ。言葉には気を付けなさい」
牧田父は俺をチラッと見ながら、娘を窘めていたけど、彼女はむしろ、ヒートアップしてきた。
「だいたい、遺産目当てでお兄ちゃんを利用して、芽依さんとくっつけようなんてするのは、おかしいでしょう?」
「省吾があの家に行ったのは、色々と都合があるからだよ」
牧田さんのお兄さんって、しょうごさんて言うんだ。カッコいい名前だな。
不謹慎だけど、ふとそう思った。
名前だけ見ると、俺よりも芽依さんに相応しい気がしてくる。
いや、名前で負けるな。
だって、俺はしろくまだ。
芽依さんが名付けてくれた、芽依さんにとってただ一人の存在だ。
「どうせ、お金目当てでしょう?お兄ちゃんを生け贄にしないで!」
「言い方に気を付けなさい、ねえ、城田さん」
急に俺に振られてもなあ。でも、肝腎なことを聞かないと。
「牧田先生」
あえて、弁護士に付けるべき敬称を付けた。
牧田父は、少し緊張する顔つきになった。
「そこに、芽依さんの意思はどれだけ介在していますか?」
「もちろん、芽依さんのことを考えてのことです」
「すみません、言い方を間違えました。芽依さんの意思は、どれだけ尊重されていますか?」
「もちろん、芽依さんもきっと承知していると思います」
きっと?
承知していると思います?
つまり、思い込みとか押しつけか。
「結論としては、芽依さんの意思は介在していないと、それでいいですか?」
「そんなことはありません。芽依さんも省吾とは子供のころから仲がいいので、きっと喜んでいるはずです」
「確認したんですか?」
「ええ、もちろん」
「嘘よ!」
「嘘ではない」
「だったら、何で芽依さんは、この人と結婚するなんて言ってるの?おかしいでしょう?」
「結婚?この方と?どうして?さっきのあれは、冗談でしょう?」
「知らないわよ、本人に聞いて」
「城田さん、どういうことでしょうか?」
俺に聞くなよと言いたいけど、仕方がない。
「芽依さんは、私と結婚したいと度々私にそう言っていると、先ほど申しましたけど?」
「ええ、まあ、その、失礼ですけど、年齢差がちょっと」
そうだろうね、でもね、何度も何度も言われているんだけどね、結婚したいって。
いや、すでに結婚することが前提になっていなかったか?自分を妻とか、言っていたよな?
「確認ですが、芽依さんはそのしょうごさんでしたか、ご子息と結婚する意思の確認はしていないんですよね?」
「必要ありますか?」
「牧田先生は弁護士ですよね?だったら、本人の確認は必要でしょう」
「親族同士で相談し、決めたことです」
おいおい、昭和か?あんた、本当に弁護士か?
16歳の少女の結婚相手を、大人が勝手に決めていいのか?
自己決定権を蔑ろにしていいと、本気で思っているのか?
というか、さっきと矛盾しているぞ?
それじゃ、少女を監禁していると言われても、仕方がないんじゃないのか?
「その親族同士の話し合いに、芽依さんは出席しているんですか?」
「あなたには関係ありません」
「出てないわ」
「君は黙っていなさい」
「お父さんこそ、黙りなさいよ!」
「何!」
「お金欲しさに、自分の子どもを売るなんて、最低!」
すると、牧田父は激昂し、平手打ちをしようとした。
俺は咄嗟に、牧田娘を庇い、代わりにしたたかに頬を叩かれた。
「あ!」
「え?」
「いたったったた」
「ああ、これは失礼」
「牧田先生、この行為は、立派な児童虐待になりますよ?」
「いや、この子はもう成人しています。だから、児童虐待にはなりません」
「だったら、暴行とか脅迫とかになりませんか?」
「なりません」
「どうして?」
「どうしてって」
牧田父は、口ごもってしまった。
他人を殴ったのだから、これは立派な暴行罪になるだろう。
牧田父はさすがにまずいと思ったようだろうけど、こんなことで暴力を振るなんて、これでよく弁護士が務まるな。
いや、務まらないからこそ、お金欲しさに子供を売ったのか。
図星を指されたから、いきなり切れたのか。
そうだとすると、この人は俺が思う以上に、頭が悪いのかもしれない。
勉強だけ出来て、あるいはテストだけは満点でも、全体を見る事が出来ない人なのかもしれない。
なるほど、この人が親族の中では弱い立場なのは、本当なんだろう。
さっきまで感じていた、どこか気圧されたような感じは無くなっていた。
むしろ、気の毒に思い始めてきたけど、芽依さんの味方かどうか分からないので、その判断は保留にした方がいいかもしれない。
ただ、牧田娘の目的はこれで分かったので、これはこれで収穫だろう。
「落ち着いてください。冷静に」
「私は落ち着いています」
「女の子に暴行しようとしたのに?」
俺はわざと、打たれた頬を撫でた。
しかし、これは効いたらしい。
俺や牧田娘から視線を外しながら、ぽつぽつと話し始めたから。
「大変、失礼しました。治療費は私の方で持ちますし、賠償も行います」
「それには及びませんが、娘さんには一言あってもいいと思います」
ここで引くのが日本人の美徳だろうけど、ここはダメ押しをした方がいい場面だろう。
だって、芽依さんの為なんだから。
牧田父は俺を見た後、娘さんの方を向いて、ゆっくりと頭を下げた。
「悪かった、父さんは確かに冷静さを欠いていたようだ」
「牧田さんも、お父様に一言」
牧田娘は少しむっとしたようだけど、素直に頭を下げた。
「ごめんなさい、少し、言い過ぎました」
「はい、これはこれで終わり。では、建設的なお話をしましょう」
よし、主導権を取れそうだ。叩かれた甲斐があった。
「それで、どのようなお話を?」
「簡単な話しです、芽依さんとお話させてください。それだけです」
「それは・・・」
牧田父は娘の方を見たけど、何故かそっぽを向かれた。まあ、そうなんだろうけど。
しかしこれで、牧田娘は父の味方をしないだろう。
味方は多いに、越したことは無いから。
「もちろん、芽依さんが話したくないとおっしゃるなら、私は芽依さんの意思を尊重します。彼女も、独立したひとりの人格の持ち主であり、彼女の自由意志は尊重してしかるべきと思います」
俺はあえて確認するように、牧田父が反論出来ないように持って行った積もりだったが、牧田父はおかしな質問をしてきた。
「失礼ですけど、ご出身の大学名を教えて頂けませんか?」
「私は、高卒です」
「ああ、そうですか。これは失礼しました」
何で、急にそんなことを聞いてきたのか?
もしかして、学歴主義か、学閥主義かな?
まあ、エリートならそうだろうけどさ。そのエリート達が、この国を滅ぼしたんだよなあ。
と、今は関係無いか。
「とにかく、一応連絡を取ります」
すると、電話が鳴った。
「失礼」
牧田父は軽く会釈すると、スーツの内ポケットからスマホを取り出した。
鳴っていたのは、牧田父の電話だった。
「はい、牧田です。はい、はい、え?ああ、はい、はい、でも、ええ、しかし、はあ、分かりました」
何だか、険しい表情をしているけど、何かあったのかな?
「お話し中に済みません」
「いいえ、別に」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
おい?
「お父さん、何かあったの?」
助け船だ、良かった。
「芽依さんが」
「え?」
「芽依さんが、どうしたの?」
「家出したそうだ」
「え?」
俺は、驚かなかった。
驚かなかった自分に、驚いてしまった。




