第三十七話 しろくまさんと弁護士さん
「は、はじめまして」
「はい、はじめまして」
俺の目の前に座っている御仁は、立派なスーツに身を包んだ弁護士さんだ。
高そうな腕時計を身に着け、眼鏡がよく似合う紳士だ。
まさに、ザ・インテリだった。
まずい、気圧されそうだ。
あれから俺は一旦家に戻り、一張羅であるスーツに着替えた。
髭もあたっておこうかとも思ったが、牧田さんを待たせるもの何だから早々に家を出ることにした。
彼女、怖いし。
俺は家を出て駅に向かい、そこで牧田さんと合流した。
「あれ?着替えないの?」
牧田さんは、制服姿のままだった。
俺に服のことを指摘された牧田さんは、この人何を言ってるんだろうって、そんな顔をしていた。
「ええっと、そのままでいいならいいです」
「変な人」
ああ、そうですとも。
俺の世代で外に出掛ける時は、学校の制服なんて着ないものだし、女子などは家に帰らずにわざわざ着替えを持って登校していたものだ。
実際、俺の学生時代で制服姿のまま繁華街に居たら、間違いなく補導されたし。
それがいまや、休みの日ですら制服を着ているし、誰も咎めない。
巡回しているおまわりさんだって何も言わないけど、俺を見かけるとどこか警戒の視線を送る。
ちょっと、理不尽じゃないか?
とは言え、制服自体がオシャレだから、何の違和感もないんだろうけど。
いい時代だと思う。
制服のまま遊びに行けるんだから、いちいち着替える面倒がなくていい。
俺の頃だとすぐに警察に職務質問されるし、その時に乗っていた自転車だって、いちいち調べられた。盗難届が出ていないかって、無線で照会を掛けられた。どんだけ、人を犯罪者扱いするんだ?
ああ、その頃からか、何かあると疑われる事が普通のことと思うようになったのは。
慣れって、怖いよなあ。
「行きますよ」
「ああ、はい」
すまし顔の牧田さんは、すたすたと俺の前を歩き始める。
芽依さんなら俺の腕を取ってくるだろうから、ちょっと違和感があったが、これが普通なんだろう。
俺の腕を取ってくると、思い込んでいたからだ。
「何ですか?」
俺の視線に気が付いたのか、ちょっと怖い顔で睨まれた。
「いや、別に」
「女の子って、視線には敏感なんですよ」
「ああ、そう」
知らんよ、そんなことは。
それっきり、牧田さんは前を向き、すたすたと駅のホームに向かった。
俺は牧田さんの後ろを、黙って付いていった。
正直、息苦しい感じがする。
芽依さんと一緒に居た時の、あの気軽さは一切ない。
緊張する。
「ああそうだ、お買い物もします」
「ああ、そう」
何だか、また睨まれた。
何?俺が何をした?
電車を乗り継ぎ、大きなターミナル駅に着くと、牧田さんは駅に隣接するデパートの地下売り場に向かった。
デパートは人でごった返しており、目を離すと牧田さんを見失いそうだ。
芽依さんなら、ここぞとばかりに手を繋ごうとするだろう。
ダメだ、ダメだ。
何でここで、芽依さんのことを考えているんだ?
いちいち、比較するな。
「ここです」
「ええっと、なにここ?」
「アンリ・シャルパンティエです」
「あん、何?」
「おみやげ買ってください」
何だ、現金だな。お礼の前払いか?
「ああ、この詰め合わせをください」
何がいいのか俺にはさっぱり分からなかったので、牧田さんに品物を選んでもらった。
というか、結構高いなあ。さすがデパート。包みや紙袋もどこか高級感あるし、とても美味しそうだ。
俺は会計を済ませ、また電車で移動した。
目的地は、ここでは無かったようだ。
「それ、父に渡してください」
「え?牧田さんが食べるんだと思ったけど?」
「何で、あなたからスイーツを貰うんですか?」
いや、だからさ、いちいち睨まないでよ。
「違うんだ」
「手ぶらで行くわけには行かないでしょう?常識ですよ」
「へ~、しっかりしてるんだ」
「馬鹿にしてます?」
「違うよ、若いのに感心だと思ったんだよ」
「そうですか」
「そうか、牧田さんのお父様は、このお菓子が好きなんだ」
俺が牧田さんにそう訊ねたら、また彼女は、この人何を言ってるんだろう、馬鹿なんですか、そうですか、やっぱり馬鹿なんですね、そうですよね、馬鹿じゃしょうがないですよねと、そんな顔をされた。
・・・・・思い過ごしだといいな。
「母が好きなお菓子です」
「ああ、そう」
いや、牧田さんのお母さまのお話は、今の今まで一度も出ていなかったような気がするけど、俺は聞き逃したのかな?
その、あんなんとかっていう洒落た名前も、多分だけど話に出なかったと思うなあ?
指摘してやろうか?
怖いから、言えないけど。
やれやれ。
牧田さんと俺は、オフィス街の中に在る立派なビルに入った。
エレベーターに颯爽と乗り込み、俺はいよいよ戦場に向かうんだと緊張してきた。
牧田さんはノックもせずに、問答無用である一室に入った。
そこには牧田法律事務所と書かれた、立派な看板があった。
「お父さん、急にごめんなさい」
「ああ、いいんだよ。丁度、空いていたから。それで、そちらが・・・」
何だろう、俺の顔をじ~と見ているけど。やっぱり、髭を剃っておいた方が良かったかな?
「はい、城田さん、ええっと、城田何さんでしたっけ?」
ああ、そうですよね、俺みたいなおっさんの名前なんか、覚える価値も無いよね。
「城田国彦です」
「では、こちらにどうぞ」
俺と牧田さんは、促されるようにいわゆる応接室に入った。
調度品は豪華ではないけど、どこかシックで落ち着きのある。
でも、俺には落ち着かない部屋だった。
ソファーに座ると、なんとも言えないような高級感がした。
その分、場違い感が半端ではない。
というか、牧田さんは俺の隣に当然という感じで、腰を下ろした。
ちょっと、いい匂いがした。
女子高生って、どうしてあんなにいい匂いがするんだ?
しかし、芽依さんとは違った。
芽依さんの匂いは、どこかホッとするような感じがしたけど、牧田さんから漂う匂いは、ちょっと警戒するような感じがする。
あまり、近づかないようにしないといけないって、そんな感じがした。
だから、俺は益々落ち着かない。
なんとなく、捕食者というか、肉食獣の隣に居るような気分だ。
やばい、本当に落ち着かない。
「なんですか?落ち着いてください」
挙動がおかしい俺を咎めるように、牧田さんは注意してきた。
女子高生に注意される中年って、もうそれだけで俺は挫けそうだ。
「いや、うん」
俺がきょろきょろしていると、そこにお茶が運ばれてきた。
お茶を運んできたのは、こういう場所に似合いそうな眼鏡の美人秘書ではなく、若い男性だった。
「ああ、どうも」
俺はぺこりと頭を下げてお茶のお礼をしたけど、男性は無言で立ち去った。
心なしか、あまりいい表情では無かった思う。
いやいや、気にし過ぎだろう。
俺って、もしかして自意識過剰か?
すると、何故か俺の隣に座った牧田さんが、俺の腰のあたりを肘で突っついた。
こそばゆいから、やめてと言いたかったけど、まあ仕方がないか。
茫然としていたから、少し助かったけど。
「は、はじめまして」
「はい、はじめまして」
やばい、会話が尽きた。
「城田さん、それ」
「え?ああ、そうだった」
俺は手に持っていたお菓子の手提げ袋を、牧田さんのお父様に手渡した。
「つまらないモノですが、お納めください」
すると、牧田さんのお父様は何故か、俺ではなく牧田さんの方を見ていた。
ややこしいな。牧田父、牧田娘とするか。
そういやあ、牧田さんの下の名前を聞いてなかったなあ。まあ、聞いたからと言って、どうなるモノでもないけど。
「アンリ・シャルパンティエよ。お母さん喜ぶでしょう?」
すると、牧田父は今度は、俺の方を見た。
「そうですか、娘が色々とご迷惑をお掛けしたようですね」
「へ?いや、色々と助かっています」
「それで、お話というのは?」
ああ、なんだったっけ?ええっと、ええっと。
「芽依さんのことよ」
ああ、そうそう。と言うか、諏訪さんじゃなくて、芽依さんと名前で呼ぶのね?
「それは我々の問題で、この方には一切関りが無いと思いますけど」
「先日、芽依さんと外泊したのは、この人です」
おい?
いきなりすぎるだろう?
すると、牧田父はちょっとするどくなった視線を俺に向け、詰問してきた。
「それは、どういうことですか?」
「説明が長くなりますけど」
「端的にお願いできますか?」
「ああ、はい」
俺は芽依さんと、水族館に行くつもりで江ノ島に行った事、そこで一泊したこと、江島神社の参拝や観光をしたことを、かいつまんで説明した。
「ええっと、つまり外泊は、芽依さんの意思であったと?」
ああ、これではまるで、俺が言い訳をしているように見えるか。
まるで、年若い芽依さんにすべての責任を押し付けているような、そんな無責任な感じだ。
「最終的には私が受け入れましたから、私の責任でもあります」
「芽依さんは未成年ですが、これは犯罪です。理解していますか?」
「芽依さんは自分は成人である、18歳であると私に度々説明していまいしたけど、実際はお幾つなんですか?」
「16歳です」
おい?
16歳って、未成年じゃないか。
「そ、うで、す、か・・」
俺は、力が抜けてしまった。
前提が崩れたからだ。
ダメだ、全てがアウトだ。
「年齢を確認しなかったんですか?」
「学生証を見せてくれと、何度かお願いしました」
「それで?」
「ああ、その、ええっと」
「何か、言いにくいことでもあるんですか?」
「一般には、信じがたいことを芽依さんから言われました」
「具体的には?」
「結婚してくれるなら、見せてもいいと」
隣の牧田娘が、はあ?あんた何言ってるのよという感じで、俺を見ているような気がする。
不思議だ、見えていないのによく分かるよ。
憎悪とか嫌悪の視線って、よく分かるんだよ。
というか、牧田父から目線を外すことが出来ない。
何だか、びっくりしているというか、信じがたいと言うべきか、何と表現していいか分からない顔をしていた。
「それで、城田さんは何とお答えになったんですか?」
「ええっと、普通に却下と」
「そうですか」
牧田父の目が、ほんの少しだけ、穏やかになったような気がする。
「だからですね、やましいことは一切ありません。これは誓って言えます」
「そうですか。では、それは了解しました」
それっきり、牧田父はだんまりとなった。
どうしよう?
「お父さん」
牧田娘だった。
「何だい?」
「芽依さんと会わせてください」
「うん?会えると思うけど?」
「あの人たちが、芽依さんを監禁しています」
「え?」
「はい?」
俺と牧田父は、はもらなかった。
ちょっと、変な展開になった。




