第三十六話 しろくまさんと思いの先に
「結局、あなたは諏訪さんとどうしたいんですか?」
唐突だったけど、当然の質問だろう。
それでも考えたことが無いと言えば、嘘になるだろうか?
今までの俺は、どちらかと言えば彼女を邪険にしてきた。
彼女との時間に心地よさを覚えていたけど、どこかに違和感があった。
ずっとこのままでもいいんじゃないかという思いと、このまま俺なんかの為に時間を浪費していい訳はないと思った。
どうしてか?
芽依さんと俺とでは、住む世界があまりにも違うからだ。
本来なら、接点を持つことすら許されない関係だからだ。
芽依さんの住む世界からしたら、俺の存在すら認識していい話しではない。
だから、
だから、
だからこそ、俺の人生に最後の彩りを与えてくれた芽依さんに、何かお返ししないといけない。
それが大人であり、責任というものだと思う。
だから、だから、だからこそ、俺は。
俺は、
そうだ、どうもこうもない。
何も考えるまでも無い。
俺がどうしたいかではなく、芽依さんがどうあって欲しいのか。
でも、俺に何が出来るのか?
俺の望みは、大それたことではないのか?
それでも、彼女の幸せを望むことは、悪いことではないはず。
芽依さんに、いつも微笑んでいて欲しい。
芽依さんに辛い思いや、悲しい思いはしてほしくない。
芽依さんの進む未来が、明るく希望に満ちていて欲しい。
俺が芽依さんにそんなことを望むのは、もしかしたら間違っているかもしれない。
俺には、そんなことを願うような資格は無いのかもしれない。
でも、それしかない。
だから、彼女がいつも幸せそうにしている、いつも笑っていられるには、どうしたらいいのかを考えるし、考えないといけない。
俺には、それしか考えられない。
俺のことなんか、この際どうでもいい。
だって、俺には未来が無いんだから。
違う、これは俺のエゴだ。
俺の欲望だ。
でも、それしかない。
「そうだね、芽依さんが幸せになる。これ一択だよ」
牧田さんは眉を顰めた。
何言ってんだ、こいつはという顔だ。
というか、顔に出過ぎだろう?
「抽象的ですね?それで、具体的にどうするんですか?」
具体的にと言われてもなあ、俺にはどうしていいのか分からない。
ただ分かるのは、このままでは誰も幸せになれないということだ。
牧田さんのお兄さんもだ。
「とにかく、芽依さんのお家に伺う」
「はあ?」
明らかに呆れた顔をしたけど、なら対案はあるのかと問いたくなったが、やめておいた。
ここでこの子と言い争いをしても、何もいいことはない。
少なくとも、牧田さんは敵ではない。
味方かどうかはちょっと分からないけど、彼女の兄の為と言うなら、お互いに利害は一致しているはず。
なら、お互いを利用し合えばいい。
むしろ、お互いの目的がはっきりしている分、信用出来るはず。
最終的にどうなるかは、その時に考えればいい。
今は、突破口を探らないと。
「いったん家に戻り、スーツに着替えてくる。それからだ。ああ、芽依さんのその保護者の情報を、俺に教えてくれないか?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「君だって、それを望んでいるんじゃないの?」
「どうして」
「だって、それ以外に見当がつかないから」
兄を救う、それが牧田さんの願いだろうから。
本当のところ、彼女にとって芽依さんは二の次だろう。
親戚なのに、同じ学校の生徒なのに、芽依さんのことを諏訪さんなんて他人行儀で呼ぶ。
本当のところ、芽依さんなんてどうでもいいんだろう。
ああ、だから俺なのか?
芽依さんには、俺しかいないのか?
本当の意味で、味方になってくれる人は、もしかしたら居ないのかもしれない。
心を許せる相手が、どこにも居ないのかもしれない。
それって、悲しいことじゃないのか?
でも、だからといって俺が芽依さんに手を差し伸べることも、芽依さんから差し出された手を取ることも、本来なら許されないだろう。
でも、それしかないのなら。
それしか、本当にそれしか道が無いのなら、俺のすべきことは決まっている。
後は、覚悟だけだ。
「とにかく、少し落ち着いてください」
「うん」
まあ、確かに性急過ぎる気もするけど、その一方で急がないといけないとも思っている。
だって、相手は手段を選ばないんだから。
そこに芽依さんの気持ちとか、芽依さんの将来とかはどうでもいいはずだ。
目的は芽依さんのおじいさんの遺産であり、つまりはカネしか見ていないんだ。
そんな大人の身勝手さで、芽依さんの未来を奪っていいはずはない。
それに、追い詰められている芽依さんを、これ以上放っておけない。
俺の内側に、何だかよく分からない感情が沸いてきた。
でも、冷静にならないと。
あくまでも、芽依さんの為に動かないといけない。
俺の感情なんてどうでもいいし、この際邪魔だ。
「それで、城田さんが諏訪さんのおうちに行くとして、それでどうする気ですか?」
「ええっと、芽依さんと外泊をしたのは私であり、そこに一切の他意はありませんと」
何だろう、本物のバカが居るよ、本当に居るよ、こんなバカは見たことが無い、というか、もうこんなバカは死ねば、いっそ死んでと、そんな顔をしているような気がする。
一言で言うと、まあ虫を見るような目かな?
気のせいだと思いたい。
気のせいで無かったら、正直心が挫けそうだ。
「はあ~」
思いっきり、ため息を吐かれた。
「あの~」
「そんなことをしたら、火に油を注ぐようなものですよ?」
「でも、どうしたらいいのか?俺には分からないんだよ」
だって、これは芽依さんの家庭内の問題であり、部外者の俺が口出しをしていい話しじゃない。
そうなんだ、俺は完全な部外者だ。
親戚でもない、関係者でもない。
何者でもない。
ただ、芽依さんの遊び相手だ。相談相手ですらない。
俺はそれでいいと思ってきたはずだ。
芽依さんには芽依さんに、相応しい相手がいるはずだと。
それなのに。
でも、相応しい相手が居ない、むしろ芽依さんの周りに邪悪な人しか居ないとしたら、俺がダメな理由は無いはずだ。
そうは言っても、手詰まり感はぬぐえない。
「私の父に相談しましょう」
何で、この子のお父様と相談を?
だって、一族の中で一番立場が弱いはずじゃ?
「私のお父さんが、諏訪さんの代理人弁護士なんです」
「はい?」
いきなりすぎて、俺はちょっとめまいがしてきた。




