第三十四話 しろくまさんと彼女のひみつ
紅茶と言っても、色々とあるようだ。俺はこういった店では紅茶を飲まないから、正直いつもスルーしていた。
たくさんの種類のティーバッグが、所狭しと並んでいたけど、聞いたことの無い紅茶らしきティーバッグも置いてあった。よく分からんものは、やめておこうと思う。冒険は、若い内にすべきだと思うよ。スタバも、怖くて行けないし。
幸い、日本茶のティーバッグも一緒に並んでいたので、俺は玄米茶を選んだ。
次にリクエストされた、紅茶を選ぶことにした。
でも、紅茶かあ。
「う~ん、どれにしようか?」
無難にダージリンにしておいた。
「お待たせ」
牧田さんは何故か、じ~とティーカップを見ていた。
「私、アッサムティーが好きなんですけど」
ああ、そうかい、そうかい。そいつは、悪かったね。だったらさ、最初からそう言ってくれないかな?
違うか、察しろということかな?女子高生って、本当に面倒だな。
そういやあ、芽依さんはこんなことは言わないな。いや、もっと難易度の高い奴を要求してくるか。
結論。
女子高生は、やっぱり面倒だ。
「じゃ、代わりを持ってくるよ」
「別にいいです」
だったら、余計なことを言うなよ。
言いたくないけど、近頃の若い奴はって言いたくなるけど、かつてはきっと、俺もそう言われたのだろう。
牧田さんは、紅茶にポーションミルクを入れてスプーンで軽く混ぜた。
正直、お茶にミルクって、どうよ?
俺には理解出来ないけど、最近じゃ緑茶にミルクを入れる奴も居る。
そんなことを考えていると、牧田さんは紅茶をすすりながら、俺をジッと見ていた。
「え?何?」
「諏訪さんが何であなたのことをお気に入りなのか、ちょっと分かった気がしました」
「え?どこが?」
「知りません」
思わせぶりな。
若い子は本当に面倒だ。
まあ、おいおい聞こう。
牧田さんではなく、芽依さんにね。
だから、芽依さんに会わないと。
「彼女ですけど、両親が居ないんです」
唐突だな。もちろん、誰とは聞かない。
「続けて」
「諏訪さんのご両親は、事故で亡くなったそうです。どんな事故かまでは、私も知りませんけど」
初耳だ。
いや、違うか。
俺が芽依さんに、深入りすることを避けてきたからか。
プライバシーはおろか、そもそも彼女について俺は一切関心を持たないように心がけてきた。
それが、ふたりで会っている時の、ルールみたいな感じだから。
俺自身に課した、最低限のルールだ。
「それで諏訪さんは、祖父のお家に引き取られました」
「そうなんだ」
「諏訪さんのお家って、資産家なんですよ」
まあ、そうだろうね。あの豪邸を見たら、資産家であることは普通に考えても分かるだろう。
「それでですね、その祖父も亡くなったんです」
それって、じゃあ芽依さんの家族は?
彼女は一人か?
すると牧田さんは、続けて説明してくれた。俺が促すまでもなく。
「親戚が諏訪さんの後見になっていたそうですけど、そこでちょっと問題が起きたんです」
遺産を巡っての争いかな?
物語では、よくあるストーリーだ。
俺には無縁な世界の話しだけど、図らずもそんな遠い世界が急に身近になったような気がする。
というか、だとしたら俺の目の前に居る牧田さんも、その争いに無関係ではないということか?
ちょっと、きな臭くなってきたな。
「聞いていますか?」
どうしてだろう、牧田さんはムッとしていた。
「聞いていますよ」
「そうですか」
ホント、若い子は分からん。せっかちだし。
「それでですね、ええっと、どうしようかな、でもなあ、別に口止めされている訳じゃないしなあ。う~ん」
どうしたんだろう?急に、しどろもどろになったぞ。
「これはですね、いいですか、聞いていますか?」
「え?ああ」
「ちゃんと聞いてください!」
だから、何で怒るんだよ?
「ええっと、言いにくいことなら言わなくていいよ」
「聞きたくないんですか?」
「あえて、知りたいとも思っていませんよ」
すると、牧田さんは急に機嫌を悪くって、いや最初から機嫌が悪いか。
そっぽを向いてしまった。
俺はどうしていいか分からず、しかし何もしなかった。
カップに残った、冷え切ったお茶を飲んだだけだ。
時間だけが経過するけど、そんなに時間は経過していない。でも、長く感じるなあ。
そうだ、芽依さんと過ごした時の時間は、やけに早かったような気がする。
何が違うんだろうか?
はあ~、帰りたいなあ。
「レイプ」
「え?」
「彼女、レイプされかけたんです」
ああ、そうだったのか。
でも、予想はしていた。
工場見学の時に見せたあの時の芽依さんの状態は、男性から何らかの被害に遭わなければ、ああはならないだろう。
高橋だって、そんなに悪い奴じゃない。馴れ馴れしいだけだ、よね?
そしてその被害は、往々にして性に絡む。
「そ、その、これは諏訪さんには秘密にしてください」
いいかい、お嬢さん。本当に秘密にしたければ、誰にも言わないことだよという言葉を、俺は飲み込んだ。
恐らくだが、この秘密を抱えるのを苦痛に感じていたのかもしれない。
高橋が芽依さんにちょっかいを掛けたのを、彼女は目の当たりにしているはずだから。
「遺産目当てなんです」
「うん?」
性被害と遺産目当てって、ちょっと話が繋がらないな。
女子高生特有の、話の飛躍か?
「どういうことかな?」
「諏訪さんの祖父は資産家で、その遺産を諏訪さんが受け継ぐんです」
ああ、そういうことか。
だから女子高生とは思えないぐらいの、お金を持っていたのか。
実は江ノ島デートでの費用の大半は、芽依さん持ちだった。
というかあの時の俺は、まさに心神喪失状態だったので、お金の清算をすっかり忘れていたからだ。
女子高生にお金を出させるおっさんって、すでに終わっているような気もする。
ああそうだ、その時の分の清算もしないと。
そこでふと、おかしなことに気が付いた。
「あれ?でも諏訪さんはお孫さんだよね?相続権は無いんじゃ?」
「祖父の養子になったんです。だから、彼女がかなりの遺産を相続した、いやするんです」
「したではなく、する?」
「はい。彼女が成人したら、相続します。それまでは弁護士が預かり、日々の生活費を支給しています」
そうなんだ、お金に困ってはいなかったんだね。良かった、良かった、うん?いや、成人したらって?
成人したらって、それって成人していないということか?
なら芽依さんは、いくつなんだ?
「牧田さん」
「はい」
「いくつ?」
「え?お砂糖は入れませんけど、ミルクだけで十分ですけど」
「いや、違う年齢だ」
「女性に年齢を聞くのって、失礼ではありませんか?」
があ~、子供のくせに!ませたことを言うなよ。めんどうくさい!
落ち着こう、相手は子供だ、子供だよね?
「以前ね、芽依さんは自分の年齢を18歳って、そう言ってたんだ。それって、もう成人だよね?違うかい?」
何だろう、牧田さんは俺をまっすぐ見つめている。
こうして見ると、それなりに整った顔をしている。
ちょっと、怖いけど。
「さっきから芽依さんって、諏訪さんのことをそう名前で呼ぶんですね?」
「え?」
何と言うか、イライラしている。いや、イライラしていない時って、あったか?胃が痛くなるから、これ以上はやめて欲しいんだけど。
「諏訪さんのことを、芽依さんって名前で呼ぶんですね?」
うっかりしていた。
ホント、俺はダメだ。
気を付けていたはずなのに。
「気のせいです」
「誤魔化さなくてもいいです。彼女のことを名前で呼ぶ人は、結構いますから」
「ああ、そう。ダメだなあ、馴れ馴れしくしちゃ。俺も気を付けないと」
「オレですか?」
まずい、本当に俺はダメだ。何を動揺している?
名前を呼んだだけで、何でパニックになっている?
「いいんじゃないですか?諏訪さんも認めているんでしょう?」
「ええっと、まあ、そうなんだけど」
「私だって、芽依さんと呼びたいんですけどね」
「呼べばいいじゃないか。友達なんだろう?」
何だろう、また睨まれた。というか、何の話だ?
芽依さんに馴れ馴れしい俺を、糾弾する場か?
「とにかく、彼女を狙う人は結構います」
「そうだろうね、彼女は美人だから。きっと、もてるだろう」
「ええ、おまけにお金持ちですから」
何だ、今度は顔を少し歪ませたというか、口元がちょっと歪んだような。
「それって、皆知っているの?」
「ごく一部です」
うん?
だったら、何でそんなに詳しいんだ?
親戚だとしても、何でそこまで詳しい?だって、君だって子供だろう?
「君は、芽依さんの何なんだ?」
俺は、聞かずにはいられなかった。




