第三十三話 しろくまさんとこころ
「結局、あなたは諏訪さんとどうしたいんですか?」
しびれを切らしたように、牧田さんは俺に質問をぶつけてきた。
シンプルでいいけど、さっきまでの俺の解説についての評価は、どうなるんだ?
まあ、いいけどね。
そうは思っても、俺はどうしたいんでしょうね?
どうして欲しいんでしょうね?
でもね、それって俺ではなく、芽依さんに聞かないと。
俺はすでに、受け身だから。
決めるのは,芽依さんだ。
俺は芽依さんが決めたことを、受け入れたいと思っている。卑怯だけど、そうしたいと思うから。
では、その牧田さんはどうか?
俺と牧田さんとの問答は、ほぼ意味をなさなかったようだけど、どうも彼女は、今回の件で責任を感じているようだ。
でもそれは、芽依さんの責任であり、牧田さんはただ巻き込まれただけではないだろうかな?
まあ、若い内は潔癖症的なところがあるから、無責任では居られないのだろう。
それに、俺には見えない彼女らの世界もあるし、何かしらのちょっと複雑な関係もあるのだろう。
特に未成熟な子供なら、なおさらだと思う。
だからこそ、子供は守られなければならないと、俺は思う。
「私はね、彼女は彼女のエリアで活動すべきであり、少なくとも私のエリアに居るべきではない」
「私を煙にまこうとしていますよね?」
違う。うまく説明出来ないんだ。
「はっきりしてください。諏訪さんのこと、好きなんですか?どうなんですか?」
ああ、そうだった。
彼女たちは青春真っ盛りであり、所謂思春期なんだ。
色恋沙汰が日常であり、そこに変な理屈はないんだ。
好きでなければ嫌いであり、逆に嫌いで無ければ即恋愛対象だ。
いや、恋愛対象予備軍かな?
そこにあるはずの性愛は曖昧であり、人間関係も至ってシンプルだ。
プラトニックラブこそ、至高なんだ。
しかし、俺は知っている。
人間関係って、そんなにシンプルではないことを。
そして俺はもうすっかり、汚れた存在になってしまっていると。
俺にとって、遠い存在なんだ。君たちが。
君たちは、俺にとって幻なんだ。
だから芽依さん達が、俺から見るととっても眩しく見えるんだろう。
でも、あえて彼女を近くで見たら、そこには触れるのも憚るような熱があり、それでも触れたら、やけどでは済まない。
俺はそれを知っているはずだったけど、いつの間にかそんな当たり前のことを、すっかり忘れていたようだ。
だから、やけどをするんだろう。
お互いを傷つける結末しか、俺には見えないんだ。
「どうもこうもない、彼女が居るべきは私の隣ではないと、そう言っています」
「だから、誤魔化さないでください」
明らかに彼女はイライラしている。
何だろう、俺もイライラしてきた。
一体、何を望んでいる?
どんな答えが欲しいんだ?
どうすれば、分かってくれる。
どうして、分かってくれない。
俺のようなおっさんには、君たちが望むような答えなんか、一切持っていないんだということを。
「諏訪さんのことではなく、あなたがどうしたいかです。答えてください」
俺?
俺なんか、どうでもいいと言えば、きっとそれを誤魔化しと受け止めるんだろう。
俺と彼女は、同一線上に居ないが、彼女はそうではないようだ。
だから、きちんと答えないといけない。
彼女と同一線上の答えは無理でも、出来るだけ近づかないと彼女は納得しないからだ。
だったら俺は、どうしたいんだろうか?
ふと、彼女との日々を思い返す。
とにかく、よく笑う芽依さん。
ひたすら、よくしゃべる芽依さん。
何かあると、すぐに抱き着いてくる芽依さん。
時々、深刻になる芽依さん。
そして、びっくりするぐらい真剣な芽依さん。
子供であり、大人でもある芽依さん。
そんな彼女と、どうありたいのか?
どんな関係性を望んでいるのか?
違う、俺は彼女にどうあって欲しいのか?
分かるのは、いつも笑っていて欲しい。
俺をネタにしてもいい、からかってもいい。
とにかく、幸せでいて欲しい。
工場見学の時のような、あるいは動物園で見せたような、何かに怯える彼女を見たくない。
どうにかして、救いたいと今は思う。
でも、俺にはその資格がない。
これは俺の、嘘偽らざる気持ちだ。
「諏訪さん、いや、芽依さんには幸せになって欲しい。俺は純粋に、そう思っている」
牧田さんの顔が、少し赤くなった。
何だか、恥ずかしそうにしている。
なんだろうか?何か間違ったのだろうか?
間違ったとしても、これが俺であり、君ではない。
君の考えるしろくまを俺に押し付けるなら、それは違うと思う。
俺は、芽依さんのしろくまだ。
世界で唯一の、芽依さんだけのしろくまさんだ。
「そ、それで」
彼女は何かを振り絞っているような、どこか苦しそうな感じだ。
水、飲んだら?
でも、テーブルを見たら、コーヒーはあるけど水は無かった。
最近のファミレスでは、水はおろか食事も運んでくれない。
何だかよく分からないロボットが、色々と運んでくれるからだ。
もちろん、水もセルフだ。
「飲み物を持ってくるよ」
そう言って立ち上がる俺の袖を、牧田さんはしっかりと掴まえてきた。
ちょっと、意外だった。
この年頃の子は、俺みたいなおっさんを汚いモノと認識しているはず。
本来なら、触るのも嫌だろう。
臭いとすら、思っているはず。
何故なら、臭いというのは感覚ではなく、認識だからだ。
臭くなくても臭いと感じるのが、この年頃なんだ。
そうでないと、間違った相手を選択する。
それを防ぐのが、臭いという思い込みでもあるから。
だから本来、芽依さんが俺を選ぶはずはない。
芽依さんが俺を選んだのには、俺を城田というおっさんではなく、ゆるキャラであるしろくまと認識しているからだ。
そうでないと、おかしくなるからだ。
「ま、待ってください」
何だろう、どこかすがるような目をしている。
「私も諏訪さんに幸せになって欲しんです」
「うん、そうだね。友達なら、そう思うだろうね」
あれ?友達だよね?親戚だと、違うのかな?
「彼女のこと、聞いていますか?」
「いや、実はよく知らないんだ」
牧田さんはしばらく俯いて、一言発言した。
「すみません、紅茶を持ってきていただけませんか?」
「ああ、分かったよ」
何で紅茶なのか、俺には分からない。
でも、それで彼女が落ち着くなら、それでいいかとも思う。
俺はドリンクバーコーナーに向かい、飲み物を取ってくることにした。




