第三十話 しろくまさんと帰り道
「ね、ねえ」
「はい?」
「エ、エスカーは使わないの?」
「ああ、あれは上り専用ですよ」
「え?下りはないの?」
「はい♪」
「エ、エレベーターも?」
「はい、ありません♪」
何で、そんなに嬉しそうなんだ?
ああ、違うか。
一緒に歩くことが、本当に嬉しいのか。
へろへろになっている俺を、思う存分いじれるから。
フレンチトーストを食べ終えた俺たちは、帰宅することにした。
これ以上、奥地に行きたくないからだ。
芽依さんはまた次にしましょうと言っていたけど、同世代の子と行きなさいと答えるので精一杯だった。
年のせいにはしたくないけど、芽依さんのその元気は若さゆえと思う。
いえ、俺のはただの運動不足です。
芽依さんが俺の手を掴もうとしたので、思わず引っ込めた。
「ちょっとお!」
「ちょっとお、も何もありません。危ないからそういうのは、やめて下さい」
「だって、だって、しろくまさん辛そうなんだもん!」
「気持ちだけもらっておきます」
「む~、他人行儀!」
「実際、他人なんだから仕方がないよ」
「一夜を共に過ごしたのに?」
「こ、こら」
俺は思わず、芽依さんの口を塞ごうとしたら、その手を掴まれてしまった。
「うふふふ♪つ・か・ま・え・た♪」
何その、いたずらっ子のような顔は?
メチャクチャ可愛いんだけど。
「あの~、離してくれないかな?」
「いやで~す♪」
嫌だなあ、本当にこの子は、どうにも出来ないぐらいに可愛いじゃないか。
振り払えないじゃないか。
いや、俺に彼女を振り払う元気がないだけか。
「いいから、危ないから離しなさい」
「じゃあ、私のこと、すきって言ってくれたら、は・な・し・て・あ・げ・る♪」
ああ、またこのお遊びか。
本当に、心から楽しんでいるなあ。
俺が困っているのを。
「いいから、離しなさい。ここは天下の往来ですし、しかも神域です、バチが当たりますよ?」
「大丈夫ですよお。だって、愛の神さまだから。恋する女の子の味方です!」
うん?そうだったっけ?
確か、江島神社にお祀りしている神って、芸能の神さまじゃなかったっけ?
違ったっけ?
そういえば、由緒をよく見なかったなあ。
でも、これだけカップルが多いから、そういうご利益もあるのかな?
知らんけど。
「それでも、神さまの前で不埒なことは許されませんよ。それにこのままじゃ、危なくて階段を下りれません」
「は~い、分かりました」
がっかりした芽依さんは、やっと手を離してくれた。
やれやれと思った瞬間、芽依さんは俺に抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと?」
「しろくまさんはどうして、私に冷たいんですか?」
すねた顔で、俺を見上げてくるけど、俺はどうしたらいいんだろう?
だって、可愛くて仕方がない。
思いっきり、抱きしめたくなる。
だから、逆に突き放さないといけない。
「冷たくない、冷たくないから離れなさい」
「い・や・で・すぅ♪」
「ほ、ほら、みんな見てますよ?迷惑になるから、離れなさい」
すると、俺の胸のあたりに顔を埋めていた芽依さんは、唐突に顔を上げるや否や、突然往来に向かって大きな声を張り上げた。
「私、この人が好きなんです!私、迷惑でしょうか?」
「お、おい?」
その声に応じるように、その場に居たカップルたちが、興味深そうというか、野次馬のようにこっちに注目をしてきた。
「私、この人にギュッてして欲しいのに、みなさんが迷惑してるから、やめなさいって言うんです。迷惑でしょうか?」
「ほ、ほら、迷惑だから、迷惑になるから、ええっと、その迷惑になるから、離れなさい。ええっと、すみません、お騒がせして」
俺は、支離滅裂になった。
周囲に対して、ペコペコ頭を下げたけど、何で俺が謝る?
だいたい俺は、注目される事に慣れてないし、そもそもこの状況はおかしい。
まるでそう、バカップルそのものじゃないか?
「年の差カップルかな?」
「親子じゃない?」
「生き別れた親子だろう」
「だったらさ、少しぐらいじゃれあってもいいんじゃない?」
「あそこまで堂々とされたら、むしろ微笑ましいよ」
「ねえ、ねえ、私もハグして?」
・・・・・・・・・・・どいつもこいつも。
リア充ども爆発しろ!
ああ、この場合、俺もそれに含まれるのか?
俺の人生、どうなっている?
俺、爆発した方がいいのか?
「しろくまさん、みんないいって言ってますよ」
ホント、嬉しそうだよこの子は。
「ねえ、頼むから離れてよ。これじゃ、帰れないよ」
「手」
「はい?」
「手を繋いでくれたら、言うことを聞いてあげます」
「下りは危ないからダメ」
「下りでなければ、いいってことですか?」
「え?いや、俺が言ったのはだね」
「ダメですか?」
涙目になって聞かれたら、答えなんて決まってるだろう?
でも、何でこうもコロコロ表情を変えるのかね?器用だね、君は。
「ダメじゃないです」
「やったぁ♪」
芽依さんは俺の胸のあたりを、ぐりぐりしてきた。
俺はというと、芽依さんの柔らかい身体と体温にドキドキし、まるで花のような匂いでクラクラしてきた。
もしかして、君は魔法使いか?ああ、今は魔法少女って言うんだっけ?
君は一体、俺にどんな魔法をかけたのか?
呪いじゃないよね?
「しろくまさんって、温かくて柔らかいです♪」
ああ、そうだろうね。
太ってるし。
というかさ、いつになったら解放される?
ああ、そうか。芽依さんが飽きるまでね。
俺、帰りたいんだけど。
ねえ、神さま。
この状況、どうにかしてくれませんか?
なんか遠くから、ダメですぅという声が聞こえたような。
理不尽だ。
やはり、男は堪えろですか?
こうして俺と芽依さんは、江ノ島をたっぷりと堪能した次第でした。
正確に言おう。
たっぷりと堪能したのは、俺ではなく芽依さんの方でしたけどね。
でもね、俺も楽しかった。
本当に楽しかったんだ。
だからきっと、バチが当たったんだろう。




