第三話 しろくまさんと雨降りの公園
雨だった。
天気予報は的中したけど、あの娘は大丈夫だろうか?
いや、何で俺はあの娘のことを、心配してるんだ?
「まあ、いい」
でも、やっぱり気になったので、お昼休みに傘を差して外に出ることにした。
雨なのに。
いや、雨だからか。
「やれやれ、俺は何をしている?」
最近独り言が多いなあと思うものの、そもそも普段から人とあまり会話していないことに気が付いた。
しかもだ、最近する会話のほとんどは、あの娘とのやり取りだ。
いや、彼女が一方的に俺に向かって喋っているので、俺はまあ少しだけ受け答えをするだけだけど。
う~ん、それでいいのか?
彼女が壁に向かって喋っているような感じで、少し気の毒になる。
寂しくないだろうか?
誰のせいだ?
俺のせいか?
そんなことを考えながら会社の通用口から外に出た俺は、雨が降るどんよりとした空を見上げた。
雨はそれほど強くはないけど、外で過ごすには不適当だろう。
でも、雨の情景はどこか文学的で、俺は嫌いではない。
街角のレトロな喫茶店で、窓際の席で雨音をBGMにしながら、コーヒーを片手に本を読むなんて優雅な時間を過ごす。
想像するだけで、良い感じだ。
想像するだけなら、タダだしね。
しかし、そんな想像はすぐに吹っ飛んだ。
雨の中、彼女こと、諏訪芽依さんは傘をくるくる回しながら、いつものベンチの側に立っていた。
まあ、ベンチは濡れているから、座ることはないだろうけど。
でも、何でだ?
そんな光景に出くわした俺は、少々うんざりしてきた。
いったい、彼女は何をしにここにきた?
何で、こんな天気に君は居るんだよ。
このまま、知らん顔をするか。
そう考えていたら、彼女に見つかってしまった。
彼女の方から、声を掛けてきた。
とても嬉しそうに。
どうして?
「しろくまさ~ん!」
だから、俺はしろくまではない。
彼女は雨のせいで濡れた地面をものともせず、しかしどこか優雅にたったったと、小走りで俺に近づいてきた。
そんなどこか不思議な光景を目の当たりにした俺は、その場から一歩も動けなかった。
咄嗟に言葉も出なかったけど、何とか振り絞った。
「こんな雨に、何しに来たの?」
「だって、もしかしたら、しろくまさんが私が来るのを待っているかもって、そう思ったんですよ」
「自意識過剰ですよ」
「ふ~ん、でも来てくれましたよね?」
雨に濡れるから、いちいち身体を傾けない。
上目遣いで俺を見るな。
まったく、この娘は。
仕草が可愛いじゃないか。
「偶然です。たまたま、会社の周囲の見回りをしただけです」
「それって、運命ってことですよね?」
「運命と偶然は、まったく違いますよ。さあ、雨が酷くならないうちに、早くお帰りなさい」
「雨宿りしたいので、しろくまさんのおうちに行きたいです」
社内に入れろよりは、まだマシか。
いや、全然良くない。
雨を口実にしやがって。
いや、待てよ。
何か、変だ。
普通、こういうのって、逆だろう?
そう考えつつ、俺は冷静に回答することにした。
大人として。
「却下」
「ええ~?何で?」
「未成年の女子を、連れ込んだら私は逮捕されるからです」
「私、成人ですよ?」
「そんなの、私は知りません」
「だったら、教えてあげますよ。もちろん、身体のサイズも」
「必要ありませんけど、年齢は教えてください。本当は、いくつなんですか?」
「だ・か・ら、18歳って、いつも言っているじゃないですか?」
「証明するモノを見せてくれない限り、信用出来ません」
「見せたら、しろくまさんのお嫁さんにしてくれますか?」
「それはそれ、これはこれです」
「ぶっぶ~。大人って、ずるい!」
ふくれっ面の彼女も、それなりに可愛い。
頬をつねりたくなる。というか、つねってやろうか?
お仕置として。
いや、それはセクハラか。
世知辛い世の中だ。
じゃあ、お仕置はどうやるんだ?
世の親たちは、どうやって躾けてるんだ?
というか、この娘の親の顔が見てみたい。
いや、この娘の親の顔を見た瞬間、俺は終わっているか。
ホント、仕方がない。
「そうです、大人はずるい生き物なんです。だから、君たち未成年は守られているんですよ」
「だったら、しろくまさんが、私を守ってください」
「子供を守るのは、親御さんの役割です」
急に顔を伏せたけど、すぐに顔を上げた。
なんだろう、今の一瞬の間は?
「旦那さまの役割じゃ、ないんですか?」
「私はあなたの、旦那さまではありませんよ」
「芽依」
「え?」
「芽依って呼ぶって、約束しましたよね」
「特に呼ぶ必要は、無いと思いますけど?」
「あなたって、妻が夫を呼ぶときに言うものです。だから、私のことは芽依って、呼んでください」
どうしよう。このお遊び、いつ終わる。いい加減、屋内に戻りたいんだが。雨脚も強くなってきたし。
だいたい、人に見られたらどう説明する?
しかも、一応傘を差しているとはいえ、彼女の肩や足元は濡れている。
このままだと、風邪を引いてしまうじゃないか。
屋内に入れる訳にはいかないし、どうしたらいいだろうか?
何とか、煙にまけないだろうか?
「分かりましたから、これ以上雨が強くなる前に、早くお帰りなさい」
「芽依」
「ああ、もう。芽依さん。これでいいでしょう?だから、早く帰りなさい」
「は~い!旦那さま!」
すると、途端に晴れやかな顔になった。
今は雨なのに、まるで春の日差しのような、そんな笑顔だった。
春の日差しをまとったような彼女は、まるで風を起こすかのように傘をくるくる回しながら、どこかスキップのような歩き方で帰っていった。
何がそんなに、嬉しいのやら。
だいたい、そんな歩き方じゃ靴が濡れるぞと、ふと思ってしまった。
口には出さないけど。
そんなこと、どうでもいいか。
それにしてもまずいなあ、すっかりはまってしまっている。
彼女と一緒にいると、どこか心地好い。
ダメだ、ダメだ。
俺はそんな気持ちを、振り払うことにした。
もう、あんなことは二度とゴメンだ。
俺は首を振りながら、会社に戻って昼めしを食べることにした。
俺は雨降りの空を、ゆっくりと見上げた。
しとしとと降っていた雨は、いつの間にかザーザー降りになっていた。
もし俺が外に出てこなかったら、彼女はどうする気だったんだろうか?
いつまでも、待っているのだろうか?
いや、いくらなんでも。
でも、彼女の場合なら、それもありえそうだ。
それにこの雨だと、傘があってもあまり役に立たないだろう。
彼女が風邪を引いたら、俺のせいになるのか?
考えても仕方がない。
俺は水たまりを避けながら、屋内に戻って行った。
地面は真っ平に見えていながらも、ところどころにくぼみがある。
普段は見えていないけど、こういう雨の日は、くぼみが露わになる。
まるで、人の生きざまのように。
「生きざまか」
彼女、無事に帰れたかな?
彼女との関係を嫌がっている割に、俺は彼女のことを考えてしまっている。
彼女と過ごす時間を、結構楽しんでいる自分に、戸惑いを感じている。
彼女と過ごす時間を、どこかかけがえのない時間になってしまっているのかもしれないし、もうすでになっているかもしれない。
だからどうにかして、彼女を突き放さないといけないけど、それをしたくないと思う自分も居る。
もう、若い娘はうんざりなのに。
でも、楽しいと思う自分を、やっぱり否定は出来ない。
もっと心地好くなりたいと思う、そんな自分が居る。
だから、気を付けないといけない。
あの娘がどう思おうが、世間は別の判断をするからだ。
俺はそれをいやという程、経験したから。




