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第二十九話 しろくまさんとフレンチトースト

 ここは江ノ島。

 俺たちは、江島神社にお参りしている。

 でも不思議だ。

 髪の毛を金髪に染めている若者が、神妙な顔をして手を合わせている風景は。


 どこまでいっても、日本人は日本人なんだろう。 


 参拝を終えた俺と芽依さんは、再び歩き出した。

 もちろん、来た道ではない。

「今度は、どこに行くだい?」

「い・い・と・こ・ろ・で・す♪」

 ああ、そうかい。

 まあ、いいか。

 俺の一生で、ここに来ることはもう無いだろう。疲れるし。


 すると、またエスカーに乗った。

「いったい、いくつあるんだ?」

「これで、最後です」

 やれやれ。

 しかし、カップルが多いなあ。みんな、体力あるなあ。


 エスカーに乗って俺たちが着いた場所は、サムエルコッキング苑と呼ばれる、庭園らしい。

 俺と芽依さんは、そこに入った。

 入場のチケットは買わなくていいのかと聞いたら、俺たちが持っているチケットは、フリーパスだからいいんだそうだ。

 用意いいなあ。


 ということは、最初からここまで来るつもりだったのか?


 俺、聞いてないけど?


 ああ、俺の意見なんて、どうでもいいのか?どうせ、ぶ~たれるだけだしね。



 中に入ると綺麗な庭園があり、展望台みたいな塔がそびえ立っていた。

「行きましょう♪」

「ええっと、まさかと思うけど、あれを登るの?」

「はい!」

「無理だよ!あんな高いところまで登る体力は、俺には無いよ」

「しろくまさん、運動不足です」

「そうだよ、俺は運動不足のおっさんだよ」

「大丈夫ですよ、エレベーターがありますから」

「ああ、そう」

 安心した。やはり、エレベーターは神だと思う。

 最近では、二階に上がるのもついエレベーターを使ってしまう。下りは、なるべく階段を使っているけど、たまにエレベーターに乗ってしまう。

 エレベーターを使うことは昔は罪悪感があったけど、最近はそんな罪悪感は欠片も無い。

 いよいよ、おっさん道を突き進んでいるということだろう。


 そうだ、順調に年を取っていると、そういうことだ。


 まさに、自然の摂理だ!


 で、いいですよね?


 神さま?


 そんな馬鹿なことを考えている俺と、何を考えているか分からない芽依さんは、その展望台のエレベーターに乗った。

 ガラス張りのエレベーターは景色がよく、あっという間に頂上に着いたけど、途中でせっせと歩いている人と思わず目が合ってしまった。


 少し、睨まれたような気がする。


 そこで、はたと気が付いた。ここは、灯台だった。

 しかし、随分と洒落た灯台もあったもんだ。

 

「すごいです!すごいですよ、しろくまさん!!」

 ホントだね、いい景色だ。

「富士山です!ほら、富士山ですよ!」

 俺は携帯を取り出して、パシャリと撮った。

 古い携帯電話で、いわゆるガラケーという奴だ。

 そういえば芽依さんは、年頃の子なのに携帯を構えたところを見たことが無いな。

「芽依さんは、撮らないの?」

「私、スマホ持ってません」

 珍しいな。もしかして、家の方針かな?

 俺がそう訝しんでいると、芽依さんは察したように説明してくれた。

「私、スマホ嫌いなんです」

「ふ~ん、珍しい」

「しろくまさん!」

「うん?」

「二人で撮りましょうよ!」

 芽依さんは俺の横というより、俺の顔の横にぴったりとくっつき、撮影することを要求してきた。

「ちょ、ちょっと」

「ほら!早く!」

 仕方がない。

 俺はいわゆるリア充がやりそうな、携帯のカメラで自分たちを、自撮りした。

「うまく撮れたかな?」

 画像を見ると、ちょっとぼやけていた。

「うわあ。まるで、恋人同士みたいですね!」

 すまんけど、俺にはそうは見えないけどね。

 あえて言うならば、美少女と何か得体の知れない動物が一緒に映っているという感じか。

 でも、芽依さんが喜んでいるから、ま、いっか。

 きっと、キモ可愛いって奴だろう。

 でも、キモイのに可愛いって、どういうことだ?

 女子の気持ちって、俺には本当によく分からんよ。

「じゃ、帰ろうか」

「え?まだ行くところがありますよ?」

「岩屋は嫌だよ?」

 正直、これ以上歩きたくない。動く歩道があるなら、まあいいけど。きっと、今度こそ歩かされるだろう。江ノ島の岩屋って、テレビでよく見るしね。

「それ、シャレですか?」

「違うよ、本気」

「大丈夫です、私も暗いところは嫌いですから」

 俺は芽依さんのこの時の、スマホと暗いところが嫌いを、うっかりスルーしてしまった。

 そのことに気が付くのは、もっと先のことになる。


 俺たちは灯台と言うか、展望台と言うか、そこから降りることにした。

 ちなみに、ここはシーキャンドルと呼ぶらしいけど、何でそんな洒落た名前なんだろうか?

 何でもカタカナにするのって、どうなんだろうね?


 昭和のおじさんの愚痴でした。


 芽依さんはエレベーターではなく階段で降りようと言っていたけど、階段で行きたければ一人でどうぞとやんわりと断った。

 芽依さんはちょっと不機嫌そうにしていたけど、俺の腕を取ってエレベーターで下まで降りてくれた。意外に優しい所もあるなあ。でも、だったら最初からこんな歩く所に俺を連れ回すなよと言いたい。

 正直、もう疲れた。

「なあ、どこかで休めないかな?」

「お安い御用です!」

 何がお安い御用なのか分からないけど、ベンチでも座るのかな?まあ、この際どこでもいいや。


 すると、マイアミビーチ広場という看板を横目に、お洒落なカフェに入ることになった。というか、どこにビーチがあるんだ?ここは日本だし、しかも山の上だぞ?

 とは言え、やはり江ノ島は違うなあ。茶屋ではなく、カフェときたもんだ。

 ここでコーヒーでもと思ったけど、ここはあるメニューが名物と芽依さんに教えてもらった。

 フレンチトーストの名店らしい。


 店内はまだ早い時間のせいか、それほど混んではいなかった。

 俺たちは窓辺の席に座り、出されたメニューを見た。

 何と言うか、フレンチトーストと言っても色々とあるなあ。

「芽依さんのお勧めでいいよ」

 正直、見ているだけでくらくらしてきたから。

「はい!了解です!」

 芽依さんは店員さんにあれこれ注文し、俺たちは料理が来るまで、そのビーチが見当たらないマイアミビーチ広場を見ていた。

「ホント、夢みたいです」

 夢みたいというのなら、それはきっと俺のセリフなんだろう。

 こんなに可愛くて若い美少女と、俺にとっては場違いな店に一緒に居られるのも、すべて芽依さんのお陰だ。

 俺だけなら、きっとここには一生来ることはないだろうから。

 しかし、これを夢みたいと浮かれる訳にはいかないだろう。


 でも、どこか浮かれている俺が居る。


 平常心、平常心と。


「お待たせしました。こちら、濃厚クレームブリュレで御座います」

「あ、私です!」

 芽依さんは濃厚クレームブリュレを注文したようで、俺はキャラメルシナモンになるようだ。

 と言うか、本当に美味しそうだ。

 いい香りがするし。

 前はこんなごちゃごちゃした食べ物は好きではなかったけど、最近ではこういうのじゃないと物足りない感じがするようになった。

 慣れって、怖いなあ。

「いっただっきま~す!」

「頂きます」

 俺たちは両手を合わせて、このよく分からないフレンチトーストを食べることにした。

「しろくまさんの美味しそうですね」

 ああ、やっぱりね。

「ほら、食べていいよ」

 俺は芽依さんの方にお皿を押し出すけど、芽依さんはただ口を開けていた。

「あ~ん」

「はい?」

「あ~~~~~ん」

「ええっとね」

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~ん」

「ああ、もう。分かったよ」

 俺はフレンチトーストを食べやすい大きさに切り分け、芽依さんの口の中に運んだ。

 芽依さんはパクっと、食いついた。

 しかし、美少女は何をやっても可愛いなあ。

「ん~、美味しい!」

 ほっぺたを抑えながら、満面の笑みをこぼす彼女を見ると、もう一回やりたくなった。

 ダメ、ダメ。

 俺は大人、俺は大人だ。

 餌付けじゃないんだから。

「そりゃ、良かったね」

 俺は努めて、冷静に振舞った。だけど。

「はい!あ~ん」

「はい?」

「あ~ん」

 おい?

「あああああああああ~~~~~~~~んんんんん」

「ああ、もう。分かったから、分かったから」

 俺は目を閉じ、口を開けてされるがままにした。

 俺はおもちゃ、俺はおもちゃ。そうだ、俺はおもちゃだ。

 そう思うことにした。

 口の中に何か入った瞬間、口をゆっくり閉じて、味を確かめた。

「美味しいですか?」

「はい、とっても美味です」

「ふふ!嬉しいです」

 口を押えながら、返事をする。口に付いたクリームを、手でさりげなく拭いたけど。

 なんというか、人の視線が気になったけど、似たようなことをしているのは店内には結構いるので、特段特別なことではないようだ。 

 ただ、俺のようなおっさんが、特殊なんだろう。


 ふと、店員さんの視線を感じたから。


 目があってしまったけど、店員さんの方が先に視線を外した。


 それを見て、俺は思う。




 早く帰りたい。


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