第二十八話 しろくまさんと江の島観光
「さあ、帰るか」
「何を言ってるんですか?」
ホント、何を言ってるんだろうね。
もちろん、俺ではなく、芽依さんの方だと思うけど?
「帰るんだよね?」
「江の島に来て、何で江島神社にお参りに行かないんですか!」
え?行かないとダメなの?定番コースなのかな?知らんけど。
「ええ?大変だよ、だって神社って山の上にあるしさ」
実は行ったことはない。でも、神社ってだいたい山の上だよね?歩くの、嫌だなあ。ましてや、登りなんて、冗談じゃない。
「大丈夫です!」
「何が?」
「エスカーに乗れば、あっという間です!」
そうだった、そんなのがあったなあ。よく知らんけど。
まあ、ここまで来て神社にお参りしないのも、日本人としてはなんだろうし。
罰が当たるのも、ちょっと嫌だし。
お参りして少しぐらい、ご利益があればいいしな。
「分かったよ。行けばいいんだろう」
「しろくまさん!」
「なんだい?」
「もっと、元気を出してください!!!」
何で君は、そんなに元気なんだい?
服装が、昨日と違ってアクティブな感じだからか?
はあ~、大変な一日になりそうだ。
俺たちは何て書いてあるか分からない、恐らくは青銅製の鳥居をくぐり、いわゆる参道に入った。
参道の両側には、お土産物屋がひしめきあい、それはそれはいい匂いを漂わせていた。
「うん?なんだろう、たこせんべいって?」
「帰りに寄りましょうよ」
「うん、そうだね」
朝食を済ませたところだから、あまりお腹は空いていないけど、あれぐらいならって、よく見たら結構大きいぞ?食べるなら、やっぱり帰りかな?
とりあえず俺と芽依さんは、参道を歩いた。
というか、この段階でもう上り坂か。うんざりだ。
やがて、大きな赤い鳥居が見えてきた。
さっきは青で、今度は赤か。カラフルだな。
「しろくまさん、こっちです!」
参道を外れ、左手に向かった。
エスカー乗り場らしい。でも、何でエスカーなんだ?
ああ、エスカレーターだったのか。変な略し方だなあ。
「はい、しろくまさん」
芽依さんはバッグからチケットを取り出し、俺に渡してきた。用意いいな。
「あ!お金は?」
「後でもらいます!」
後でって言っても、宿泊代といい、食事代といい、入浴代といい、結構な金額だと思うけど?
お金はきっちりしないと。立場的には、俺が全部出さないといけない。
というか、一体いくら掛かったんだ?ホテルの部屋はスイートだったし、ディナーは執事さんによる給仕が付いたし。
少し、暗くなりそうだ。
カネ足りるかな?銀行のATMが、どこかにあるといいな。
やれやれ、とんだ出費だ。
「しろくまさん!早く早く!」
「ああ、分かったよ」
どこまでも元気な、芽依さんだった。
昨日の彼女の涙を思い出すと、かえって不安に思うな。
俺は懐が、不安になったけど。
「まあ、いっか」
「何ですか?」
「いや、いい天気で良かったなと思っただけだよ」
「はい!しろくまさんのお陰です!」
天気と俺は、関係ないけどね。
むしろ君のその元気が、太陽を呼び寄せたのかもね。
エスカーと言う名前の長いエスカレーターに乗って、やがて終点に着いたと思ったら、また別のエスカーに乗り継ぐことになった。エスカーって、二つもあるのか?初めて知った。
「意外に登るな」
「はい、私たちみたいですね!」
どういう意味だろうか?
登ったら、後は落ちるだけという意味かな?
いやだなあ、だったら早く落ちたいなあ。その方が、痛い思いをしなくて済むし。
二基目のエスカーを降りて俺たちを迎えたのは、立派なお姿をしている社殿だった。
江島神社だ。
どうやら、ここが終点みたいだ。
「お参りしましょう」
「そうだね」
手を洗い、口をすすぐ。
そして、社殿を前にする。
ニ礼二拍手一礼と、俺と芽依さんは挨拶するけど、芽依さんは懸命に何かを祈っていた。
正直、あの事件から俺は、もう祈るのを止めてしまった。
手は合わせるけど、もう何も願わないし、何も祈らない。
ただ、古式にのっとり手を合わせるだけだ。
何だか、お願いと言うより、我儘を言っているように思えてならないからだ。
だから、俺は何も祈らないし、何も求めない。ただ、挨拶をするだけだ。
だからと言って、他人が祈ることを咎めようとは思わない。
むしろ、願いが叶うといいねって、そう思う。
「さ!行きましょう!」
やっと、帰れるのか。ホッとするなあ。
帰り道はどこだろうときょろきょろしていると、芽依さんがこっちですと俺を誘導してくれた。
案外、頼もしいな。
意外に早く帰れそうだ。
「ええっと、これは何?」
「エスカーです!」
「エスカーは分かったけど、でも何で上りなの?」
「ええ?階段の方が良かったですか?」
「帰るんじゃなかったの?」
「私、帰るなんて言ってません!」
ああ、そうだった。確認しなかった、俺が悪いのか。
ホウレンソウを怠った、俺が悪いと言うことだ。
社会人失格だな。
でも何でだろうか、何かに負けたような気持になっているような気がする。
エスカーを降りると、また、社殿があった。
「いくつあるんだ?」
「まだ、奥の宮もありますよ」
「ええ?俺やだよ」
奥宮って大抵奥地にあるし、行くのも帰るのも大変な場所にあるから。
以前だけど、奥宮に行く途中の斜面に鎖場があって、俺はそこで参拝を断念したことがある。
俺には無理だと。
「大丈夫です。そこまではいきませんから。さあ、お参りしましょう」
さっき、お参りしたばかりじゃないか。
とは言え、神さまの前でそんな不敬な態度は、やはりダメだろう。
だから今回は、きちんとお願いをしよう。
芽依さんがいつまでも、幸せで笑顔で過ごせますようにと。
あと、お願いだから早く帰れますように。
ああ、これはついででいいです。
これで、帰れるかな?
芽依さんが、そんな甘い子ではなかったことを、俺は思い知ることになる。




