第二十七話 しろくまさんと海辺の朝
「私にも!モーニングコーヒー!!下さい!!!」
何だろうか、やけに強調しているような?
「はい」
すでに用意していたので、コーヒーと砂糖とミルクを渡した。
「しろくまさんと、初モーニングコーヒーですね♪」
何を浮かれているのやら。というか、意味分かってるのかな?
違うか、この子はいつも浮かれているのか。
彼女から見たら、俺は空気が読めてないんだろう。
空気が読めないから、今の俺が居るんだろうけど。
でも、何の為の空気なんだ?
それで、この世がよくなったのか?
いや、それはただのひがみだろう。
いやだ、いやだ。
でも、どうしたらいいんだ?
「ホント、これからどうしよう」
俺が独り言をつぶやいたら、芽依さんが元気よく返事をした。
「はい!」
でも、独り言に返事は要らないと思うよ?
そういやあ、君はいつも独り言だらけだよね。
次はちゃんと返事するよ。間違いを訂正しないとね。
でも、芽依さんが俺の話を聞いてくれるか、それが心配だな。
「一生一緒に居るんです!」
はい?
何か、そんな歌があったような。
不思議と顔を赤らめた芽依さんは、コーヒーカップを両手で挟み、コーヒーを飲んでいた。でも、支度はまだ完全に終えていないようだ。
何故か、バスタオル姿だったし。
というか、彼女のあられもない恰好を咎めなくなった、俺自身に驚いている。
慣れって、怖いな。
いや、慣れちゃダメだろう。
「ほら、早く支度しなさい」
「”モーニング”コーヒーありがとうございました!!」
いちいち、強調せんでもいい。恥ずかしいから。
「いいから、さっさと服を着なさい」
「ええ?どうしてですか?」
「親しき仲にも、礼儀ありだよ。それに礼儀とは、まずは身だしなみから」
「しろくまさん。私と親しいって、認めてくれるんですね?」
芽依さんはコーヒーカップをテーブルに置き、俺を見上げながらにやりと笑った。
昨夜のあの涙を思い出すと、本当に何を考えているやら、俺には分からない。
もしかして、二重人格か?いや、思春期の女の子は、こういった生き物だとラノベに書いてあったなあ。案外ラノベって、哲学書よりも役に立つかも。
「親しくなかったら、こんな場所に来ないよ」
「嬉しい!!!!」
芽依さんが突進してきたので、俺は華麗に避けた。
だって、俺はコーヒーカップを持っていたし、危ないしね。
俺に抱き着けなかった芽依さんは、そのままソファーに顔から突っ込んでいった。その際、バスタオルがはだけたけど、下にはちゃんと下着を身に着けていた。
なあ~んだ。
いや、なあ~んだではない!
「ひっど~い、何で受け止めてくれないんですか?」
「コーヒーがこぼれるでしょう?やけどするよ?」
「む~」
「むくれてないで、早く支度をしなさい。コーヒーを飲んだら出るよ。朝ごはんなんでしょう?俺は、腹が減ったよ」
「あ!そうだった。急がないと」
芽依さんはまた、洗面所に向かった。
女子の朝は忙しいと言うが、これが原因か?
俺にはよく分からん。
でも、ホテルの朝食は、実は楽しみでもある。旅館ならきっと干物だろうけど、ホテルならブレックファーストかな?もしかして、ビュッフェかな?白飯にパンも一緒に食べることが出来るから、ビュッフェだといいな。
ああ、実に楽しみだ。
「お待たせしました!」
今度は、意外に早かった。
というか、デニムのパンツ姿だった。
髪型もいつものストレートではなく、ハーフアップだった。
「着替えを持ってきていたのか?」
「女子のたしなみです!」
「ああ、そう」
俺は相変わらず、白の芸人風ジャケットだったけど。
「はい!」
「じゃ、行こうか」
「はい!」
俺が部屋を出ようとすると、芽依さんは腕を絡めてきた。
「芽依さん?」
「いいでしょう、これぐらい」
まあ、いいか。
正直、肘のあたりに何か柔らかいモノが当たっているけど、もう気にしないことにしよう。
いちいち気にしていたら、多分身が持たない。
慣れって、怖いなあ。
俺たちはまた、宿泊棟から本館に移動した。
いちいち、面倒だな。晴れてたからいいけど。
「おはようございます。昨夜は、よくお休みになられましたか」
正直、よく休めませんでしたと言いたいけど、大人の俺はそんなことは言わない。
「はい!よく休めました!!」
はい、元気で結構。
「そうでしたか」
にっこりと微笑む執事さんは、いそいそと朝食の支度をしていた。でも、執事さんはいつ休んでいるんだ?24時間勤務って、そんな訳ないよな?不思議だ。
出された朝食は、洋食プレートだった。ビュッフェでもなく、干物でもなかった。
出来れば、朝は白飯と納豆や卵が欲しいな。
でも、贅沢は言えまい。
だって、厚切りのトーストがホクホクで美味しいから。
「美味しいです♪」
「うん、洋食も悪くないかな」
「今度、洋食のお店にも連れて行ってください!」
ウオッホン!
「言い方はね、正確にね。ここに連れてきたのは芽依さんであって、私ではないよ」
「知ってますよ♪でも、また、わ・た・しですか?」
芽依さんはトーストをかじりながら、上目遣いで返事をしたけど、やはりこの子は可愛い。
「はい、TPOを弁えてますから」
「ふふ、しろくまさんって、カワイイ♪」
俺より、君の方が可愛いけどね。
「まあ、いいけどね」
もう、さっさと食べようと思ったけど、芽依さんは女性らしく食べるのが遅い。
仕方が無いので、少し食事のペースを落とそう。
「コーヒーのお代わりはいかがですか?」
思わず、うわっと叫びそうになった。
ステルス機能でも付いているのか、この執事さんは?
とは言え、お代わり出来るのは嬉しい。いい時間つぶしにもなるし。
「ああ、お願いします」
俺はカップに残ったコーヒーを飲み干してから、執事さんに差し出した。
執事さんは恭しくカップを受け取り、コーヒーを注いでくれた。
いい香りだ。
コーヒーは失った理性を取り戻してくれるなんて、何かに書いてあったような?
「お嬢様はいかがしましょうか?」
「まだ、大丈夫です」
何と言うか、お嬢様か。
そうだ、芽依さんにはお嬢様という表現が、しっくりくる光景だ。
だとすると、俺はいったい何だ?お父さんではないよな?
というか、何で芽依さんは不機嫌なんだ?お嬢様って、子供っぽいと見られたということかな?でも、他に言いようはないだろう?確かメイド喫茶も、そう言って挨拶してくれたはずだし。
芽依さんは何かぶつぶつと呟いていたけど、何を言っているか分からなかった。
俺はお代わりしたコーヒーを、ぐいっと飲んで場を取り繕うことにした。
つくづく、コーヒーは便利だ。
「しろくまさんは、コーヒーが好きなんですね?」
「ああ、朝はやっぱりコーヒーだね」
「ふ~ん」
芽依さんも砂糖とミルクがたっぷり入れたコーヒーを、ちびりちびり飲んでいた。
それにしても、昨夜もそうだが女子の食事はなんで、こんなに遅いんだ?
ペースを合わせるのが、大変じゃないか。
そういやあ、いつものお昼も食べる速度が遅かったような。俺が気にしていなかったからか、その時は特に気付かなかったけど。
「お待たせしました」
食事を終えるタイミングで、フルーツの盛り合わせを持ってきてくれた。
頼んでないけど、セットなんだろう。
フルーツは色とりどりで、実に華やかだ。
食べやすくカットしてあるけど、それでも品があるのが不思議だ。
「美味しいです!」
芽依さんは幸せそうにしながら、盛りだくさんのフルーツを食べていた。
「ホントだね」
俺は芽依さんのその仕草が、食事に彩りを添えてくれていると感じた。
それだけで、胸がいっぱいになりそうだ。
俺と芽依さんは食事を終え、ついでにお代わりしたコーヒーを飲み、レストランを後にした。
いやあ、いい休日だった。
俺は思いっきり、伸びをした。
潮の香りを思いっきり吸い込み、俺は湘南を満喫しましたって、そんな感じだ。
芽依さんはどうだろうか?
まあ、来たかったのは彼女だから、満足しているだろう。
俺を散々、振り回したし。
「さあ、帰るか」
「何を言ってるんですか?」
ホント、何を言ってるんだろうねえ。




