第二十四話 しろくまさんと夜の富士山
美味しい。
その一言に尽きる。
ディナーは前菜っぽい奴から、サラダにスープに魚料理、そして肉料理と、彩り豊かで実に盛りだくさんだ。
考えて見たら、こんな食事は初めてだ。
しかも、こんな美少女と食事を共にするなんて、もう一生無いだろう。
無いよね?
「美味しいですね♪来て良かったです」
「ああ、そう」
「しろくまさん、私をここまで連れてきてくれて、ありがとうございます!」
ペコリと頭を下げる芽依さんは、どこかいたずらっ子のような感じがする。いや、いつもそうか。
子供っぽくて、とても可愛いけどさ。
あのさ、だいたい連れてくるも何も、さっきまで俺は何も知らなかったんだけど?
水族館まではいいとしても、温泉やレストランはさすがに教えてよ。
もしかして、わざと?
まあ、いい。後で、はっきりさせよう。
芽依さんと俺は、デザートも平らげた。
美味しそうに食べる芽依さんの姿を見ていたら、不思議と幸せな気持ちになる。
胸が、一杯になる。
もっと、食べて欲しいと思う。
ダメダメ、これも芽依さんの策略だ。
俺はそんな気持ちを吹き飛ばすように、ノンアルコールワインを一気に飲み干した。
「ふ~、美味しかった」
「ふふふ♪」
芽依さんが頬杖つきながら、俺を見ながら微笑んでいた。
こんな時の彼女の表情は、少女のそれではなく、すっかり大人の女性だった。
むしろ、俺が年下のような錯覚に囚われそうになった。
芽依さんのとろんとした目に、俺は吸い込まれそうだ。
いっそ、このままでもいいかって、そう思ってしまう。
いかん、いかん。術中にはまるな。
今夜はどうにかして、この場を乗り切らないと。
このままだと、雰囲気に呑まれてしまう。
普通、立場逆じゃないか?
何で男の俺が、警戒しないといけない?
「しろくまさん、またお風呂に行きましょう!」
「また、入るの?」
「はい!」
さて、どうしたものか?
というか、ここで風呂に入ったら、もう帰る電車が無くなるぞ。
そういえば、時間的猶予はどうなんだ?
まだ、間に合うのか?
「しろくまさん!入りましょうよ!」
腕を掴んでブンブン振り回す様は、まるで駄々っ子のようだった。
「私、夜景を見ながらお風呂に入るのって、夢だったんです!!!」
「いや、その」
「お願い!」
どうしても、断れなかった。
本当にダメなのは、俺なんだろう。
俺はもう少し、芽依さんと一緒に居たいと思っている。
もう少し、このままで居たいと思っている。
もう少しだけなら、芽依さんの我儘に付き合ってもいいと思っている。
それは俺の願いと、一致してしまっている。
「分かった、少しだけだよ」
「はい!やっぱり、しろくまさんは優しい!大好きです♪」
ああ、はいはい。
とは言え、夜景を見ながら入る温泉なんて、俺の人生にはもう無いだろうから。
このまま帰るのは、ちょっと惜しい気もする。
俺と芽依さんは、席を立った。すると執事さんが、優雅に頭を下げていたけど、サマになるなあと思う。
俺も思わず、軽く会釈をしてしまったけど、芽依さんは少女らしく、「ごちそ~さまでした」と明るくお礼をしていた。どういたしましてと、思わず言いそうになったけど。
会計しようとレジに向かおうとしたら、これもすでに料金に入っているそうだ。
伝票にサインをするだけでいいそうだけど、芽依さんがサインをしてくれた。
慣れた手つきでサインをする時の芽依さんは、やはり大人の女性に見えた。
そんな芽依さんを、俺はすっかり見惚れてしまっていた。
食事を終えた俺と芽依さんは、レストランを出てそのまま温浴ゾーンの更衣室に向かった。
「やれやれ」
新しい水着を貰い、着替えた。濡れていないのは、ありがたいと思う。
どうせ濡れるのだから、同じだろうけど不思議と嫌だと思う。
だから、乾いた水着は嬉しかった。
「ホント、至れり尽くせりだ」
タオルまで、新しいし。
俺は温浴ゾーンで、芽依さんが来るのを待った。
俺は手近な椅子に腰掛けて、あたりを見回した。
薄暗い館内は、本当にいい雰囲気だった。
「お待たせしました!」
芽依さんは、元気よく現れた。
すると、急に華やかな雰囲気になった。
芽依さんは、にっこりと笑顔だった。
さっきとは違う柄のワンピースの水着だったけど、それでも華やかさがあるから、彼女によく似合うなあと思う。
ダメ、じろじろ見るのは。女性には、失礼だろう。
「しろくまさん?」
「さて、どこに行く?」
見惚れていたことを誤魔化すように、俺はどこに行くのかを芽依さんに訊ねた。
「屋上です!」
「ふ~ん」
俺と芽依さんは、屋上に出た。
外は真っ暗だったけど、芽依さんが指差した方向には、夜でも分かるぐらいの大きな山があった。
富士山だった。
俺はその雄大な景色に、すっかり見惚れてしまった。
「まるで富士山に、夜の張が下りたようだ」
ふと、視線に気が付いた。
芽依さんが、俺を見上げていた。
「しろくまさん」
「え?なに?」
「素敵です!」
「何が?」
「まるで、ロマンチストみたいです!」
何それ?やめて?
俺には、この人中二病ですって、言われているような気がする。
「誰だって、そう見えるんじゃないかな?」
「私、ああおっきな山だなあって思いました!流石です!」
本当かい?
富士山が見えるこの場所に、しかも夜のこの時間に俺をわざわざ連れてきたのは、芽依さんだけど?事前に知っていなければ、分からないんじゃないかな?外は真っ暗だし。
考え過ぎかな?
すると、芽依さんは俺の腕を取り、肩にもたれ掛かってきた。
正直、咎めることも出来たけど、そんな雰囲気ではなかったし、俺もこの雰囲気に呑まれてしまったようだ。
というか、空気を読まないと。
屋上にいる人達は、皆静かに富士山を見ていたから。
真っ暗だけど、確かな存在感がある、霊峰富士に。
とは言え、俺たちには無限に時間がある訳ではない。
さすがに、ゆっくりしている訳にもいなかい。富士山も見たし、もういいだろう。
それに、これ以上深みに嵌まる前になんとかしないと。
「そろそろ、行かない?」
何だろう、芽依さんは俺の顔をじ~と見つめていた。
ちょっと、目が潤んでいるような。いや、気のせいだ。外は暗いし。
「芽依さん?」
今度は俯き、唇を噛んだようだ。
なんだろう?
「・・・・・・・はい」
やけに、もったいぶるなあ。
俺と芽依さんは、温浴施設に別れを告げ、帰宅の途につくことになった。
・・・・・・・・・・・・・そのはずだった。
はずなんだよ。




