第二十二話 しろくまさんとしらすコロッケバーガー
「お腹が空いてきたな」
そういえば、お昼まだだった。
お湯に浸かりながら、ふと思い出した。いや、考える余裕が無かった。
しかし、お風呂に入っていると言うより、浅い温水プールでパチャパチャ遊んでいる、そんな感覚だった。
屋上に在る露天風呂に入りながら、あの大きな富士山を見ていると、思わず歌を歌いたくなる。
いや、迷惑だからやめておこう。
せいぜい、鼻歌に留めよう。
というか、贅沢な空間だなあ。俺に相応しくないなあ。
「しろくまさん!じゃあ、お昼にしましょうよ!」
「うん、そうだね」
俺と芽依さんは、館内着に着替えてから、食事処に向かった。
正直、水着では目のやり場に困る。
というか、これ見よがしにアピールしてくるし、スキンシップが過剰になってきている。
困ったことに、悪い気がしないことだ。むしろ、何だか嬉しい。
人の温もりって、毒なんだ。しかも、中毒性がある。もしかしたら、依存性もあるかも。
とは言え、俺は分別ある大人だ。大人らしく、若者を指導しないといけない。
いいかい、乙女と言うのはだね、慎みをだなと言いたいけど、そこから何かコミュニケーションが成立しそうだから、やっぱり黙っておいた。
俺はヘタレではない、ただ学習しただけだ。
そう、思うことにした。
でも、やっぱり恥ずかしい。
俺と芽依さんは、食事が出来る場所を目指した。
「何にする?というか、ここには何があるのかな?」
俺がきょろきょろしていると、芽依さんがエスコートしてくれた。
何だか、場違い感がぬぐえないんだけどね。
どうも、人の視線が気になる。
自意識過剰か?いや、気のせいじゃない。
だって、俺の隣に居るのは、アイドル並みに可愛い美少女なんだから。
だから彼女は、どうしても人目を引く。
当然、その次に美少女の横にいる、この変なおっさんを見るだろう。
何だ、あいつって。
「ハンバーガーにしましょう♪」
二人が着ている館内着は、浴衣ではなく作務衣のようなものだったけど、芽依さんは可愛く着こなしている。アップにしている髪型が、よく似合うと思う。むしろ、どこか大人びている感じがして、普段はあまり意識しないうなじを見て、俺はすっかり動揺してしまった。
でも、彼女のペースはいつも通りだ。隙があれば、どんどん突っ込んでくる。
しかし、美少女は何を着ても、どんな髪型をしても絵になる。ホント、得だよなあ。
俺はと言うと、これから作業か何かですかと言う、そんな感じだった。
お掃除でもしようかな?
「江ノ島でハンバーグかあ」
「ハンバーガーです!」
こだわりがあるのね。
ちょっとすねるところも、可愛いと思うけどね。
「ああ、そう。任せるよ」
「はい!」
俺は徐々に、芽依さんに気を許してきているようだ。
違うか、無駄な抵抗をしなくなったという、ただそれだけだろう。
俺と芽依さんは、施設に隣接しているハンバーガーショップに入った。
お昼時だからか、店内はごった返していた。
「しろくまさん、何にしますか?」
「へえ~、変わったのがあるね」
「私、しらすコロッケバーガーがいいです!」
「じゃあ、俺は湘南バーガーだな」
俺と芽依さんはカウンターで注文し、空いていた席に腰掛けた。
やがて呼び出しベルが鳴り、俺はハンバーガーを取りに行った。芽依さんには、ここで待つように言っておいた。
「はい♪だんなさま♪」
今何か言ったような気がするけど、聞こえなかったことにしよう。
最近、幻聴が多いからなあ。
店内は賑やかだからね、聞き違いぐらいよくあるさ。
でも、にこにこしている芽依さんの顔を見ると、これは幻聴ではなく、幻覚に違いないような気がしてきた。
でも、店員さんが促してきたので、俺はすぐに現実世界に引き戻されたけど。
「はい、しらすバーガー」
飲み物も一緒に、芽依さんの方に向けると、芽依さんは俺の湘南バーガーを見ていた。
「食べる?」
「いいんですか!」
「まあ、一口ぐらいなら」
「しろくまさんって、やっぱり優しい」
すると、芽依さんはいわゆる、あ~んという顔をしてきた。
おい?
「君、何してる?」
「見て分かりませんか?」
「分かりませんね、俺はそういうのに慣れてないんでね」
「だったら、教えてあげます。友達同士は、こうやって食べ物をシェアするんです」
へえ~、知らないなあ。いつ、そんな文化が出来た?もしかして、女子あるある?
「そういうのは、同世代のお友達としなさい。ほら」
俺は湘南ハンバーガーを、芽依さんに渡そうとしたら、彼女はそのままパクっとかぶりついてきた。
お行儀が悪い。
でも、可愛い。
「むふむふ、おいひいれす♪」
口元を手で隠しながら、実に美味しそうに食べていた。
口にモノを入れたまま、しゃべるものじゃないですよと言いたいけど、何せ文化が違うからなあ。
これが、世代間ギャップという奴か?
いや、もはや人種が違うんだろう。
だって、時々言葉が通じないし。
「はい♪」
「あ?」
芽依さんは、しらすコロッケバーガーを差し出してきた。
「あ~ん」
俺は芽依さんからしらすコロッケバーガーを受け取ろうとすると、彼女は全力で拒否してきた。
「そんな態度では、あげませんよ」
いつ、俺がしらすコロッケバーガーを食わせろと言った?ねえ、いつ言った?
きっと彼女の頭の中に居る俺は、芽依さんに食べさせてとおねだりしているんだろう。
いつか、説教だな。
俺、何してる?
俺が困るだろう?
漫才にもなっていないや。
だから俺は諦めて、食べさせて貰うことにした。
「ああ、分かったよ」
いちいち逆らうのも、もう面倒だし。冷めるしね。
「ほら、あ~ん」
はい、ここにバカップルが居ますよ。通報しないでくださいね。写メ撮らないでね?
「うん!素直でよろしい」
芽依さんは俺の口に、しらすコロッケバーガーを押し込んだ。いや、押し込み過ぎだろう。
そうは言いつつも、俺はそのまま、しらすコロッケバーガーをかじった。結構、うまい。
そんな俺の顔を見た芽依さんは、はにかんだ笑顔を見せた。
俺はこの笑顔に、とことん弱くなったようだ。
芽依さんの笑った顔を見ると、俺も嬉しくなるからだ。
だから、何でも言うことを聞きたくなる。
ああ、これがもしかして、幸せというものだろうか?
ダメダメ、反省しろ。俺にそんな幸せになる資格は、最初から存在しないんだから。
でも、芽依さんは幸せになるべきだ。
彼女には、幸せになる権利があるはず。
その資格はあると思う。
そうでないと、もう救われないと思う。
後はふたりして、ハンバーガーをもぐもぐ食べた。
「意外に、お腹いっぱいになるね」
「ホントですね♪」
「ふわあああ。休憩所で少し、休もうか」
少し、眠くなってきた。休憩所ぐらい、どこかにあるだろう。
「しろくまさん、貸し切り部屋を用意していますよ」
「へえ、手回しいいね」
「えっへん!」
芽依さんは胸を張り、ドヤ顔をしたけど、その仕草も愛らしい思う。
いや、何もかもが、愛らしいのかもしれない。
「じゃあ、そこに行こう」
正直、人目を気にしなくていいなら、この際どこでもいいや。
「じゃあ、着替えて荷物も持ってきてください」
「何で?」
「別館にあるんですよ、貸し切り部屋は」
「ああ、そうなんだ」
まあ、なんだかんだ言っても、江ノ島は狭いからなあ。すべてを一か所に集約するのは、難しいんだろう。
「じゃ、また後で」
「はい♪」
俺はこの時、芽依さんが何を考え、もとい何を企んでいたのか知りもしなかった。
つくづく、情報弱者はダメなんだろう。
いや、コミュニケーション不足だろうか?
そんなことを考えさせられる、一日になった。
お腹が一杯になり、眠気に襲われたら、もう考える力なんて無かったけど。




