第二十一話 しろくまさんとバケーション
何で、こんなことになった?
俺と芽依さんは、どういう訳か仲良く一緒にお風呂に入っている。
どうして?
芽依さんは水族館のショップで、あわたんキーホルダーを二つ買った。
友達へのお土産だと思ったけど、ひとつを俺に渡してきた。
「ほら、お揃いです♪」
ああ、そうかい、そうかい。
そういうのはね、同級生とでもやっておくれ。
「いいよ、気を使わなくても」
「私、しろくまさんに気を使ったことなんて、一度もありませんよ?」
そうだったね。
訂正しよう。
少しは、気を使ったらどうだ?一応さ、俺の方が年上だし。知ってるよね?
でも芽依さんは、うきうきしていた。
だいたい、何だ、あわたんって?
「お返しするよ」
「本当ですか!」
何だ、その反応は?
「ああ、何か手ごろなのを」
芽依さんはさっそく、店内で物色をし始めた。俺の意見というか、お願いを無視して。
「しろくまさん!」
「はいはい」
「これがいいです!」
「指環?」
「はい!」
「ふ~ん、こんなのがいいんだ。いいよ」
「やったあ!!!」
俺はその指輪をレジで会計し、芽依さんに手渡した。
「着けてください!」
ああ、そういうことね」
「はいはい」
俺は袋から指環を出し、芽依さんの指に着けようとして、ちょっと戸惑った。
「あの~、芽依さん?」
「はい!」
「何で、一本だけ突き出しているのかな?」
「この指に、はめてください!」
薬指をこれ見よがしに突き出しているけど、ちょっと変じゃない?
「しろくまさん!早く!」
「ええっと」
芽依さんは薬指をぐいぐい突き出してきたので、俺は仕方がなくその指に指輪をはめることにした。
というか、人目が気になったので。
「んんんんん~!!!」
芽依さんが感極まったというか、ぷるぷる震えていた。
一体、何が始まる?
「芽依さん?」
「いやったあ!!!!!!!!!!」
「ちょ、ちょっと、芽依さん?」
「これで、婚約成立です!」
はあ?君、何を言っている?だいたい、土産物店の指環で、何をほざいているかな?
「芽依さん、あのさ?」
「しろくまさん!私、一生尽くします!」
尽くす前にさ、人の話を聞こうよ?言えないけど。
「しろくまさんに後悔させません!」
いや、すでに後悔しているけどね。
「ほら、次に行きますよ!」
「ああ、もう好きにして」
しまった!迂闊だった。
「本当ですね?」
「いや、今のは言葉の綾というかね」
「大丈夫ですよ、食べたりしませんから」
いや、そのにやりと笑う顔を見ると、信じることが出来ないんだけど。
まあ、いい。これ以上、ひどいことにはならないだろう。
この時の俺は、心底そう信じていた。
はずはなく、もうどうでもいいやと少し投げやりになっていた。
ふたりでてくてく歩きながら橋を渡り、目的地の江ノ島に到着した。
さて、話に聞くエスカーで頂上へ向かうのかと思いきや、彼女は江ノ島の入口にある瀟洒な建物に入っていこうとした。
なんだ、ここは?
「しろくまさん!早く、早く!」
「ああ、今行くよ」
そこは、江ノ島アイランドスパという施設らしい。
スパ?
縁がないなあ。
「ほら!」
俺が逡巡していると、しびれを切らした芽依さんが俺の背中をずんずんと押し、無理矢理館内に入ることになった。
こういう場所こそ、同級生と行けよと思う。
だいたい、スパねえ。俺にどうしろって、言うんだ?
もう、どうでもいいや。
ここを早く消化して、とっとと帰ろう。
その時の俺は、本当に気楽だった。だって、まだ今日中に家に帰るって、本気で思っていたし。いや、今日帰れなくなるなんて、考えもしなかった。
館内はごった返しているほどではないけど、そこそこ混んでいた。
いずれも、カップルばかりだ。
バカップルめ!いや、俺たちもそうなるのか?
いやいや、少なくとも俺たちは親子に見えるだろう。
きっと、そうだ、そうに違いない。
「しろくまさん、私、入館の手続してきますね」
「ああ、俺も行くよ」
「大丈夫ですよ、ちょっと待っててください」
「ああ、お金、お金」
「後でいいです!」
芽依さんはすたすたと、カウンターに向かった。
「やれやれ」
暇を持て余した俺は、館内の案内図を見ていた。
「もしかして、ここは日帰り入浴施設か?」
嫌な予感がするけど、ここが日帰り入浴施設なら、俺は一人でゆったりお湯に浸かれるだろう。
それはそれで、贅沢な時間を過ごせそうだ。
これはいい!温泉サイコー!おひとり様万歳!
男女混浴禁止万歳!
「しろくまさん!お待たせ!」
「ああ、ありがとさん」
「はい、これ」
「うん?」
「タオルと水着です」
「え?なに?」
「タオルと水着です」
「何で?泳ぐの?」
お風呂では泳いではいけませんって、芽依さんは習わなかった?
そういやあ、お風呂で泳いではいけないって、俺はいつ習ったんだ?
「混浴ゾーンに入るには、水着着用が必要だからです」
「ああ、そう。混浴ねえ」
聞いてない。いや、そもそもここに来るまで、俺には何も情報が与えられなかったけど。
残念だ。ひとりでゆったりした時間を、過ごすはずだったのに。
「あ、しろくまさん、少しえっちな顔をした」
「え?本当?」
「嘘です!さあ、着替えてきてください。ここって、富士山も見えるんですよ」
「ああ、分かったよ」
一体、いま何が起きている?
何で水着なんだ?
というか、混浴ってなんだ?
俺は、何をしている?
脱衣所と言うべきか、更衣室と言うべきか、俺は芽依さんに渡された水着に着替えた。
正直、恥ずかしい。お腹出てるし。
「俺は、何をしている?」
最近、独り言が増えたなあと思いながらも、それも仕方がないと思う。
だいたい、俺は何を間違えたんだ?
女子高生ときゃっきゃっうふふで混浴なんて、とてもではないが出来ない。
「諦めるか」
俺は何かを悟ったように、混浴ゾーンに向かった。
混浴ゾーンは意外に広く、泳げそうな気もするけど、皆ぷかぷかお湯に浸かっている。
どうも、不思議な雰囲気だ。
水着を着てお風呂なんて、違和感しかない。
「よく、こんなのに入れるなあ」
そんなことを考えていたら、後ろからタックルされた。
芽依さんだった。
「おまたせ!」
セパレートの水着を可憐に着る女子高生は、それだけで絵になる。
とっても、キュートだと思う。
「ねえねえ、しろくまさん!感想は?」
「うん、まあまあだね」
嘘です、本当はよく似合っています。言わないけどね。
「ぷ~、それだけ~?」
「はい、それだけです」
「しろくまさんのいじわる~」
「はい、俺はいじわるです」
「でもでも、とっても優しいんですよね。私に婚約指輪をくれたし。私、可愛いお嫁さんになるのが夢だったんです!」
何と答えればいいのやら。
どう答えても、俺が不利になることは確定のようだし。
というか、くっつきすぎでは?
「芽依さん、少し離れて」
「どうして?」
そのきょとんとした目で、俺を見るな、胸を押し付けるな。動揺するだろう。
「ここは公共の場です。節度ある行動で、かつ慎み深くお願いします」
「しろくまさん、教頭先生みたい」
教頭先生にエールを贈ろうかな?というか、教頭先生の指導がなってないから、この娘はこんな風になったんじゃないのか?
学校にクレームを付けようか?いや、これは自爆行為か、自殺行為か。
どっちにしろ、アウトだ。
「しろくまさん!入りましょうよ」
「ああ、はいはい」
世間の人達は、俺たちをどう見ているんだろうか?
どう見えているんだろうか?
もう、どうでもいいか。
ああ、やっぱりお風呂は温かいなあ。




