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第二十話  しろくまさんと水族館

 俺は江ノ島に来ている。


 もちろん、ひとりではない。


 麗しき美少女と一緒に、この江ノ島に来ている。


 どうしてだろう?


 何で、俺はこんなところに来ているんだ?



「しろくまさん!」

「はい、何ですか?」

「今度のお休みですけど」

「ああ、水族館ね。了解」

「それで、待ち合わせですけど」

「駅でいいよね?10時でいい?」

「8時にしましょう」

「やけに早くない?」

「早くないです!」

「ああ、そう」

 せっかくの休日に、朝早く何をさせる気なんだ?

 まあいい。

 どうせ、お魚見て、イルカショーを見て終わりだ。


 その時の俺は、漠然とそう思っていた。


 何も考えないって、やっぱり愚かな事なんだと思う。


 それがまさか、あんなことになるなんて。


 でも、俺に何が出来た?


 思考停止は良くないって思うけど、じゃあどうしろって言うんだ?


 だって、たかが水族館だぜ?


 変に勘繰る方が、どうかしていないか?


「しろくまさん!あの真っ白なジャケットで来てくださいね!約束ですよ!」

「え?ちょ、ちょっと?」

 まさか、あれを着る日が、こんなに早く訪れるとは。



 逃げたい。



 そして当日、駅前のいわゆるおっきな木の下に、すでに芽依さんが来て居た。

 今回はゆったりとした水色のワンピースに、それに合わせるような麦わら帽子が、実によく似合っていた。

 というか、いつも早くないか?

「ああ、ゴメン。待たせたね」

「いいえ、大丈夫ですよ♪」

 すると、芽依さんは早速、俺の腕を取ってきた。

 まだ、朝の8時ですけどね。

 面倒なので、彼女の好きにさせた。

 それがもっとも、合理的だと分かったからだ。


 まあ、一番疲れないやり方なんだろうけどね。


「さて、どこの水族館かな?」

 水族館と言っても、色々とある。

 池袋か品川か、果ては押上か。

 池袋が無難だなあ。品川や押上と比べたら、いくらか空いていそうだし。

 俺が思案していたら、芽依さんが元気よく手を挙げた。小学生みたいに。

「私に任せてください!」

 ああ、嫌な予感しかしない。

 でも、俺に拒否権は無いだろう。


 でもさ、少しは相談しようよと、後になって思う。




「ねえ、せめて目的地を教えてくれるかな?」

 やけに電車を乗り継ぐし、向かう方向は都心ではなく、むしろ郊外、しかも海に向かっている。

「な・い・しょ・です!」

 人差し指を唇に当て、いたずらっぽく微笑みながら俺を見つめる芽依さんを見たら、なんとなくだけど、そう、なんとなくだけど、本当になんとなくだけど、酷い一日になりそうだとそんな予感がしてきた。

 日帰りで行ける場所にしてくれると、助かるんだけどなあ。


 電車を乗り継いでいくと、だいたいだが、向かっている方向が分かってきた。

 どうも、湘南に向かっているようだ。


 まさか、本当に海か?


 海水浴と言うにはちょっと遅い気がするけど、バカップルのように海辺をうふふ、きゃっきゃっやる気か?

 勘弁してよ。


 ああ、それで真っ白なジャケットを着て来いって、言ってきたわけか。

 言っとくけど、俺には似合わないと思うけど?

 まあ、笑いは取れそうだけどさ。


「もしかして、八景島に向かっている?」

「八景島ですか?違います」

 あれ、地雷を踏んだか。

 何だか、ちょっと機嫌が悪くなった。

「違うの?」

「違います」

「ああ、そう」

 それっきり、彼女は押し黙った。

 なんだろう?八景島に、何か嫌なことでもあったのかな?


 だけど、これを何かの突破口に出来ないだろうか?

 こんな表情の芽依さんは、初めてだから。

 いや、そもそも無理か。

 芽依さんのプライベートにこれ以上突っ込むと、きっと碌なことにはならないはずだから。


 すでに手遅れかな。


 電車を乗り継ぎ、着いた先は江ノ島の玄関口である片瀬江ノ島駅だった。


 なんというか、駅舎が変わっている。

 竜宮城を模しているのかな?

 駅舎に見惚れていると、芽依さんが俺を促してきた。

「しろくまさん!行きますよ!」

「ああ、はいはい」

 俺と芽依さんは二人仲良くお手てを繋いで、江ノ島水族館に向かうのだった。

 正確に言うと、俺は連行されているのだ。仲良くではない。


「やれやれ」

「しろくまさん?」

「なんでもないよ」

「ふ~ん」

 

 駅からそれなりの距離を歩き、ふたりは無事、江ノ島水族館に到着した。

「へ~、新江ノ島水族館って言うんだ。なら、旧江ノ島水族館があるのかな?」

「移転したんですよ、ここに」

「へ~、物知りだね」

「へへへ」

 はにかんだ芽依さんは、やっぱり華やかだ。

 俺はと言うと、水族館のはす向かいにあるファミレスでお茶を飲みたい、本をゆっくり読みたいと思った。

 だって、どう考えても場違いだと思う。

 芽依さんは、よく似合いそうだけど。

 まあ、俺は典型的な、おのぼりさんだろうけどさ。真っ白なジャケットなんてさ、もう典型的なKYにしか見えないだろう。

 しかし芽依さんは、この湘南にもよく映えると思う。


 海辺に水色のワンピースを着た、見た目は可憐な美少女。

 やっぱり、絵になるなあ。

「しろくまさん?」

「ああ、なんでもないよ」

「ふ~ん、あ、私チケットを買ってきます!」

「ああ、お金を出すよ」

「後でもらいます」

 芽依さんは、俺を置いてさっさとチケット売り場に向かったけど、ひとり取り残された俺は、何だかそれだけで不審者だろう。

 時々、俺をちらっと見るカップルが居る。

 何だ、このおっさんは?と。

 自意識過剰ではなく、これが空気なんだ。


 おっさん、空気読めよと。


 はあ~、帰りたい。それが無理なら、せめて、ファミレスで時間を潰したい。


「はあ~、俺は何しに来たんだか」

「しろくまさん?」

 俯いていたら、目の前に俺の顔を覗き込む芽依さんの顔があった。

「うわ!」

「む~、ひっど~い!」

「え?」

「乙女の顔に驚くなんて、私、傷つきました!」

「ああ、でも急にだね」

「せきにんとってください!」

「ああ、分かったよ」

 どうせ、昼もここだろう。何か食事でも奢ろう。


「ほら、行きますよ!」

 芽依さんは俺を引っ張りながら、ずいずいと水族館の入口に向かった。

 どうしてだろうか、手を握り合っているというより、捕まった感があるのが、

「ようこそ!いらっしゃいませ♪」

 入口のいわゆるもぎりさんにチケットを渡したら、手の甲に何か判を押された。

「再入館される際に、必要になりますので♪」

「はあ」

 しかし、その判の跡には何も映っていない。俺のようなおっさんでは、判のノリが悪いのかな?

「不思議ですね、何も映っていないなんて」

 芽依さんも、手の甲をまじまじと見ていた。

 どうも、そういうものらしい。

 それがどういうモノか、再入館するときに分かるだろう。


 再入館するの?


 でも、芽依さんの爪、キレイだったなあ。


 おおっと、いかん、いかん。これでは、セクハラになる。


「ああ!しろくまさん!!すごいです!!!」

 エントランスから館内に入って、最初に目に飛び込んできたのが、大水槽だった。

 これはすごい。

「キレイ、可愛い♪」

 食い入るように水槽の中の魚を見る芽依さんも、とっても可愛いと思うけどね。頭を撫でたくなるぐらいに。いや、撫でませんけどね。どうせ芽依さんの方から、撫でろって要求してくるだろうし。


 俺は芽依さんが飽きるまで、その場で水槽と芽依さんを見ていた。

 大きな魚に小さな魚。色とりどりの魚は、やはり見ごたえがある。


「しろくまさん!次に行きましょう!」

「そうだね」

 俺と芽依さんは、次の水槽を目指した。

 すると、水中で何かショーをやっているみたいだけど、すでに終わっていたみたいだ。

「何だろう?」

「ダイバーが水中で、お魚と遊ぶみたいですよ」

「へえ~、それはすごい」

 俺たちは、館内をぐるっと回った。

 クラゲの展示スペースは、まるでオブジェというか、何か不思議な空間がそこにあった。

 見ている人は思い思いに撮影していて、芽依さんも撮影に余念が無かった。

「へえ~、撮影許可のあるスペースがあるんだね」

「しろくまさん!ほら!」

 俺は芽依さんに首根っこを掴まれ、グイッと引き寄せられた。

「はい、チーズ♪」

 いきなり、撮影された。

 いわゆる、ツーショットという奴だ。

「ちょっと、いきなりはダメだよ」

「じゃあ、いいですか、撮っても」

「ダメです」

「ほら、やっぱり」

 クスクス笑う芽依さんは、本当に華やかだった。写真映りもいいはずだけど、俺はダメだろう。きっと、心霊写真に写る何かと思うだろう。

 そうは思ってても、来てよかったと迂闊にも思ってしまった。

 すると。

「これより、イルカショーを開催します。ご見学の方は・・・」

 場内アナウンスだった。

「しろくまさん!イルカショー見に行きましょうよ」

「そうだね」

 俺と芽依さんは、イルカショーを見に行くことにした。

 かく言う俺は、イルカショーどころか、実は水族館も来たことが無かった。

 面倒だと思ったけど、実は内心では楽しみでもあった。


 これは結構、楽しいかも。


 イルカショーが行われるだろうプールをぐるっと囲むように席があり、前の方は水除けを渡されているようだ。

「つまり、砂被りならぬ水被りか」

「前に行きましょうよ」

「前は満席だよ。ここにしよう」

「ええええ~」

 探せば席の一つはありそうだけど、びしょ濡れは勘弁してほしい。ポケットには先日買った、ラノベが入っていたから。


 そんな訳で、俺と芽依さんは大人しくショーが始まるのを待つことにした。

 気が付くと、席はすべて埋まっており、館内にどれだけの人が居たんだろうと思った。

 芽依さんはと言うと、すでに集中モードに入っていた。

「うん、静かでいい」

「しろくまさん?」

「何でもないよ」

「ふ~ん」

 地獄耳かよ。気を付けないと、何をされるか分からん。イルカと一緒に泳いでくださいって言われたら、さすがに嫌だなあ。


 そんなこと、言わないよね?


 そうこうしているうちに、イルカショーが始まった。

 いわゆる、ショーのお姉さんが登場し、イルカについて説明していた。

 特に最前列の人には、いたずら好きのイルカが、水が掛けてくるので気を付けてくださいと説明していたけど、は~いとの返事に、ああ、常連さんなのねと俺は思った。

 やがてショーが始まり、イルカが紹介されたけど、どうやって見分けているんだろう?

 俺には、どれも同じにしか見えない。

「カワイイ、カワイイですよね、しろくまさん」

「うん、そうだね」

 目をキラキラさせている芽依さんの方が、よっぽど可愛いと思うけどね。

 前の方の席に居る子供たちは、きゃいきゃい騒いでいたけど。


 予想通り、イルカは最前列に向かってビシャッと水を掛けたけど、水除けはしっかりしていることもなく、びしょびしょになって笑っている観客も居た。


 きっと、これもまた、思い出と言う奴なんだろう。

 一緒にびしょ濡れに、なってあげれば良かったのかな。

 芽依さんに、悪いことをしたかな。

 でも、こういった思い出は、同年代の子か、家族で作るものだろう。

 その時に、皆で一緒にびしょ濡れになればいいと思う。


 そんなイルカショーは大変盛り上がり、というかショーのお姉さんのMCも秀逸で、観客を楽しませてくれた。


 こうして、ショーは終わった。


「さあ、帰ろうか?」

「何を言っているんですか?」

「ショーも終わったし、もう帰るんじゃないの?」

「これからが、本番です!」


 何が始まる? 


 嫌な予感しかしないなあ。

 


 あ!そう言えば、メシがまだだった。

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