第十九話 しろくまさんと指切り
俺と芽依さんは、いつものようにいつもの公園で、いつもの如くお昼を一緒に過ごしている。
芽依さんは相変わらず、俺の隣に腰掛けている上に、身体をぴったりとくっつけている。
一見すると、とても仲良しに見えると思うし、事実いつも並んでお昼の時間を過ごしている。
いや、別に仲がいい訳ではありませんけどね。悪くはないだけだと、そういう感じです。
それに時々、人の目も気になりますし。
でも、それももう慣れました。
嘘です。
俺みたいなおっさんが、こんな状況に慣れるはずないじゃないか。
しかし、相変わらず芽依さんは平然としていて、俺と一緒に居ることを不自然に思っていないようだ。
まるで、これが自然であり、まったくもって普通であると。
むしろ、当たり前であると。
ちょっと、ムッとする。人の気も知らないで。
だから、俺は抵抗を試みることにした。
ある日のこと、俺はベンチの端っこに座り、空いているその横に弁当やら飲み物やら本やらを置いて、芽依さんが座れないようにしたことがある。
「しろくまさん!これじゃ、私!・・・・・座れません!」
「空いているところに、座ればいいでしょう?ほら、座る場所ならいくらでも空いているじゃないか」
俺は、空いている他のベンチを指差した。
ちょっと、勝ち誇ったように。
意外に、気分いいかも。
「む~」
芽依さんが、不機嫌になったのは一瞬だった。
そう、芽依さんは分かりやすいぐらいに、にやりと笑ったのだ。
その瞬間、俺の背筋に何か冷たいモノが走った、ような気もしないでもないかもしれない。なんだそりゃ?
どっちなんだか、自分でもよく分からん。
でも間違いないのは、こういう表情を見せる時の芽依さんは、何か良からぬことを思いついたに違いない。
何か、仕掛けてくるはず。
俺は身構えた。
しかし、無駄だった。
そう、愚かなのは俺だった。
俺が芽依さんに勝てるなんて、何でそんな馬鹿な自分の判断を信じたんだろうか。
俺は、後悔した。
芽依さんは急に声をあげながら、あらぬ方向に指を差した。
「あ!所長さん!」
俺はパニックになった。
「え?所長?」
俺は芽依さんにうっかり乗せられてしまい、芽依さんが指差す方向に注意を向けてしまった。
しかも俺の頭の中は、所長に対する言い訳で、いっぱいいっぱいになってしまった。
芽依さんに、隙を見せてしまった。
こんな時に。
「えい!!!」
「は、はい?」
芽依さんは何と、俺の膝の上に座ったのだ。
「め、芽依さん?」
至近距離に芽依さんの横顔があり、キレイな黒髪から漂う何とも言えないフルーティな匂いに包まれ、俺は一瞬茫然自失してしまった。
というか、何が起きたのか理解するのに、若干の時間が掛かった。
「う、嘘を吐いたね?」
「えぇ~?何のことですかあ~?」
「さっき、君は所長さんって、そう言ったよね?」
というか、お尻をぐりぐりすんな。結構、痛いぞ?
「ええ?わ・た・し、そんなこといいましたぁ~?」
「言った、間違いなく言った」
「しろくまさんのえっちぃ~」
「は?何を言っている?俺が何で、エッチなんだ?」
「だってぇ、初潮がいつかなんて、女の子にそんなことを聞くんだもん。私、恥ずかしい!」
芽依さんは恥ずかしそうに顔を覆い、更にお尻をぐりぐり動かした。
俺は、当惑した。
「え?所長が何時かって……………………………………、俺はそんなこと聞いてない!」
「う~ん、座りにくいですね」
そんな俺の叫びを無視しつつ、芽依さんは座り直そうと俺の膝の上に乗せたお尻をもじもじさせていた。
俺はちょっと、ドギマギしてしまった。
芽依さんの温もりというより、人の温もりにはトンと縁が無かったからだ。
「座りにくいんだったら、早くどきなさい」
「だって、しろくまさんが悪いんですよ?」
「なんで?」
「しろくまさんが私の座る場所を奪ったから、仕方なくこうして座りにくい、しろくまさんのおひざの上に座っているんですよ?反省してください」
「ああ、分かったから、分かったから。反省するから。お願いだから、もう、どいて」
芽依さんは俺を無視して、お弁当を食べ始めた。
「お、俺が悪かった。俺が悪かったから、は、早くどういてくれ。謝るから」
「もう二度と、私にいじわるをしないって、約束してくれますか?」
「します、します。もう二度と、いじわるしません」
すると、芽依さんが小指を差し出してきた。
「え?」
「指切りです」
「ああ、はい」
俺は芽依さんの言うがまま、指切りをすることにした。
芽依さんの小指は細く、どこかふんわりとしていたけど、意外に力は強かった。
指をギュッと、絡めてきたからだ。
「ね、ねえ?もう、いいでしょう?」
「これは罰です。私がお弁当を食べ終るまで、我慢してください」
「あの、足が痛いんだけど?」
「それって、私が重いって言うんですか?女の子にそんな酷いことを!私、傷つきます!」
「そういうんじゃないんだよ。分かったから、本当に分かったから、勘弁してくれないか?」
芽依さんは俺の目を、じ~と見つめる。
というか、芽依さんと距離が近すぎて、俺には焦点が合わない。50歳を越えたあたりから、老眼が進んだからなあ。
「ふふ。しろくまさんって、可愛い♪」
芽依さんは俺の膝の上から離れ、空いているところに腰掛けた。
「今日は、これで許します!」
とまあ、こんなこともありました。
そして、今日。
「はい、あ~ん」
「ダイエット中です」
「ええ?じゃあ、トマトあげます」
プチトマトみたいだ。
自分では、絶対に買わない野菜だ。
そう言えば、トマトって野菜だったっけ?
「トマトは肌にいいから、自分で食べなさい」
「あ~、しろくまさんのえっち~♪」
ああ、もうどうにでもしてくれ。
「はいはい、俺はエッチです」
「しろくまさんが、そんなに私の身体に興味があったなんて、ちょっと恥ずかしいです」
「興味ありませんし、そもそもいつも見せつけているのは芽依さんの方です」
今日の下着はピンクですとか、白ですとか言っているのは、君だけどね。
最近は、ああ、はいはいと受け流しているけど。
「芽依」
「はい?」
「芽依って、呼んでくれないんですか?」
「ああ、そうだったね」
冗談じゃない。
無視しよう。
「しろくまさん?」
俺は聞こえないふりをしながら弁当をせっせと食べ、お茶で流し込む。効率よく。
ごはんは飲み物っと。
「しろくまさん!!!」
耳元で叫ばれた。
でもなんとなく、芽依さんがやりそうだったので、すでに身構えていたけど。
慣れって、怖いなあ。
「はしたないですよ?大声を出して」
「だって、しろくまさんが私に冷たいんですもの」
「冷たくありません、普通です」
「私、フツー嫌いです」
「おや?私は好きですよ、普通は」
「嘘です」
「嘘ではありません」
「だって、しろくまさんあんなに難しいご本を読んでいたじゃないですか?あれって、普通じゃないですよね?」
「いいえ、普通です」
何で、分かるんだ?ああ、書名で内容を調べたか。
でも芽依さんの追及は、収まるところを知らない。
「本当ですか?」
「はい、本当です」
知らんけど。
「む~、最近のしろくまさん、私に冷たい、冷たい!冷た~い!」
なんとなくだけど、扱い方に慣れてきたのかなあ。
お互い慣れてきたんだから、そろそろ俺に飽きてくれないかな?
「同じ年頃の子と遊びなさい。私とは、価値観が違うから」
「どう、違うんですか?」
「さてね」
ここで話に乗ると、また主導権を取られる。だから、煙に巻く。
「誤魔化さないでください」
「誤魔化していません。俺には君たちのことが分からないように、君たちだって俺たちのことが分からないでしょう?」
「だったら、教えてください!」
「教えようがありません」
「やってみないと、わからないじゃないですか!」
「やる前から、分かることもあります」
「む~」
いいぞ、いいぞ。この調子だ。さあ、オヤジ臭を全開にして、この娘が俺から離れるように誘導しよう。
それで、俺の平穏な日常を取り戻す。
もう、人の目を気にしないで済むし、あんな恥ずかしい服を着ないで済む。
「お勉強しなさい。お友達を作りなさい」
「はい、分かりました」
おや?やけに殊勝な態度だな?よしよし。
しかし、俺が甘かった。
芽依さんが、こんな殊勝な女性ではなかった。
「しろくまさん、私にお勉強を教えてください」
「はい?」
「お友達にもなります!」
「ええっと?きゃ、却下」
「さっき、しろくまさんが私に、そうしろって言いましたよ?」
「いやね、俺のようなおじさんではなくね、もっと年の近い子とだね」
「それって、年齢差別です!!!」
「え?」
「私、差別嫌いです!」
「はあ?」
「だから私は、しろくまさんとお友達になります!!!」
「いや、あのね?」
「ほんのちょっと年上のお友達が居ても、全然問題ないはずです!!!」
ほんのちょっとって、そんなレベルじゃないけど?
「だからね」
「人生のお勉強だってもっとしたいですし、それだって年上の人にしかお話を聞けません!!!」
「だから、ね、俺の話を聞いてくれないかな?」
「はい!これからは、しろくまさんともっと、も~~~~~~~っと、よくお話しをします!!!!!!!」
頼むから、俺の話を聞いて?
ああ、これはダメなパターンだ。
どうしても、芽依さんに勝てない。
俺が読んだ哲学書には、女子高生に言い負かされない方法が書いてなかった。
全然、話しが噛み合わない。
女子高生に言い負かされない100の方法って本を、今度書店で探そう。
ああ、でもあの店員に、睨まれそうだけど。




