第十八話 しろくまさんとクレープ
「私、疲れました。しろくまさん!私の為に、クレープ買ってきてください!」
「え?」
「え?ではありません。買ってきてくれたら、しろくまさんを許します!私、寛大な女の子です!」
かんだいって、どういう漢字を当てればいいのかな?少なくとも、一般的な意味で使う、寛大ではないはずだ。聞き返したいところだけど、やめておこう。
そうだよ、そんな面倒な事を考えてどうする気だ。さっさと用事を済ませることが、一番合理的なんだよ。
ねえ、そうでしょう?
そうだよね?
そうだと言って。
くじけそうだから。
「ええっと、では何がいいかな?」
「しろくまさんが、疲れ切った最愛の女性に元気になって欲しい、是非、食べて欲しいって思う、そんなクレープです!」
何だ、そりゃ?難易度高過ぎじゃないか?
いや、そもそも誰が疲れ切ったって?誰が最愛の女性だって?
疲れているのは、俺の方だ。
年だし。
君は、敬老精神が無いのか?
俺はまだ、高齢者ではないけど。
「真面目に、お願いしているのかな?」
「私、いつでもどこでも、どんな時でも大真面目です!」
「ああ、そうだったね」
大真面目に遊んでいるんだったね。
それも、全力で。
おじさんはさあ、本当に疲れたんだよ。君らのパワーに、ついていけないんだよ。
俺は首をフリフリしながら、女子が集まっているクレープ屋に向かった。
すると、そこは整然と並んでいる訳でもなく、それでいて何となく秩序がある。
どこが行列の最後尾か、俺にはよく分からなかった。
「すみません」
俺に声を掛けられて、びっくりした様子の女子だった。何となく、こわばった表情だった。
上から下まで、観察された。
きっと、俺がそれをやったら、セクハラなんだろうなあ。
それにしても、その態度は傷つくなあ。まあ、これが普通か。
「な、なんでしょう?」
それぐらいで、警戒しないでよ。
「行列の最後尾って、ここですか?」
「違います」
そう言い放つと、女子はスタスタとこの場を立ち去ってしまった。
ええ?
「まずいな、営業妨害になっている」
俺はしばらく、客の流れを観察することにした。観察していたら何となくだけど、法則めいたモノが見えてきた。これなら、いけそうだ。
と俺が動き出す前に、しびれを切らしたのだろうか、いつの間にか芽依さんが俺の側にやってきた。
「しろくまさん!」
「ああ、はい」
「酷いです!」
「何が?」
「私ってモノがありながら、他の女の子をナンパするなんて!」
ああ、そうだったね。そういうお遊びだったね。
でもさ、こういった場所のローカルルールがよく分からないんだよ。
俺、スタバみたいなところって、本当に苦手なんだよ。
「悪かったよ」
正直、いちいち反論するのも、面倒だ。
日本人はすぐ謝るっていうけど、これが一番の処世なんだと思う。
だって、いちいちやり取りするのって、面倒じゃん。
本当のところ、何もかも面倒だし。
だいたい、俺はなんで、こんな場所にいる?
俺は誰?ああ、芽依さんのしろくまだったか。
ここに居るのは、城田国彦ではないのか。
「正直だから、許します!」
「そりゃどうも」
芽依さんは俺にはよく分からない列に並び、クレープをひとつ買ってきた。
「はい!あ~ん」
小さなスプーンで、そのよく分からない盛りだくさんのクレープを掬って、俺に差し出してきた。
「要りません。ダイエット中です」
「えええええ?せっかく、妻が一生懸命しろくまさんの為に、頑張って買ってきたんですよ?一口ぐらい、いいじゃないですか?」
君自身の為じゃないのかな?
「とにかく、君一人で食べなさい」
「芽依」
「ああ、そうだったね。芽依」
面倒なので、言われた名前を敬称無しでそう呼んだら、何故か彼女は俯いていた。
「しろくまさん」
「はい?」
「卑怯です!」
「ええっと、何が?」
「そんな、急に愛する俺の芽依なんて」
スマンけど、俺がいつそんなことを言った?妄想?幻聴?
そうか、きっと脳内変換に違いない。
ちゃんと、アップデートしてる?
言語変換エラーが起きているよ?
たまにはさ、クリーンアップした方がいいと思うよ。
「嬉しいです」
「付く、付くよ!」
芽依さんはクレープを手に持ったまま、俺に抱き着いてきた。
「しろくまさん!好きです!」
「ああ、もういいからクレープ食べなさい」
「は~い」
意外に素直に、身体を離してくれた。
芽依さんはニコニコしながら、クレープと言う名前の物体を食べていた。
それを眺めている俺は、何をしにここに居るんだ?
ああ、そうだ。
芽依さんのおもちゃになる為だった。
「は~、いい年して何をやっているのやら」
「しろくまさん!」
「はいはい」
「だいすきで~す!」
「はい、俺も大好きです」
・・・・・・・・・・・しまった。
つい、何も考えずに反射的に返事をしてしまった。
「め、芽依さん?あのね、今のは冗談だからね、ね?聞いてる?」
「ありがとうございます!!!やっと、正直になってくれたんですね!!!」
ええっと、ねえ、どうしたらいい?正直って言葉を、ああ、もうどうでもいいか。
きっと、最新版の辞書に、そう書いてあるんだろう。
女子高生御用達の奴に。
「嬉しいです。やっと、やっと思いが通じ合うなんて。私の努力が、気持ちがしろくまさんに届いた!!!」
思いではなく、重いの間違いだろうね、きっと。
届くと押し付けるを、混同しないでねは、言わないでおこう。
はあ~。もう、どうでもいいです。
だからね、通行人の皆様、お願いだから俺をじろじろ見ないで。
警察に通報しないでくださいね。
最近、ため息吐くことが多いなあ。
クレープを食べ終わった芽依さんは、再びあのファストファッションの店に戻ることにしたようだ。
「ほら、行きますよ!」
芽依さんが俺に手を差し伸べてきたけど、俺はよいしょっと、一人で立ち上がった。
「む~、しろくまさんのいじっぱり!」
「はい、大人は意地っ張りなモノです」
「しろくまさん」
「はい?」
「行きますよ!ぷんぷん!」
ずんずん歩き出す芽依さんの後姿は、どう見ても子供だった。
そうだ、子供だと思えばいいんだ。
・・・・・・・・・。
余計、まずいんじゃないのか?
「う~ん」
「ねえ」
「ん、ん~」
「もう、いいんじゃない?」
「静かに!」
「ああ、はい」
ファストファッションの店に戻った俺と芽依さんは、俺の肩に次々に服を当ててきた。
どれもこれも俺には似合わないけど、何で白っぽいのばかり選ぶんだ?
「う~ん、難しいなあ」
「諦めよう」
「諦めたら、そこで試合終了です!」
それ、どこかで聞いたことがあるけど、ちょっと使い方を間違ってない?
ああ、そう、聞いてませんよね。
気が付いたら、俺たちは3時間も店内に居た。
女子の買い物は長いとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。
正直、女子高生の体力を甘く見ていた。
俺が先に、音を上げた。
情けないなあ。
「そろそろ、休憩しない?」
「もうちょっとです」
「お腹空いたよ」
「私もです」
偶然だねえ。でも君はさ、さっきクレープを食べたばかりだよね?
ああ、俺もクレープを食べておけば良かったのかな?
備えあれば、憂い無しか。
でもさあ、どう備えればいいんだ?
「うん!やぱっり、これにしましょう!」
最初に選んだ、真っ白なジャケットだった。
この3時間は、いったい何だったんだ?
「しろくまさん!」
「はい、なんでしょうか?」
まだあるのか?もう、帰りたいんだけど。
「来週のお休み、水族館に行きませんか?」
芽依さんはハンバーガーを頬張りながら、俺に訊いてきた。
ファストファッションの次は、ファーストフードだ。
ファーストフードの割りに、注文してから出てくるのが遅い店だけど、ここのシェイクは美味しいからやめられない。
そんな俺は、シェイクを飲みながら芽依さんに聞き返した。ちなみに芽依さんは、何故か紅茶だった。正直、ファーストフードで紅茶を飲む人が居るなんて、ちょっと驚いたけど。
「何で?」
「だって、動物園ではみっともない姿を、しろくまさんに見せちゃったんですから」
「そう?」
「はい。私だって、もっと可愛い自分を、しろくまさんに見せたかったのに」
いや、十分可愛かったと思うけど?
いや、欲しいのは言葉か。つくづく、女子は面倒だなあ。
「芽依さんは、そのままでも十分可愛いと思うけど」
すると、芽依さんは震えていた。また、抱き着いてくるかな?
どうかわすか?
「しろくまさん」
「はい?」
「恥ずかしいから、あっち向いててください!」
抱き着いてくることを警戒していたけど、どうも違ったようだ。
「ああ、そうだね」
俺は芽依さんの反対側に、顔を向けた。
俺の視線の先には雑踏があり、若いカップルがそこかしこで闊歩していた。
昔なら、こういった連中に対してむかつくなあと思ったけど、今はそんな気分にはならない。
だって、俺もその一員になっているからだ。なっているよね?ただの不審者かな?
とは言え、命短し恋せよ青少年と、今は純粋に思う。
恋をするには、若さが必要だからだ。
俺にはもう、そんな若さが無いからだ。
だから、芽依さんを突き放せないのだろう。
彼女が、輝いて見えるから。
眩しいから。
そんなことを考えていてら、急に甘い匂いと共に、頬に何かが触れた。
「え?」
芽依さんの顔が、すぐ横にあった。
「なにを?」
「ふふっ」
芽依さんの頬が赤く染まり、とても愛らしく笑っていた。
「もう。しろくまさんのえっち!」
ええっと、何がどうなった?というか、なんで俺がエッチなのか?
「私、帰ります!!!」
「え?」
芽依さんが、走り去るように帰って行った。
俺は、取り残された。
若者の街に。
いや、片付けてよ。
青春って、やっぱり怖いなあ。
俺は二人分のお盆を片付けようとしたら、店員さんが片付けてくれた。
ありがたいけど、急にやることを無くした俺は、何だか不思議といたたまれなくなった。
俺はまるで、迷子になったような気分になった。




