第十四話 しろくまさんと悪の象徴
辞表の文面に悩みながら、結局、会社に迷惑を掛けたことを退職の理由にしようと思った。
ただ、詳細は書いておいた。自分は何もやっていないけど、隙があったことが今回の騒動の原因であると、一応自分にも非があるように。
それ以外に、理由は無いからだ。
だから読みようには、自分のせいではないと受け取れるだろう。
きっと無責任とか、卑怯とか言われるだろう。
それが俺に出来る、唯一の抵抗だと思う。
「でも、よく考えたら変だ」
そうだ、変だ。
娘が行方知れずなら、親はどうする?
娘の交友関係をあたるだろう。それが普通だ。いや、すでに当たっているかもしれない。
だが、朝早く会社に来るぐらいなら、むしろ交友関係の方に先に出向くだろう。
昨日の今日だ。
しかし、両親ともに会社に来ていた。それも、俺たちの出勤前の早朝にだ。
そうなると娘の交友関係を当たるのではなく、まっすぐうちの会社に来たことになる。
それは変だが、逆説的に考えると、あの親達は会社以外に娘の行き先を把握していないことになる。保証人の問題もあるから、彼女は会社のことを親御さんに話しているはずだ。
だから、真っ先に会社に来たんだろう。
しかし、若い女子の交友関係が会社だけのはずはあるまい。仕事しかない、おっさんじゃないんだから。
そうだ、彼女はジムにも通っていたと言っていたな。そこはどうなんだ?
ジムで仲良くしている人の、一人や二人はいるんじゃないのか?
それすらも、あの親は把握していないのか?
となると、あの両親は娘の交友関係どころか、行動範囲をまったく把握していないことになる。
だいたい、娘が飲酒したり喫煙することを、あの親は知っているのか?
「そうだ、彼女は堂々と飲酒をしていた。それも、飲み慣れた感じだった」
隠れて、こそこそやっているイメージは無い。飲酒はともかく、たばこは我慢できないだろうし。喫煙者がたばこを吸えないと、本当にいらいらするモノだからだ。たばこを吸わない俺には、そこはよく分からないけど。
自宅で隠れてたばこを吸うには、限界があるはずだ。
親は娘の喫煙を、恐らくは把握しているはずだ。もし知らなければ、それはそれで親子関係が破綻していると見ていいだろう。
すると、今までの彼女に対するイメージが、根本から崩れる。いや、そもそも俺は、彼女の何を見ていたんだ?
未成年で学校にも行かず、日中はアルバイトをしている。時折、ジム通いをしている。しかも、人に勧めるぐらい飲酒をしているし、人前で堂々と喫煙もする。
そうだ、彼女はプライベートの話を、自分からしていた。
そこに学校の話が出ていない以上、彼女が夜間高校に通っている可能性は無いと見ていいだろう。
夜間高校に通うには、彼女の退社時間が遅いからだ。俺も昔夜間高校に通っていたから、それはよく分かる。
そうなると、彼女の交友関係は想像以上に狭いと見るべきだが、そこにあの親はたどり着いていない。
つまり、彼女の交友関係を親は把握していない、もしくは、出来ないと見るべきだろう。
そこにも、親子関係に断絶があるんだ。
それを踏まえると、彼女は素行が良くないと判断出来る。
だいたい、未成年で飲酒に喫煙をするんだ、普通の女子ではない。
結論としては、彼女は不良であり、親にも問題があると。
いや、親に問題があるからこそ、娘が不良になったと見るべきかもしれない。
確か、そんなことを本で読んだ記憶がある。
とは言え、すべてが憶測だけど。
後は本人から聞くしかないけど、俺が聞くことはないだろう。
あの親は俺を犯罪者呼ばわりしてるんだから、娘に会わせてはくれないだろうから。
「あれだけ一方的に人を犯罪者と決めつけるんだから、普通の親じゃないよな」
となると、あれはポーズに過ぎず、本当は娘の立ち寄り先に心当たりがあるんじゃないのか?
しかし、世間体の問題があって、そこは公に出来ない。
深読みし過ぎだろうか?
だけど、今は考えることしか出来ないから。
「そうか、俺や会社は親のアリバイ作りに加担した、もしくはさせられたという訳か」
だから、親御さんは警察に行かなかったのではなく、行けなかったのだ。
年頃の娘が行方知れずになったんだ、普通なら警察に相談するだろうから。
「所長もやるなあ。もしかしたらそれを見越して、さっさと警察に行けよ、そこで白黒つけろと、そういうことを言ったのかもしれない」
いや、それは買いかぶり過ぎだろう。所長の普段の言動、行動を見る限り、どうにかして自分に責任が及ばないようにしようとしている、ただそれだけだろう。
つまり、会社は関係無い、俺と彼女と彼女の家の問題だと。
そうか、どっちにしろ俺は、スケープゴートなんだ。
俺を生け贄にすることで、すべてを丸く収めようとしているのか。
悪の象徴、つまり、俺はアーリマンなんだ。
俺には身寄りがないから、罪を着せるには丁度いい存在なんだろう。
実際、俺を庇う奴も擁護する奴も、一人もいなかった。
せいぜい、俺と彼女との間を取り持つとか、あとでうまくやってやるとか、恩に着せつつ俺にすべての責任を押し付けようとしていた。
「簡単に言えば、俺の有罪はすでに確定していて、問題は量刑をどうするかということだろう」
執行猶予付きの判決が、せいぜい俺寄りで、極刑が所長やあの親たちの望みだろう。
無罪だと言ってくれる人は、一人もいない。
しかも、それですべてがうまくいくと。
馬鹿馬鹿しい。あの子がそれで、戻ってくるのか?
もし本当に事件だったら、一体どうする気だ?
「とにかく、彼女を見つけないことには、どうにもならない」
しかし、彼女のことをよく知らない俺には、もうどうすることも出来ない。
そして最悪なのが、すべての責任を俺に負わされるということだ。
現行犯逮捕でもない限り、警察は信用出来ないだろう。
俺が容疑者になるからだ。
大事なことは事件を解決することではなく、事件を終わらせることだからだ。
もし、彼女を拉致なり誘拐なりをした犯人が別に居たとしても、それはもうそれで免罪符を得たことになる。
すべての罪は、俺に着せられるからだ。
俺の知らない場所で、俺の知らない人たちとの間で、コンセンサスを得ていたということだろう。
俺の戦いは、そこから始まるだろう。
だから、今出来ることをしよう。
冷蔵庫の中で、日持ちしないものを調理し、今日の昼メシと夕メシにしよう。
警察もさすがに今日は来ないだろうから、部屋の掃除はしておこう。
辞表も書いたし、別に手記も書いておこう。
少なくとも彼女を16歳と知ったのは、彼女が行方知れずになった今日の朝だ。
「だけど、あの子の歓迎会に出た奴の中に、彼女が未成年ってことを、本当に誰も知らなかったのか?」
確信犯が居たな。もしかしたら、真犯人はそこに居たかもしれない。
歓迎会の時の彼女は、若い同僚と話しをしていた。
ライン長とも度々、昼飯を一緒にしていた。まあ、ライン長が店屋物を頼んでくれるので、それ目当てかもしれないけど。
というか、ライン長だって怪しいじゃないか?いや、ライン長は既婚者だから彼女を家に連れて行く事は、まず不可能だろうけど。
「結局、彼女とコミュニケーションをよく取らなかった、俺が悪いという事か」
なんてこった。彼女と距離を取ったことが、かえって仇になるなんて。
彼女が若いことを言い訳にして、まともに話さなかったことが、このような事態を招いたなんて。
いや、俺の年齢を言い訳にしたんだ。
いい年をしたおっさんが、若い子と話すもんじゃないと。
結局、共同体で大事なのはコミュニケーションであって、それ以外は些細なことなんだ。
そのことを、今頃になって俺は気が付いた。
半ば絶望し、半ば希望を得た。
今まで分からなかったことが、こうして分かったからだ。
それは何も知らないよりは、遥かにマシだろう。
俺はそう結論付けたけど、安心出来なかった。
夜は眠れなかった。




