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第十一話  しろくまさんと本棚

「とにかく、そこらに座ってなさい」


「は~い」


「いま、飲み物を出すから」


「あ!私がやります!家事は妻のお仕事です!」


「いいから」


「ええ、やりますぅ~!」


「今時は、そんな時代ではありませんよ。男性だから、女性だからっていうのは、昭和の話です」


「そんなの、嘘に決まってるじゃないですか!」


「嘘ではありませんよ。総理大臣だって、今は女性が活躍する時代だって、そう言ってるじゃないかな?」


「それが、嘘です!」


「どこが嘘なの?」


「だって、女の子は女の子らしくしてないと、男子にもてないんですよ?」


「いや、それはそれだよ。ほら」


 どう答えりゃいいんだよ。


 まあ、実際はそうなんだろうけどさ。


 人は見た目じゃないっていうのが嘘なように、女の子も女の子らしくという段階で、すでに論理破綻しているし。

 

 しかし、これはどう答えてもよくないな。適当に聞き流すか。


 適当に聞き流すのは不得手だけど、とりあえず紅茶を出してあげた。良かった、紅茶のティーバッグを取っておいて。


 ダージリンと包装紙には書いてあったけど、アールグレイがあればもっと良かったのに。いえ、嘘ですけど。


 でも、お茶請けが無いのが残念だ。いや、残念なのは俺か。

 

 そもそも、この部屋は人を招くようには出来ていないし。


 スリッパも無いし。


「あ!ありがとうございます!」


「あと、座布団も使いなさい」


 座布団を芽依さんに与えると、やはりそこはお嬢様らしく、きちんと正座して座った。今時の子にしては、意外なほどに背筋はまっすぐで実に姿勢が綺麗だ。はっきり言って、立ち居振る舞いがどことなく優雅だ。性格もそうだといいのにと思ったら、芽依さんは紅茶を飲みながら上目遣いで俺を見ていた。


 心を読まれたかな?女子高生なら、やりかねんか。気を付けないと。


 行儀がいいとはいうモノの、スカート姿の女子が正座で座ると、太ももがちょっと露わになって落ち着かないんだけど。


 俺はつい、足を見てしまう。


 いかん、いかん。色即是空空即是色じゃなかった、悪霊退散でもない、ええっと、ええっと、なんだったっけ?


 ああ、煩悩退散か。


 でも、スカート短くないか?


 いや、今時はこれが普通か。


 俺が普通ではないのか。


「これも使いなさい」


 タンスから取り出した、ブランケットを芽依さんに手渡した。


「さっすが、しろくまさん!優しい!」


 違うけどね。君が今身に着けているというその勝負下着とやらが、目に入りそうだからだよ。


「ねえねえ、しろくまさん」


「はい、何かな?」


「ご本を読んでもいいですか?」


 ご本ときたもんだ。育ちが出るなあ。やっぱり、本物のお嬢様か?


「ああ、いいよ。もちろん、18禁はアウトね」


「は~い」


 一応、女性向けの漫画本もある。幸い彼女は、それを手に取っていた。


 18禁でなくても、大人向けのちょっとやばいのもあるから、警戒はしていたけど。


 そして本当にやばい本は、全部ブックカバーしてある。


 すると、急に静かになった。本とゲームは、子供を黙らせるいいツールだ。


「しろくまさん」


 前言撤回。


「うん?」


「それ、何ですか?」


 目移りが激しいなあ。大人しく本を読んでろよ。


 そんな好奇心一杯な芽依さんが興味を示したのは、ステレオコンポだった。まあ、今時はこういうのは、きっと珍しいんだろうな。


 スマホ一台で、何でもありだから。


「ああ、ステレオだよ」


「ステレオ?」


「そうか、君たちの世代では珍しいのか。音楽を聴く装置だよ」


「へえ~、何か聴かせてください」


「君たちの世代の曲は、何も持ってないよ」


「だから、聴きたいんです。しろくまさんが普段どんな音楽を聴いてるのか、私知りたいんです!」


「う~ん、まあ分かったよ」


 俺がいつも聴いているのは、クラシックかフュ―ジョンだから、芽依さんにはちょっと難しいか。ああ、でもアニメのサントラもあるから、それにするか。


 俺はCDをセットし、曲番を選択してからプレイボタンを押した。


 スピーカーから、音が流れ出てきた。


 ピアノの旋律が流れる、ちょっと切ない感じの曲が部屋を彩った。


「あ?いい曲ですね」


「ふ~ん、分かるのかい?」


「クラシックですか?」


「いいや、アニソンだよ」


「え?こんな曲がですか?クラシックみたいです」


「君たちが生まれるずっと前の、アニメのサントラさ」


「へ~、何て名前の作品ですか?」


「君は知らないだろうよ」


「教えてください」


「さよなら銀河鉄道999」


「宮沢賢治ですか?」


 惜しい。


「それは、銀河鉄道の夜。これは、アニメ。別の作家の別の作品だよ」


「アニメ?」


「後で、調べたらいいよ」


「なんだか、いい曲ですね」


「ああ、そうだね」


 とりあえず、良かった。


 芽依さんはアニメのサントラをBGMにしながら、読書にいそしんでいた。


 俺はというと、彼女が黙ったのを機に、洗濯をすることにした。


 せっかくのいい天気なんだから、洗濯をしない手は無い。


 正直、何かしてないと落ち着かないし。


 まあ、本来なら来客をもてなすモノなんだろうけど、俺にはどうしようもない。


 あんまり、女子をじろじろ見るものじゃないし。


「しろくまさん」


 大人しくしてろよ。こっちは、忙しいんだから。


「なに?」


「何してるんですか?」


「本に集中しなさい」


 そういえば、この娘は何しに俺の家に来たんだ?用件を聞いてないなあ。


 いや、聞くのが怖い。


 そうだ、このままなし崩しにしよう。そうだ、それがいい。


「は~い」


 と気持ちよく返事をする、今の芽依さんは素直だ。


 本は便利だと思う。あの芽依さんが、とりあえずだけど静かになったから。いや、静かと言うより、俺にちょっかいを掛けてこなくなった。


 これは、いいことを知った。そうだ、今度ラノベを沢山用意しよう。


 それを彼女に読ませよう。


 でも、あの店員さんに睨まれそうだけど。


 売り上げに貢献するんだから、邪険にしないでよと言いたい。


 とは言え、俺みたいなおっさんが、こんなカワイイ女子のイラストが表紙に飾られている本を買うのは、やっぱり気持ち悪いだろうか。いや、普通に気持ち悪いだろう。それが仮に、偏見であってもだ。


 それが、世間というものだからだ。


 そんなことをつらつら考えながら、洗濯ものを洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤を入れ、スイッチオン。


 文明に感謝だ。


 さて、後は何をしようか。


 俺も、本でも読むか。


 そうは言っても、不思議とリラックス出来ない。


 同じ部屋に、美少女が居るからだろう。


 芽依さんは相変わらずきちんと正座し、ひざにはブランケットをかけているけど、どこか油断が出来ない。


 心なしか、部屋にはいい香りがするし。マイナスイオンも充満しているような気もする。


 でも、俺は不思議と緊張している。どういう訳か、リラックス出来ない。


 いや、違和感があった。


 芽依さんが今、読んでいる本だ。


 少女コミックでもなければ、男性向けコミックでもない。もちろん、18禁本でもない。紙のブックカバーがされた本だ。


 つまり、もっとタチの悪い本を読んでいる。


 俺は、芽依さんに近寄った。彼女は本に夢中で、近づいてくる俺に気が付いていなかった。隙だらけだろう、まったく。


 俺は、彼女から本を取り上げた。


「あ!何するんですか?」


「君には、まだ早い」


「ええ?それも18禁ですか?」


「違うよ。でも、頭が柔らかいうちに読む本ではない」


 そう、これは俺のように頭が固くなって、しかも人生ではもうどうしようもなくなり、おまけに未来を見失った、そんな情けない大人が読む本だ。


 それでもどこかにまだ道があるはずだと、儚い希望を持っている時に読む本だ。


 未来が果てしなくある、しかもまだ頭が柔らかい君たちのような若者が読むような本ではない。


「しろくまさん。何で、エッチな本の後ろに、隠してあったんですか?」


「隠した訳ではありません。たまたまです」


「ええ?一杯、ありましたよ」


「とにかく、君たちが読むべき本ではありません」


「だったら、いつ読めばいいんですか?」


「そうだな。人生に行き詰って、答えが欲しくなった時かな」


「じゃあ、今読むべき本ですよね?」


「答えを欲する前に、問いを立てられるようになってからにしなさい」


「ええ?何を言ってるのか、私には分かりません!」


「それが分かるようになってから、この本を読むといい。それまでは、この本はお預けだ」


「また、しろくまさんは私を誤魔化そうとする!」


「勘違いです。いいから、用が無いのならさっさと帰りなさい」


「私!今日からここに住みます!」


「明日には、私は警察に逮捕されているだろうね。めでたし、めでたしと」


「どうしてですか?」


「それが、この社会の常識だからだよ」


「それって、じんけんしんがいって言うんじゃないんですか?」


「おや、よく知ってるね」


「学校で教わりました。じんけんしんがいは、いけませんって」


「ふ~ん」


 学校で教える人権って、結局建前の話しなんだよね。


 だからそれを真に受けると、とんでもない目に遭う。


 いじめって、そういうことだろう。


 人権なんて存在しないって、身を以って知るのが、学校と言うモノだから。


 だから人権というのはね、選ばれた人間のみに与えられた特権のことなんだよ。


 そしてね、君にあって俺には無いモノなんだよ。


 だから、今こうしてふたりで居る事自体、すでに罪を犯していることになるんだ。


 法的とか倫理的とかの類ではなく、いわゆる道義的責任って奴をね。


 君には分かるまい。


 最初から人権を持っている君には、人権があると思い込んでいたかつての俺のことなんか、分かるはずはないんだ。


 分かって欲しくないんだ。


 分からなくて、いいんだよ。


 そんな世界があることを、君は知る必要は無いと思う。


 世界はもっと、明るく希望に満ちたモノであると信じる資格が、芽依さんにはあるんだから。


 そんな希望を失ってしまった俺が、何を恐れているのかを、君は知る必要は無いんだ。


 だから、俺とは関わらない方がいいんだ。


 俺は頭を振った。


 俺は一体、何を考えているのやら。相手は、子供だ。普通に話せばいいんだ。


「だから、私にはけんりがあります!」


「同時に、義務もあるけどね」


「しろくまさん、私に優しくない!」


「そうです。だから、もっと優しい人と付き合いなさい。それが、青春というものです」


 それも、嘘だ。


 青春はピュアであるというが、そこにあるのは打算を超越するような、もっと生々しい感情だけだ。


 ピュアな青春なんて、どこにも存在しない。


 どこにも存在しないからこそ、ドラマとか物語になるんだ。


 もしピュアな青春とやらがそこら中にあったら、誰も青春とやらを喜ばないだろうし、尊ばないだろう。


 物語にすら、ならないはずだ。


 誰もが持っていれば、物語にも夢にもならないからだ。


 そして、すべての人間が持っていないけど持てるはずとそう錯覚することで、この社会は成り立っている。

 

 だから人々は、かえって苦しむことになるんだ。


 いつか分かる、そんなのは嘘であると。


 だからね、君はもっと苦しみなさい。


 青春の苦しみを、苦さを。


 俺に逃げていい訳はないんだ。


 君たちには時間があるけど、それは期間限定なんだ。



 青春ってね、今しか無いんだから。



 だからこそ、芽依さんには今を大事にして欲しいんだ。

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