第十話 しろくまさんと愛の巣
「大丈夫なのかい?」
「はい、しろくまさんのお陰です!」
「私は、何もしてないけど?」
「む~」
「ええっと、何?」
何で俺、睨まれてる?いくら睨んでも、可愛いけどさ。
「オレ」
「え?」
「私ではなく、オレですよ」
ああ、そういうことか。めんどくさいなあ。
「だから、切り替えが出来ないんだって」
「私の前だけは、オレでお願いします」
「なんで?」
「何で、でもです」
「ああ、分かったよ」
「約束ですよ」
「なるべくね」
「じゃあ、約束の証」
顔をこちらに向け、いわゆるキス待ちの姿勢に入っていた。
念のためだが、ここは往来なんだけど。君、分かってるのかな?
「一応聞くけど、何をしてるの?」
「おんなのこが、勇気を振り絞っています!おんなのこに、恥をかかせる気ですか?」
すまんけど、勇気の振り絞り先を間違えてると思うよ。
顔も赤いし。
「あのさ、恥ずかしいならさ、そんなことしなければいいと思うよ」
「おんなのこだって、勇気のあるところを見せたいんです!それにこれは、しんせいなけいやくです!」
何を言っているのか、正直分からない。何かのパクリかな?出典を教えてくれないかな?この際だから、直接作者にねじ込むから。
なんてもんを、教えたんだと。
とは思うモノの、それは違うかな。
それにさ、別に見たくないけど。そんな勇気なんて。
「我慢することも、ひとつの勇気だと思うよ」
「私、ずっと我慢してるんですけど?」
それ、俺に関係あるのかな?
何と言えばいいのか、食べたいモノを我慢するのを、俺のせいにするようなものだろう?
俺、関係ないじゃん。
それこそさ、責任転嫁じゃないのかな?
「とにかく、ここは往来、公共のマナーは守りましょうって、学校で教わらなかった?」
「しろくまさん、先生みたい」
「先生みたいなものです。大人なんだから」
「私だって、もう大人です」
「大人は、そういうことはしませんよ」
「じゃあ、どこならいいんですか?」
「それは、教えられません」
そんな誘導に引っかかる程、俺は馬鹿じゃない。
ほどほど、馬鹿だとは思うけど。
「いじわるです。教えてくれても、いいと思いますけど?」
「はい、大人はいじわるなんです」
「分かりました」
「そう、分かってくれたのなら幸いです」
「じゃあ、帰りはずっと手を繋いでください。それで、我慢します」
「ああ、分かったよ」
もう、俺は疲れた。抗う時間も手間も惜しい。
まあ、一般的に親子が手を繋いで歩いていると、そんな風景に見えるだろう。
しかし、何でそんなに嬉しそうなんだ?
腕をブンブン振るのもいいけどさ、結構、疲れるんだよね。
それに、俺のどこがいい?
俺は芽依さんと、手を繋ぎながらというか、ブンブン振り回しながら帰宅することにした。決して、仲良くではない。では、何だ?
そうだ!これは引率だ!俺は芽依さんを、引率しているんだ!
俺は無理やり、そう思い込むことにした。おまわりさんに職質されたら、俺はそう答えよう。いや、その前に芽依さんが、とんでもないことを言うだろう。
想像したくない。考えたくない。
無事に家に帰れますように。
俺と芽依さんは、駅で別れることにした。
途中で職質されることも無く、恐らくは通報されることもなく、だと思いたい。
しかし、駅で別れようとしたら彼女はまだ俺と一緒に居たいと抵抗したけど、オジサンは夜が辛いし肩も痛いから、もう勘弁してとお願いしたら、意外にあっさりと解放してくれた。
俺は彼女が駅の改札に入るのを、最後まで見届けることにした。
もちろん、彼女を心配してではない。
彼女が急に引き返してくる、そんな懸念があるからだ。
気が付いたら、芽依さんが俺のアパートの前まで来ていたなんてことが起きたらと思うと、もう寒気がする。
「さすがに、自意識過剰かな?」
彼女を見送った俺は、帰りに本屋に寄ることにした。
ライトノベルを買うためだ。
哲学書とか思想書コーナーを一周してから、ライトノベルコーナーに向かった。
「いかんいかん、またヘビーなのを買おうとしてしまった。もう、そういうのは卒業だ」
ライトノベルはよく分からないので、平積みしているのを2冊購入することにした。
表紙がカワイイ女の子だらけなのが気になるけど、殆どのライトノベルの表紙がこういった感じだから、他に選びようがない。
探せばあると思うけど、そこまでの熱意は無いし。
俺は会計する為に、本を持ってレジに向かった。幸い、レジは空いていた。カバーをお願いするので、レジが空いていないとちょっと頼みにくい。
「あ、カバーをお願いします」
若い女性店員さんだけど、どこか愛想が悪い。チラッと俺を見る目が、ちょっとヘビーだった。
まあ、こんなおっさんがこんな可愛らしい表紙の本を買うんだから、警戒するのも当然だろう。
通報されないだけ、マシと思おう。
「お待たせしました」
「ああ、どうもありがとう」
俺の方がぺこりと頭を下げたけど、女性店員は何故か無言だった。
若干、睨まれたような気もするけど、まあおっさんだから仕方が無いだろう。
若い女性から見たら、こんなおっさんは、人類の敵みたいなものだろうから。
なんとなく、もう二度と来るなと言うような圧があったような気がするけど。
もしかしたら、ただ機嫌が悪かっただけかもしれない。
出版不況のこの時代に、お店で本を買ってくれる客を粗末に扱うはずはない、と思いたい。
それに俺は、本屋が好きだ。
通販で本を買うことも出来るけど、カバーをして欲しいからと、本を実際に手に取って見てみたいから、定期的に本屋に出向いている。
ただ、常連という程頻繁には来ていないから、店員の顔も覚えていないし、店員も俺の顔を覚えていない、よね?
バックヤードで、俺のことを話題にしないよね?
変なおっさんが、可愛らしい女の子が描かれた表紙の本を買っていきやがったよとか、そんなことを話してないよね?
ねえねえ、通報した方がよくないなんて、話してないよね?
ああ、話しているか。
俺はそういう話題が嫌いだから、職場のお昼休みは外で済ませている。
お昼休みの話題は、仕事の愚痴か、だいたいがそこに居ない者の話しだ。
もちろん、褒めることはしないし、同調しないと雰囲気が悪くなる。
俺はつい、正論じみた意見を差し込んでいくから、若手から若干煙たがられている。
彼らは別に、悪意があって悪口を言っている訳じゃないだろう。
その場に居ないから、ネタにされただけだ。
だから、俺をネタにして話を盛り上げるのも、別に普通のことなんだろう。
嫌な世の中だ。
俺は家に帰り、買った本を机の上に放り投げた。
お出かけ用の本だから、今読むわけにはいかないし。
俺はステレオの電源を入れ、音楽を聴くことにした。
静かな曲で、心が落ち着いてくる。
今日の出来事を、まるで走馬灯のように思いめぐらせたけど、よく考えたら芽依さんの挙動はやはりおかしい。
「思春期特有のことなのかなあ?」
なんでもステレオタイプに充てはめて、結論を導くのはよくないことだと思うけど、最近は考えるのが段々面倒になってきた。
「やはり、これも年かな?」
俺はベッドに横たわるけど、眠るには早すぎた。
でも、何かをする気には、どうしてもなれなかった。
だけど、最近思うことは何故か、芽依さんことばかりだ。
良くないなあと思う。
俺はいつしか、眠りに落ちていた。
ピンポ~ン!
時計を見ると、早朝だった。
「へ?誰だ、こんな朝早く」
うっかりしていた。着替えずに、そのまま寝落ちしてしまったようだ。
でも、こんなにぐっすり寝たのも、久しぶりなような気がする。
すっきりしていたから。
「は~い、どちらさま?」
俺は頭と腰をボリボリ掻きながら、玄関に向かった。
「はい、あなたの芽依です」
はい?
へ?
何?
幻聴?
妄想?
俺は急いで扉を開けたが、本当に芽依さんが居た。幻覚の可能性も視野に入れつつ、芽依さんのその出で立ちを確認した。
昨日のあの清楚な格好ではなく、いつもの可憐な制服でもなく、どこかラフな感じの格好だった。若干、スカートが短いような、いや、この年頃なら普通か。
可愛いし。
髪型もポニーテールにしているし、まるで運動部の女子マネージャーみたいだ。
改めて見ると彼女は女子高生というより、大人っぽい女子中学生に見えるぐらいに幼く見える。変な表現だな?
「来ちゃいました!」
「家を教えたつもりはないけど?」
「ええ!だって、しろくまさんは私のおうちを知ってるのに、私がしろくまさんのおうちを知らないなんて、不公平です!」
どういう理屈だ?しかし、どうして?
「まあ、とにかく」
「上がらせてください」
「断固拒否します」
「ええ?どうして?」
「散らかってますし、独身の男の家に、若い女子が上がるモノではありません」
「じゃあ、私がお片付けします。妻として!」
ああ、頭痛がしてきた。さっきまでは、気分良かったのに。
とにかく、どうにかして追い返そう。
「とにもかくにも、早く帰りなさい。明日、いつもの公園で、ゆっくり、話そう。それでいいよね?」
どうやって、俺の住処を知ったか、問い詰めないと。
「おっじゃまっしま~す!」
俺が束の間だけど目を閉じ、こめかみを押さえている瞬間だった。
俺の脇をすり抜けるようにして、芽依さんは家に上がり込んだ。
身体が小さいって、便利だと思った。というか、その身体を使ったやり方って、卑怯じゃないかな?
いや、身体を使うって、こんな表現で良かったのか?
いいのか、これで?貞操観念が無いんじゃないか?親の顔が見たくなる。
ああ、貞操も何も無いか。ここは夫の家です~とか、思い込んでいるんだろう。多分だけど。
だいたい、俺が芽依さんに何も出来ないって、分かっててやってるだろう?
「おい!」
芽依さんの肩を掴むと、上目遣いで俺を見た。目が潤んでいる。
まずいなあ、怖がらせたかもしれない。年頃の女の子には、ちょっときついやり方だったかも。
「あのね」
何だ、何が起きる?謝るから、泣かないでくれるかい?
「しろくまさんなら、いつでもいいです」
いきなり、シャツのボタンを外し始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
「え?私に欲情したんじゃないんですか?」
「君は私を、何だと思っている?」
「オレ」
「え?」
「私の前では、オレって言うって、そういう約束ですよ」
「ああ、そうだった、て、そんな話ではない」
「約束は大事です!」
「とにかく、シャツのボタンを直しなさい。直さなければ、本当に叩き出すよ」
「シャツのボタンを直したら、ここに居ていいって、そういうことですね?」
「いや、そういう訳じゃ」
「しろくまさん、どっち?」
「ええっと」
「はっきりしてください!」
どうなっている?俺が言い負かされた?議論で俺が負けたのか?
おかしい、何かがおかしい。
どこかで誘導があったはずだけど、どうしても思い出せない。
「しろくまさん?」
「ああもう、分かったから、とにかくシャツを直しなさい。あと、大人しくしていること。いいね?」
「は~い」
彼女はニコニコしながら、シャツのボタンを直していた。
花柄のブラジャーが一瞬見えたけど、記憶から消そうと思った。
というか、襲われても仕方がないぞ?
いくらなんでも、無防備すぎるぞ。
いや、違うか。
そうか、この娘は最初から俺に襲われてもいいと思っているから、襲われたらどうする気だと思う俺が、主導権を握れないのか?
参ったなあ。最初から、噛み合ってないのか。
しかし、このままじゃまずい。
どうにかしないと。
どうすれば、主導権を握れる?
いやいや、捨て身の相手をどうにかしようとすることって、かなり難易度が高いぞ。
はあ~、どうしたものか。
うん?どうしたんだ?やけに静かだけど。
静かになった芽依さんを見ると、本を手に取っていた。
18禁の本だった。
「あ!何してる!」
俺は本を、急いで彼女から取り上げた。まったく、油断も隙も無い。
「ああ、見せてください!」
「ダメ」
「妻として、夫の女性の好みぐらい、知っておきたいんです!」
「必要無し!」
「ええ?それじゃあ、いつまで経っても、しろくまさんを満足させてあげられないじゃないですか?これは、リコンのキキです!」
どうしたら、そうなる?
いつ、俺が君にそんなことを要求した?というか、いつ婚姻を結んだ?
ちょっと、待って?いったい、どうなっている?
ああ、ダメだ。これではダメだ。
どうにかして、ペースを取り戻さないと。
「いいかい、これは18禁。つまり、君は見てはいけない本なの」
「しろくまさん、私、18歳ですよ?」
「学生証を見せなさい」
「結婚してくれるなら、全部見せますよ!身に着けている下着の色だって、いつでも教えますよ♪ちなみに今日は、勝負下着なんですから♪」
はい?
勝負下着って、君は一体何と勝負をしているつもりなのか?
ああ、そうか。
頭脳戦ね。
相手はもちろん、俺だろう。
でもさ、俺はそんな勝負に乗った覚えはないんだけどね?
ねえ、何でそんなに嬉しそうなの?
どうしようか、この娘のこの嬉しそうにしている表情を見ていたら、急に頭突きをかましたくなってきた。
ねえ、いいですか?頭突きをしても。
いいですよね、相手が女子でも?
だって、これって頭脳戦ですよね?
頭突きだって、立派に頭を使うし。
ああ、落ち着け俺。
どんどん馬鹿になっていく。
どうしようか?
壁に向かって、自分で自分の頭を打つか?
それともいっそ、この場から逃げるか?
でも、俺には帰る場所がここしかない。
だいたい何で、俺が俺の家から逃げ出さないといけない?
それって、もうおかしいだろう?
そうか!
もしかして俺って、すでに詰んでるのか?
いやいや、諦めたら試合終了だ。そうだよね?
諦めが肝腎でもあるの?
もう!どっち?
つーか、そのニコニコ顔はやめなさい!俺が君に、負けたような気分になるじゃないか!
負けてるけど。
「とにかく、これ以上私ではなかった、俺を困らせないでくれるかな?」
「ええ?いつも私が、困ってるんですよ?」
すまんけど、困るという言葉を辞書で調べてから、そう言ってくれるかな?
学校で習わなかったのかな?
君は困っているんじゃなくて、困らせている側だって。
「ここが、私としろくまさんの愛の巣なんですね?」
知らんよ、そんなの。
いつから、そうなった?
いいかい、ここは、俺の、家です!と言いたいけど、言わないでおこう。
きっと、そうです、私の家でもありますと返してくるに違いない。
脳内シミュレーションでは、どうやっても俺はこの娘には勝てない。
俺の頭の中は、勝てないならこの場をどうやって切り抜けるか、それだけでいっぱいいっぱいだった。
もちろん、彼女が大人しく俺の言うことを聞いてくれるような、そんな娘ではなかったけど。
ストーカーに苦しむ人の気持ちが、やっと分かったよ。
問題は、この状況に苦しんでいる男がいたら、一般的にそれをどう思うかだ。
多分だけど、なんて贅沢な野郎なんだと思うだろう。
こんなカワイイ子が、こんなにお前を慕ってくれるんだから、良かったじゃないか。
そうそう、いいじゃないか。こんな美少女がわざわざ家まで来てくれるなんて、もう一生無いぞ。
受け入れてやれよ。
据え膳食わぬは男の恥って、そう言うだろう。
女子に恥をかかせるなよ。
それが、一番楽なんだぜ。
そうかもしれないけど・・・・・・・なんか、おかしくないか?
こんなことに悩む俺って、やっぱり贅沢ですかね?




