きょうだいたち
朝の仕事が終わったのは、昼過ぎだった。
シルヴィは食堂のすみの座席に腰かけた。トレイ型のプレートにはオレンジシューストとパスタ、数種類のビタミン剤がのっている。
「ここ、いい?」
頬杖をついて外の人工緑地を見ていたシルヴィは顔をあげた。
ユウがコーヒーカップを持ってシルヴィにウインクした。
「どうぞ」
テーブルの真ん中からトレイをずらすと、シルヴィは座りなおした。
「あの場で言わなくてもよかったのに」
シルヴィの直属の上司であるユウは、アルゴンの目のことを当然だが知っていた。
「言わなければいつまでも誤解されます。自分が何者か言ってしまったほうがらくです」
今も、シルヴィの席の周りはあいている。シルヴィにちらりと視線を向けて頭を寄せ合って話しているのにシルヴィはとっくに気づいている。そんなことには慣れている。前の職場では、隠そうとしたことでトラブルにあった。無視されるなら、最初からされた方がいい。
「シルヴィ、あなたの家族は?」
家族と言われて、シルヴィは目をつぶり首を傾けた。長いお下げをもてあそぶ癖は子どものころから抜けない。目をつぶれば、皆で暮らしたコロニーが見える。年に一度は全員で写真を撮った。全員と言っても子供はシルヴィを入れて五人だった。五人の子どもに、二人のシスター。
「履歴書のとおりです。もう誰もいません。きょうだいたちとも連絡も取っていませんし」
調べる気になれば、調べられる。アルゴンの目で個人情報のハッキングすればいい。しかし、もう誰とも会いたいと思わない。それにコロニーでの生活の記憶は曖昧に操作されている。アルゴンの目を使うために脳に埋め込んだディバイスチップは、ある程度記憶を操作できるのだ。ただし、操作される本人の体には負担がかかる。
「育ててくれたシスターたちは亡くなりましたし、わたしたちきょうだいのプロジェクトは失敗に終わりました。アルゴンの目は、手切れ金みたいなものです」
瞳を開くと、子供たちとシスターの影は消える。
ユウは、そう、とだけ応えてコーヒーカップに唇をつけた。
「ここの職場にはなじめそうかしら」
ユウからの質問に、シルヴィからすぐには返事がでなかった。
「イデアの形状が少し……」
「気味悪い?」
ユウは小さく笑った。大きなヒトデの中に埋め込まれたイデアの気味悪さは、現時点ではシルヴィには受け入れがたかった。
「プログラムするときも、ずっと背中を向けていたものね」
「すみません」
「謝らなくていいわ。わたしも最初は気味悪かったから。そのうちあなたも、試合の時の現地メンテ班に加わってもらうわ」
てっきり内勤ばかりだと思っていたシルヴィは弾かれるように顔をあげた。
「直接、動いているイデアをみれば、イメージが変わるかもよ。現地のファクトリーには、別のイデアもいるのよ。エメラルダとリュビ。ディアマンテはまだ育成中だけど」
サフィールだけでも気味が悪いのに、ほかにも数体あるとは。
「百聞は一見に如かず、よ」
ユウは古風なたとえを引き合いに出す。シルヴィは渋々とうなずいた。