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後書きに告知あります(タイトルでネタバレしていますが)
疋田さんと付き合う前の事。配信サイトを開くと、最北南の配信がオンラインになっていた。
サムネイルからすると、3人組でプレイするFPSのバトルロワイアルゲームのようだ。
そのサムネイルをクリックすると、やや時間をおいて再生画面が表示される。
『どぅわぁ! や、ヤバいっす! あ……あぁ……』
視聴を始めた瞬間から見どころだったようで、正面同士の撃ち合いをしていた。
だが、競り負けてしまい画面が真っ赤に染まる。
『あぁあああ! 今の勝ってましたよね!?』
そう叫びながらバンバンとキーボードを叩く音が聞こえる。
闘争本能なんて微塵も無さそうな疋田さんをここまで変えてしまうオンラインゲームの中毒性はとんでもないようだ。
『ガチでキレてて草』
『お腹痛いwww』
『腹筋壊れるwww』
穏やかな最北南が切れ散らかしている様子はギャップが大きいようで、配信のコメントは大盛りあがりだ。
『今行く今行く! 倒した! 南! こっちこっち!』
まだ最北南も完全には落ち切っていなかったため、一緒にプレイしていると思われる味方が撃ち合いをしていた敵を倒し、最北南が操作するキャラのすぐ目の前までやってきて蘇生を行う。
『ふぅ……ありがとうございます、ザックさん』
『俺の傍から離れないようにね』
どうやら他のVTuberとコラボをしているようだ。
画面には最北南ともうひとり分のアバターが表示されている。
目にかかるくらいの赤い髪の毛のイケメン。声も中性的なイケボだ。
ん? つまり、最北南が男とコラボしているってこと!?
その事実に辿り着いた瞬間、背中から嫌な汗が噴き出してくる。
いや、ただ配信でコラボしているだけだし。これも仕事だし。
そんな風に自分に言い聞かせれば言い聞かせる程背中から吹き出す汗は止まらなくなる。
最北南が、疋田さんが他の男と楽しくイチャイチャしながらゲームをしている様を全世界に公開しているなんてけしからん、と厄介ガチ恋勢のような気持ちになっているのだと気づいた時には俺はベッドに横たわり何故か腹筋をしていた。
え? 俺が最北南にガチ恋? ないない。疋田さんにガチ恋? もっとないない。
「あぁああ! いや! 嘘だ! ガチ恋勢みたいな杞憂を最北南にする訳ない! 嘘だ! 嘘だ! ハァ……ハァ……」
鍛えていないので十回も腹筋をすると既に息が上がってくる。
そもそも俺は本当にガチ恋をしているのだろうか。
有識者に聞いてみる方が早い気がした。
携帯を手にして、雫花に電話をかける。
「もしもし? 佐竹? どうしたの?」
雫花の声には広い部屋にいるかのようなエコーがかかっている。だがそれどころじゃない。
「ハァ……ハァ……し、雫花? 推しの女性配信者が男とコラボしていたら変な気持ちになってきたんだけど……ハァ……ハァ……これってガチ恋なのかな? 厄介オタクなのかな?」
雫花は「うーん……」と言ってしばらく黙る。その間もチャポンと何か水の跳ねるような音だけが電話越しに聞こえる。
「そうだねぇ……とりあえずお風呂中の女子高生にハァハァ言いながら変な気持ちになって電話をかけてくるヤバい人ではあるかな」
ハンズフリー通話にしていたのだが、雫花はそれをビデオ通話に切り替える。
鎖骨まで丸出し、頭にタオルを巻いた雫花が写っていて、本当に風呂に入っていそうな感じだ。
「どぅわっ! な、何してんの!?」
「お風呂だよ」
「それは分かったから! 隠して隠して!」
「下まで見せちゃおっかなぁ。ほれほれぇ」
雫花は俺を挑発するように携帯を上下させる。危うく谷間まで見えたり見えなかったりする。
「や、ヤバいって!」
「佐竹がスマホ置くか目を瞑ったらいいだけじゃん。へんたーいだー」
「ぐっ……」
まったく雫花の言う通りなので何も言い返せず黙る。
雫花は「うーん!」と風呂の中で伸びをする。するとまた谷間がカットイン。この人、わざと見せようとしてない?
「それでぇ……何だっけ? ガチ恋したの? イッカクに?」
「違うよ……今さ、最北南が配信してるんだ」
「ふぅん……お! 『ざっくりザック』じゃん。最近人気なんだよ」
「そ……そうなんだ……」
「あ、もしかして南と仲良くコラボしてるから嫉妬しちゃった?」
「ちっ、違うよ!」
「ふぅん……そういうことかぁ……」
「だ、だから嫉妬なんかじゃなくて!」
「南がねぇ……男と仲良くゲームしてるのを見て嫉妬ねぇ……なるほどなるほど……」
雫花はニヤニヤしながら滅茶苦茶にいじってくる。相談相手を間違えたかもしれない。
「いやいや! 別に最北南にガチ恋もしてないし、中身は疋田さんだし。どっちにしてもガチ恋する要素なんて皆無だよ、皆無」
「ふぅん……」
雫花はそれっきり黙る。ピチャンピチャンと風呂の湯をかき混ぜる音だけが聞こえるようになってしまった。
天井を眺める雫花の横顔だけが画面に映っていて、俺はそれを無言で眺めるだけ。顔だけだし、お風呂とはいえ、まぁ大丈夫でしょう。
その沈黙を破ったのも雫花。「じゃあさ」と目線も合わせずに前置きをして話し始める。
「じゃあさ……イッカクにガチ恋しちゃいなよ」
「えぇ……イッカクって雫花だよね? 中の人が見えてるのにガチ恋って出来るのかな……」
「ちょ! さっきと言ってること違うんだけど!? 南だって中の人知ってるのにガチ恋とか言ってたじゃん!」
雫花は慌てて画面の方を向く。その拍子にガタガタと大きな音がして画面が水中を映し出す。
雫花が携帯を落としたのだと気づくのに時間はかからなかった。
一瞬ピンク色の突起が見えたけれどそれは見なかったことにする。
「うわぁ……佐竹? もしもーし? 聞こえる?」
マイクに水がかかったのか、さっきより音がボヤケながらも通話が復活する。
「うん、聞こえるけど……」
「けど、何?」
「がっつり胸がうつってるけど……」
携帯を落とした拍子に胸を隠していたタオルが取れてしまったようで、さっきと同じ角度でしっかりと突起まで映ってしまっている。
「あ……え……す、スクショ禁止だから! それとざっくりザックはイケボの女の子だからね!」
スクショしなかったら見てもいいんかい、と突っ込む間もなく雫花は通話をぶつっと切る。
あれ? 俺なんで雫花に電話したんだったっけ? ざっくりザックって誰? と突起の衝撃により全てを忘れてしまい、また、突起を記憶から消そうとする倫理感と戦いながら仕事に戻るのだった。
◆
配信を終え、深夜に疋田さんが家にやってきた。
いつものように床に座り、タブレットで漫画を読み始める。
「佐竹さん、コンビニ行きますか?」
「え? あ、いいよ……いてて……」
弱々しい体に腹筋運動はかなり堪えたらしく、夜には筋肉痛になってしまった。立ち上がった拍子にピリッと腹筋が痛んだのでお腹を抑えながら立ち上がる。
「だ、大丈夫ですか!? 極悪な物でも食べましたか!?」
「『悪いものでも食べた?』をいきなり最悪ケースから想定してこないでよ……腹筋が痛いだけだから」
「ふっ……私のような人気者になるとオーラで人の腹筋を崩壊させてしまうんですね。すみません、オーラが強すぎました」
「そのスキルはチートだよ……」
腹筋を痛くさせるスキルなんてあったらそれなりに有用な気がする。
まぁ実際、単にキレているだけで人を笑顔にできるのだから、ある意味では才能なのかもしれないが。
「それにしてもいきなり腹筋だなんて……もしかしてシックスパックを作ろうとしてます?」
疋田さんはそう言って俺の隣に来ると笑いながらお腹をツンツンと突いてくる。
「ふむ……今はワンパックですか。柔らかめですね。茹でる前の鶏肉のような質感です」
「失礼な……」
疋田さんの手をパッと振り払う。
疋田さんはめげない。今度はほっぺたをツンツンとしてきた。
「おぉ……いい質感です。気に入りました」
「人のほっぺたを上から目線で評価しないでよ……」
「おっほ……いいですねぇ……」
ニコニコしながら俺の頬を突いてくる疋田さんを見ていると、無性にドキドキしてくる。
いや、これは断じてガチ恋ではない。そんな訳がない。
ざっくりザックの中の人が女性で良かったなんて、安心しているわけがない。
そうは思いつつも、コンビニまでひたすら頬をツンツンしてくる疋田さんに対して、振り払うことは一切する気が起きなくなってしまったのだった。
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