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明るい部屋でしばしの唾液交換。チュッチュと音が響いていると疋田さんは急に「ん!?」と何かを思い出したような声を出した。
「ど、どうしたの? やっぱ止める?」
「いっ、いえ。続けましょう。ただその……で、電気を消しませんか?」
「あぁ……うん」
疋田さんの「ん!?」は、電気がつきっぱなしだった事を思い出した「ん!?」ではなかったので、まだ別の懸念事項がありそうな気がする。何なら疋田さんなら逆張りで照明をガンガンに炊きたがりそうだし。
Bどころじゃ済まなくなった時のために、来週のCに備えて極薄を買ってタンスの中にしまってある。なのでそれが懸念点なのであれば大丈夫だろう。その時に出せば良い。
「OK,Doodle。常夜灯にして」
『はい、わかりました』
部屋がファッと暗くなり、薄暗いオレンジ色の光が部屋を満たす。
「OK,Doodle。真っ暗にしてください」
『はい、わかりました』
今度は更に暗くなる。光源はほぼない。目が慣れていないので何も見えなくなる。
「さすがに暗くない?」
「はっ、ハズカシイジャナイデスカ」
「なんでそんなに棒読みなの……」
やはり明るいせいで恥ずかしい訳では無いようなので、電気はつけっぱなしでいいらしい。俺の疋田さん解釈が合っていたようだ。
つまり、疋田さんがそれ以外の理由で電気を消したがっているのは間違いない。
その考察に脳のリソースを割いてしまい手が止まる。すると疋田さんは身体を俺の方に向けるように座り直し、俺にまたがって座ってきた。
「今、多分……とんでもなくだらしないアヘ顔をしていると思われます。だから……その……あまり見られたくないといいますか……」
普通に女の子らしい理由だったようだ。疑ってごめん、と心の中で謝りながらキスを再開。
背中に回していた手を徐々に移動させる。脇腹、脇、横乳と移動してきたところでさすがに緊張感が高まってきた。
「さっ……佐竹さん! 今日はその……どこまでするのでしょうか? その……心の準備は出来てます。アレの準備もできてます。極薄しか勝たんらしいので、それを一応……二箱ほど」
「そっ、そんなには要らないかな……」
疋田さんらしからぬ遠回しな誘い方。今日はCまでOKということらしい。ゴクリと生唾を飲み込むと音が部屋中に響いた。
「じゃ……じゃあ……その……Cは……いけそうだったらで……」
「はっ……はい! ぬ、脱ぎます……」
真っ暗な部屋の中でシュルシュルと疋田さんが服を脱いでいる音だけが響く。
「しっ……下着になりました。その……み、見えてないですよね?」
「あ……うん。寒くない?」
「寒いです! 毛布! 毛布はどこですか! お客様の中に毛布はいらっしゃいませんか!」
疋田さんはドタバタとその場で毛布の捜索を始める。やがて毛布を見つけたのかそのドタバタもすぐに収まった。
「ふぅ……暖かいです」
毛布があったであろう少し離れた位置から疋田さんの声がする。
「よ……良かったね……そっち、行ってもいい?」
「はい。北北西の方角へ50cmほど進んでください」
「GPSの精度良すぎない!?」
「そこにくるとちょうどズッポリと……いえ、こういうのが良くないんでしたね。佐竹さん、エロい雰囲気を作りましょう。ほら! 早く!」
「急かされて作るものでもないと思うけど……」
そう言いながらも疋田さんのもとに辿り着けたので毛布に一緒にくるまる。
「わっ……こ……これは……雪山で遭難したかのような……ドキドキシチュエーションです……」
囁き声でそんなことを言いながら隣に座った俺に頭を預けてくるのだからこの人の精神はどうなっているのだろう。勝手にムードを作り始めた疋田さんに置いていかれないように気持ちにスイッチを入れる。
ピタッと肌が当たるとかなり緊張してきた。もちもちしていて気持ちいい。
「だっ……大丈夫?」
「はっ……はい……緊張をほぐすためにアルファベットを数えようと思います」
「アルファベット……」
「A……B……びっ、Bですか!?」
「一人で始めて一人で驚かないでよ……」
「すっ……すみません……」
ゆっくりと疋田さんの肩に手を回してみる。
「ひゃっ!」
驚いた声は聞こえるけれど、手は外さない。少しすると疋田さんの体温を奪って俺の手も温かくなってきた。とはいえ肝心の部分にはなかなか攻め込めない。
落ち込んでいる人を慰めるように肩を撫でていると疋田さんはいきなり俺の腕を掴んでベッドに誘導してきた。
「佐竹さん、そろそろ私の肩が無くなりますよ」
「あっ……そ、そうだよね」
毛布を被って押し倒している形になっているはずなのだけれど、真っ暗闇でほとんど見えない。
「暗くて少し不便ではありますが、このまま始めてしまいましょう」
「あ……うん。了解」
『はい、明かりをつけます』
俺が覚悟を決めて体をくっつけようとしたその時、いきなりスマートスピーカーが割って入ってきた。
ピカッと電気がついて、毛布越しに疋田さんの姿が顕になる。
同時に「え?」と呟く。
俺と疋田さんに共通する「え?」は何かの音か言葉をスマートスピーカーが勘違いして明かりをつけたこと。
俺だけが驚いた要素がもう一つある。疋田さんの下着が明らかに大人用ではなく、女児用のスポーツブラなのだ。胸を支える部分では動物たちが楽しそうに追いかけっこをしている。
「はっ……ひゃぁあああ!」
疋田さんは俺の腕の隙間を縫って四つん這いになって逃げていく。
その拍子に疋田さんのお尻が見えたのだが、そこには満面の笑みの可愛い熊がプリントされていて、俺としっかり目が合う。
素材感からしても明らかに女児用だ。
というか疋田さんは下着に関わらず身につけるものは黒。これは変わらないはず。
それなのに今日はそのポリシーを曲げている。
曲げるにしてもエッチな勝負下着ならまだ良かった。よりにもよって女児用下着なんて、見ている俺もなんとも言えなくなってしまう。
「あ……あ……佐竹さん……見ましたね……」
俺から離れて毛布にくるまった疋田さんが目を見開いて俺を見てくる。この瞬間に誰かが乱入してきたら、明らかに俺が疋田さんを襲って拒否されたと思うだろう光景だ。
「あ……う、ううん。何も! 何も見てないよ!」
「お尻にいた動物は何でしたか?」
「クマ」
「やっぱり見てるじゃないですか!」
しまった、つい。
「みっ、見たというか見えたというか見せてきたというか……そもそも黒じゃないの?」
「これは……女児になりきろうと思って部屋でつけてみたんです。まさか今日ここでおっ始まるとは思わず、直前になって思い出したので電気を消したのですが……Doodle先生の粋な計らいでしたね」
電気を消す前の「ん!?」は「私今日女児用下着をつけてるやん!」の「ん!?」だったらしい。相変わらず疋田さんの行動は読めない。
納得はできたが、目の前で女児用下着をつけている疋田さんを目の当たりにすると性欲は吹き飛び、笑いすら出てきてしまう。
疋田さんも同じことを思っているのか、ガックリと肩を落としてため息をついた。
「はぁ……これで佐竹さんが興奮したらロリコンの変態ということですし、興奮しなかったら絶好のチャンスを逃したということで……後者と理解していますがよろしいですか?」
「あ……うん。そ、そうだね。さすがに女児用下着は解釈違いかな」
「そうですよねぇ……見た目は子供、頭脳は大人、疋田桃子。まだ、誰のものでもありません。はぁ……Doodle先生のばかぁ!」
疋田さんはスマートスピーカーの方を向いてしかめっ面を披露する。
『すみません。分かりませんでした』
最後の最後まで、疋田さんはスマートスピーカーに煽られ続けたのだった。




