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疋田さんとのBを控えたある日、いつものように社長室に安東さん、雫花と俺の三人が集合。疋田さんはリモート参加の形でいつもの最北南プロデュース会議が開かれた。
「子供向けってどう? アイディアとかある?」
安東さんの問いかけに全員が首を振る。
「ま、動画編集は制作会社の人に任せるとして……演出とか、どんなことをやるか、くらいはこっちで考えないとだよねぇ」
雫花の指摘はもっとも。
「とりあえず無難な歌で動画を出してみるのはどうですか? 誰でも知ってて、VTuberのガワでも動きが表現できるくらいライトな踊りの曲とか……『グーチョキパーで何作ろう』とかどうですかね」
「有照君、いいじゃなーい。それ、採用ね」
安東さんは考えるよりまずやってみろというタイプだし、停滞しているのが何より嫌いそうなので速やかに俺の意見に乗っかってきた。
「子供ってあの歌で何が楽しいんすかねぇ……」
疋田さんは意外とドライだ。まさかVTuberになってまで子供向けの歌を歌い、踊りを踊るなんて思っていなかっただろうから分からないでもないけれど。
「うーん……やっぱ老人向けに集中する?」
安東さんも同じ事を思ったのか、やらないならやらないでも、という雰囲気を出す。
「あ! いえいえ! やりたくないとかではなく、どうすれば刺さるのかって考えてたんすよ。やっぱり子供に刺さりたいなら、子供になりきらないとなって思いまして」
意外と前向きな気持ちだったらしい。声のトーンが一定なので、まさかそんなにやる気だとは思わなかった。
「ま、そうね。色々見てみましょうか。南は来週までにやりたい歌を考えておいて。私も友達で子供がいる人に聞いてみるわね」
「はいっす! ありがとうございます!」
今週もつつがなく終了。雫花も例の一件以降積極的に絡んでこなくなってしまい、そそくさと会議室から出ていくので俺も自分の仕事に戻るのだった。
◆
帰宅してしばらくすると玄関ドアが開けられる音がした。疋田さんがやってきたのだろう。
椅子を回転させて入り口の方を向く。
「いらっしゃ――えぇ!? な、何その格好……」
部屋に入ってきた疋田さんは水色のスモックに黄色いつば付き帽子、それと小さなポーチを提げていた。
スモックは一枚着にしては短く、上半身だけにしては長い、という微妙な長さ。要は足をがっつり露出している。その下がどうなっているのかは多分に気になるところだ。
「女児のコスプレです。あ、そういえば6階でエレベーターを降りたときに隣の部屋の人とすれ違ったので『607号室の先輩、いるかなぁ』とがっつり身内のふりをしておきました」
「隣人が変態だって刷り込むのやめてくれるかな!?」
「で、どうですか?」
疋田さんは俺のツッコミを無視するとその場で一回転する。
「いやまぁ……似合っていないかと言われれば……」
似合ってはいない。可愛いので見れはするけれど、積極的に見ていたいかと言われればそうでもない。
だが疋田さんは満足そうに頷く。
「似合っている、と理解しました。ありがとうございます」
「あー……うん。それで、何でそんな幼稚園児みたいな恰好をしてるの?」
「今度バイト先で幼稚園訪問がありまして。その際に色々と園児に披露するのですが、考えているうちに何が彼ら彼女らに刺さるのか分からなくなってきまして。まずは形から入ってみて、彼ら彼女らの気持ちになり切ってみようと思った次第です」
「な……なるほど……」
相変わらず愉快なバイト先であることは置いておくとして。もうEdgeで働いていることは俺にバレているのでこの設定継続は無理なはずなのだけれど、そんな粗を指摘するのも面倒なので話を進める事を優先する。
「それで、どうなの? 気持ち、わかった?」
「はい! みるみるうちに湧いてくるんですよ!」
そう言って疋田さんはその場で『グーチョキパーで何作ろう』を踊り始めた。
踊りと言っても手を前に出してグー、チョキ、パーと手を変えるだけなのでゾンビダンスの疋田さんでもまともに見える。
「右手がチョキで、左でパーで、何でしょうか?」
「まさかの問題形式!?」
疋田さんはチョキとパーを真っ直ぐに俺に向けてくる。
七本の指がまっすぐ伸びているけれど、ノーヒントで分かるはずがない。
「いや……分かんないかな」
「正解は……」
「越後製菓?」
「いや、そういうのはいいんで」
疋田さん、自分は散々にボケる癖に俺のボケには冷たい。
「正解はですね、ホ別2.5です」
「ほべつにーてんご?」
聞きなれない言葉に首を傾げる。
「ググってください」
「あぁ……はいはい」
冷たく突き放されたので手元の携帯で検索。
どうやらパパ活用語で『ホテル代は別として、2万5千円のお支払い』という意味らしい。
「絶対幼稚園で披露したらダメなやつでしょ!」
「ふむ……そうですか……では次です」
疋田さんは真顔のまま次のお題に移る。
「右手がチョキで、左でがグーで……何でしょうか?」
「カタツムリ?」
「いえ、違います」
これも正解のはずなのだけど、疋田さんの作りたいものは別らしい。
「じゃあ何なの……」
俺の呆れ顔を見た疋田さんは「ビビりますよ」と言ってニヤリと笑い、チョキで伸ばしている二本の指をくっつける。
そして、その二本の指を手の平を上に向けたままグーの中へ挿入して……いやこれ、ゴールデンフィンガーだ。
「アウト! アウト! アウト! スリーアウトでチェンジ! はい、退場!」
マジでこの人どうしちゃったんだ。壊れかけのレイディオなんてレベルじゃないくらいにぶっ壊れてしまっている。
「これもダメですか……」
「そりゃそうだよねぇ!?」
「まぁ……そうですよね」
「なんか、いつも以上にエロが全面に出ちゃってる気がするんだけど……どうしたの?」
疋田さんはその場にしゃがみ込み「しょぼん、しょぼん」と呟いている。しょぼんしょぼんじゃないのよ。
「そのですね……三日後にはBの実行日が迫っているじゃないっすか。もう頭から離れないんですよ」
「あー……そっち系の事が?」
「はい。私は自他ともに認めるシングルコアなので重要なタスクを並列処理できないんですよ……まぁ認知してくれる方はほとんどいませんが」
「そんな悲しい事言わないでよ……俺が認めてあげるから。疋田さんはシングルコアでマルチタスクの処理が出来ない人だよ」
「佐竹さん、認めて下さってありがとうございます……」
冷静になると訳が分からないけれど、疋田さんが感謝してくれているので良しとする。
疋田さんは今度は帽子を脱ぎ捨てて「あぁぁ!」と可愛い声で叫び始めた。
「このままではグーチョキパーで卑猥な事しか出来なくなります。企画を考えないといけないのに……このままでは幼稚園での水着ツイスターゲームを提案してしまいそうです」
「それは一大事だね……」
シングルコアへの対策は簡単。要はつっかえているタスクを取り除いてあげればいいのだ。つまり、Bの前倒し実施。
「じゃあ……その……前倒し、する?」
俯いていた疋田さんは三角座りをして俺を見てくる。どうやら下は黒いスパッツを履いていたらしい。安心してください、履いてますよ、な事が分かって一安心だ。
「前倒し……ですか」
疋田さんはじっと考え込んだ後、深く頷くと俺に背中を向けて座り直す。
「佐竹さん、後ろからギュっとしてください。あくまでぎゅっとですよ。ズボっじゃないですからね」
「そんなことしないよ……」
頭からエロイことが離れなくなってしまった疋田さんを背後から抱きしめる。
「んっ……やはりこの体勢はいいです」
疋田さんはそう言って、顔だけ後ろを向くと左手を俺の頬に添えて唇を重ねてきたのだった。




