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 疋田さんと二人でやってきたのは何の変哲もないカフェ。


 カウンターの上に書かれたメニューを見上げながら二人でレジに並ぶ。


「カフェラテ……ですか」


 疋田さんは眉間にシワを寄せ、カフェラテについて本気出して考えてみた、と言いたげに悩ましい表情をする。


 ダイエットか、あるいはカフェインに気遣っているのだろう。


「どうしたの?」


「いえ……カフェラテってカフェラテなのか、カフェ・ラテなのか、カフェ・ラ・テなのか……そういえばカフェラッテ、カフェ・ラッテというパターンもありすね。カ・フェラ・テもありますか?」


 疋田さんは急にカフェラテと連呼し始める。


「ど……どうしたの? 最後のはありえないと思うけど……」


「表記ゆれに関する些細な疑問です」


 どうやらカロリーもカフェインも関係ないらしい。


「あぁ……点があるかどうか?」


「そういうことです。どう思われますか?」


 どうでもいい、とは投げ捨てられない疑問だ。この店のメニューは『カフェラッテ』表記されているのに、店員のおすすめが書かれた小さな黒板にはカフェ・ラ・テと書かれている。言われてみるとどちらかに統一して欲しくてウズウズしてきた。


「これは……難しいね」


 携帯を取り出すと、疋田さんは俺の手を握ってそれを制してきた。


「待ってください。まだ答えを見るには早いです」


「これ……答えはない気がするんだけど……」


「答えのない問題……とても現代風ですね。世界が変わりますよ」


 疋田さんはニヤリと笑う。レジ待ちの暇潰しには丁度いいけれど、これほど世界に影響を及ぼさない話があるだろうか。


「疋田さんはどの派閥なの?」


「断然カフェラテですね。一口に言い切る。これが何より重要かと」


「なるほど……でもカフェのラテなんだよね? だから俺はカフェ・ラテかな」


「そうですか……」


 はい、議論終了。各々のカフェ・ラテが心のなかにあるという結論に至りそうだ。


「しかし……これは由々しき事態ですよ、佐竹さん」


 疋田さんは深刻な問題が発生したとばかりに頭を抱えている。


「どうしたの?」


「カフェラテの表記の見解が噛み合わない私達が今後噛み合うのでしょうか?」


「噛み合うでしょ……」


「念のために認識を合わせておきましょう。今後カフェラテについてメッセージのやり取りをする際は、私はカフェラテ表記とします。よろしいですね?」


「あぁ……うん」


「不服ですか?」


 疋田さんはカフェラテの表記について並々ならぬ想いがあるらしい。


 別に何でもいいのだけど、こういうところにこだわるからこそ疋田さんらしいともいえる。


「二人の間で統一するならやっぱり一般論に沿うべきじゃないかな?」


 疋田さんは顎に手を当ててしばし考えてから頷く。


「そうですね。ではググりましょうか」


 二人がそれぞれwikipediaを開き答え合わせを開始する。


「ふむ……んん!? 項目のタイトルが『カフェ・ラッテ』ですよ! 佐竹さん!」


 興奮した様子の疋田さんが俺の肩をペシペシと叩いてくる。


 やられた。店のメニューにも俺と疋田さんの見解にも答えは無かったのだ。


「まじかぁ……じゃあ、カフェ・ラッテが今後の俺達の統一語彙でいいかな?」


「Cafe Latteなのですから、カフェ・ラッテが一番しっくりくる気がしてきましたが……こんな話をしているせいで無性にカフェラテが飲みたくなってきました。レジで私の最終見解を発表します」


「もうカフェラテって言っちゃってるけど……」


「佐竹さん、そういう揚げ足取りは……おや? このページ、カフェ・オ・レについても言及されていますね。佐竹さん、どう思いますか? カフェオレ、カフェ・オ・レ、カフェオーレ、カフェ・オーレ……これも悩ましいですね」


「いや、もう良いから……」


「デカフェですか!? ディカフェですか!?」


 カフェの用語が気になりだした疋田さんの暴走は止まらない。血走った目を見開いて俺の腕を掴み何度も前後に揺すってきた。


「お……落ち着いて! カフェ・オ・レのデカフェでいいから!」


 無理矢理引き離すと「カフェ・オ・レ」と呟いてカフェインモンスターが活動を停止する。


 周りの人は俺達を変人を見るような目で見てくるけれど何か? この人彼女ですけど何か? 喋らなければ一番可愛いですけど何か? と視線で打ち返す。


「佐竹さん、どうしました?」


「え!? あぁ……いや……なんでもないよ」


 獲物を捕らえたとばかりに疋田さんはニヤリと笑う。


「そうですか? いかにも『ワシのタレ、ごっつめんこいやろ?』みたいなドヤ顔でしたよ」


「そんな口悪くないから……」


「趣旨としては間違ってなかったと?」


「あ……うん」


「ほっ……ほっほっ……カフェラテカフェラテ……ソイラテ……ミルクラテ……」


 照れながら認めると、疋田さんまで顔を赤くしてメニューを読み上げ始めた。


「そんな照れ隠しある!?」


「いえまぁ……しかし……やはり私達の見解もそうですが、表記が統一されていないこのお店の見解が気になりますね。ここは私達の間での統一表記である『カフェ・ラッテ』と注文してみてどういう反応が来るか試してみたいところです」


 急に真顔に戻るのでこの人の情緒はどうなっているのかと心配になる。


 それに、試すとは言うけれど、普通にカフェラテが出てくるだけな気がする。


 そんな無駄話をしているとレジの順番が回ってきた。


 疋田さんは俺の隣でカウンターに置かれたメニューを指さした。


「チョコレートフラペチーナクリームマシマシでお願いします」


 かっ……カフェラテじゃないだと!?


 疋田さんの裏切りに呆気に取られてしまい、カフェラテもカフェオレも表記なんてどうでもよくなってしまったのだった。

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