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 安東さんと車でやってきたのは高級そうな住宅街。


 どの家も高い塀で囲われていて中は見えない。


「うわ……あそこすごいですね。貴族が住んでそうですよ」


 一際目立つ洋館に釘付けになる。


「それは大使館よ。どの国かは知らないけどね」


「あ……そうなんですね」


 更に進むと大使館よりも大きな四角い建物が目に入った。


「あれも大使館ですか?」


「残念。あそこが雫花の家なの」


「えっ……えぇ!? いっ……いや……何人家族なんですか!?」


 家というか最早ちょっとしたマンションだ。二十人くらい兄弟がいても快適に過ごせるだろう。


「すごい世界よねぇ……私もまだまだ上には上がいるって思わされるわ。長者番付なんて見るもんじゃないわね」


「どこと張り合ってるんですか……」


「心意気はね、そのくらいで行かなきゃなのよ」


 安東さんはにこやかにウィンクをする。


 車は警備員のいるゲートを通過。そのまま車寄せで停車した。


「さ、行きましょうか」


 安東さんに誘われて車を降りる。目の前には警備会社の制服を着た屈強な男が風神雷神といった感じで立っていた。


 とてもじゃないがお宅訪問のような雰囲気ではない。


「お疲れさまですぅ〜」


 警備員はビシッと敬礼をして俺達を見送る。安東さんは顔パスらしい。


 家の中に入ると安東さんは迷いなく階段を登って2階へ向かう。


 シックな雰囲気の建物にそぐわないアンティーク調の扉が見えた。


「あそこが雫花の部屋よ」


 バーチャル空間の部屋も雫花の趣味だったと判明。中も恐らく同じような雰囲気になっているのだろう。


 安東さんは扉の横に背中を預けてもたれかかる。


「入らないんですか?」


「私は後で。まずは二人で話してみて。引退なんてありえないと思うんだけど……まずは何があったのか、当たり障りのないところからね」


「あぁ……はい」


 ノックをすると「はぁい!」と返事があった。


 ガチャリとドアが開くと本物の雫花が現れる。


 俺を視認すると有りえないことが起こったとばかりに目を丸くしている。


「え……あっ……さ……た……えっ……待って待って! なんでここに!?」


「あー……とりあえず中入ってもいい?」


「う、うん! どうぞどうぞ!」


 雫花に案内されるまま部屋の中へ入る。


 予想通り雫花の趣味が詰め込まれた家具が並べられていた。


 部屋とは言うが、この部屋の中に更にドアがある。その先は配信用の部屋なのだろう。


「あー……佐竹。なんで? どうやって? さっきのは……その……」


 雫花はモジモジとしながらも本題に触れてきた。安東さんの作戦は無視。


「雫花! ごめん! その……辞めないでほしいんだ」


「えっ……い、いやいや! それはマズイって! 私のことなんだと思ってるの!?」


 雫花は想定外の反応を示す。まさか怒られるとは思わなかった。


「何って……イッカクだよ。氷山イッカク」


「も……もしかして……ば、バーチャルの世界ならいいってこと?」


「良いというか……そうして欲しいんだ。これからもずっと。皆の憧れだから。イッカクが必要なんだよ。俺だけじゃなくて、皆にとって」


「え……あ……ん? 皆って誰?」


 雫花は急にトーンダウン。首を傾げて絡まった紐を解くように質問を始めた。


「そりゃ事務所の皆だよ」


「なんで皆が……」


「引退、しないでほしいから。俺のせいだったら本当にごめん。一緒にいるのが辛いなら俺が辞めるよ。会社なんて他にいくらでもあるんだから」


「佐竹、会社辞めちゃうの?」


「雫花が引退を撤回してくれるなら喜んで」


「私、引退するの?」


「しないの?」


 お互いに勘違いしていたことに気づき始めた。会話が妙に噛み合わなかったのはこれが理由か。


「しないよ! 氷山イッカクは永遠なり! だからね」


「え……あ……そうなんだ。じゃあさっきのは……最後とか、やめるとか……」


「あれは……その……佐竹とああやって話すのは最後って意味だよ……また二人で話せて嬉しいけど……どういうつもりなの? あ、やっぱり桃子より私が良いって気づいちゃった? いなくなったら寂しいのは分かるけどさぁ、そういうフラフラしてるのは良くないかな!」


 なるほど。雫花は単に俺とアバターを介してでも二人で話すのを最後にすると言っていたらしい。感極まって勘違いをしていたのは俺の方だったようだ。


「あー……その……ごめん。俺の勘違いだったかも……てっきりVTuber自体を辞めるのかと……」


「え? アハハハ! そんなわけ無いじゃん! 佐竹に振られたから辞めるなんてさぁ……そんな支離滅裂な事はしないよ。私のこと、そんな感情的な人だと思ってたの?」


「そっ……そういうわけじゃないけど……」


 勘違いしていたのが恥ずかしくてオドオドしていると、雫花がぎゅっと抱き締めてくれる。目一杯背伸びをしているのか、本来なら届かなさそうな首筋に雫花の鼻がやってくる。


「はぁ……やっぱリアルはいいよぉ……」


 これで俺も腕を回すとまたあらぬ勘違いが起こりそうなのでされるがまま、何もしない。


「佐竹ぇ……ううん、やっぱ何でも無い! これで本当に最後だから」


 頬に軽くキスをして雫花は離れる。


「成海さーん! 入ってきていいよ!」


 ガチャリとドアが開いて安東さんも入ってきた。


「雫花! アンタ……本当に引退なんて――」


「しないよ。佐竹の勘違いだから」


 雫花はニヤリと笑って俺の脇腹を突く。


 安東さんはそれを見て肩を撫で下ろした。


「はぁあ……良かったぁ……それで佐竹君は何と勘違いしてたの?」


「それはねぇ……秘密かな」


 雫花はニシシと笑って俺にウィンクする。雫花がどう思っているのかは分からないけれど、多分これからは本当に良き相棒としてだけの関わりになるのだろう。


「まぁ……俺が悪かったので……」


「相変わらず仲良しなのねぇ。佐竹君、私は帰るけど……残ってく?」


 安東さんは見当違いな気遣いをして俺達を見てくる。


「いいよいいよぉ! 私も配信があるから! ほらほら、帰った帰ったぁ! ……またね!」


 雫花に二人して部屋を追い出される。


 ドアが閉まる瞬間、下を向いて唇を必死に噛んでいた姿はしばらく忘れられないのだろうと思いながら、安東さんとオフィスへ戻るのだった。

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