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最北南の配信。今日の企画は「凸待ち」。大体デビュー何周年とかそういう節目でやるものな気がするのだけど、最北南の今日の配信には何の建付けもない、ただの凸待ちだ。しかもガチのノーアポらしい。
よって一時間ただ一人で「来ないっす来ないっす」と話し続け、暇つぶしに歌ったりといつもの雑談配信と変わらないはずなのに、「誰も来ない」という事実によってなんだか悲壮感が漂い始めている。
『ただの雑談配信になってて草』
『こーれいつもの歌枠です』
配信に集まっている数千人の人は特に気にしていないようだが、疋田さんの声は明らかに焦っている様子。裏で誰かサクラを用意しているわけでも無さそうで、無凸のまま既に予定していた一時間が経過している。
「なんで誰も来てくれないんすかぁ!」
『どうしよっかなぁ〜ww』
そう煽り気味にコメントをしたのは氷山イッカク。
『イッカクさん見てて草』
『イッカクさんはよ』
『無理だよ。今学校だから』
『リアルJK徹底してる』
リアル女子高生は設定でもなんでもなくただの現実なのだが、自ら女子高生を名乗られると疑ってしまうのが世の常。でも雫花はほとんど学校に行っていないので嘘だろうから、何か作業でもしているのだろう。
『南ちゃんがんがえ〜』
『このまま凸来るまで終われまテンしましょう』
『誰か凸行ってあげなよ〜〜』
『えぇ!? ここから入れる凸枠があるんですか!?』
イッカクのコメントから少しして、降臨したのは9期生の四人。
流れ変わったな、と確信に変わる。
ここまで来たら誰からも凸が来ないことをいじる方向に皆でシフトしているのだろう。ここで一人二人が凸するよりも面白そうだ。
イッカクがコメントしてから裏でどういう動きになっているのかは分からないけど、雫花のことだしガン無視ということはしないだろうし。
「ちょちょ! コメントしてるなら誰か来てくださいよ! 美味しいミカンもありますよ!? こたつに入ってぬくぬくとしながら雑談しましょうよぉ」
『あー忙しい忙しい』
八角ヤスミはマメにコメントで反応している。
「ヤスミさん、待ってますよ」
南はその度に悲しそうに目を細めながら呟く。表情変化ツールは上手く動作しているようだ。この微妙なニュアンスの感情をうまく読み取っている。
『あー忙しい忙しい』
「忙しい割に私の配信見てくれてるんですね」
『忙しすぎて投げ銭もしちゃう』
八角ヤスミは上限いっぱい五万円分の投げ銭をする。他のタレント程ではないにしても、南もそれなりに投げ銭を貰っているとはいえ上限いっぱいで来ることは滅多に無いだろうから「ぎょえぇ!?」と奇声を発する。
「私は今、金より人に飢えてます。どっすか? リスナーさん、誰か凸しませんか? 男女問いませんよ」
最北南は画面に凸用のURLを貼り付ける。ご丁寧にQRコードまでセットだ。
『忙しいからなぁ』
『誰か行ってあげなよ。俺は行かないけど』
『行けたら行くわ!』
四千人の視聴者の意思は統一されている。これだけの人がいれば一人は抜け駆けしようと思う人もいそうなのに、誰も凸をせずに更に三十分が経過。
南は更に真面目に凸待ちを続けるがこの流れはもう誰にも変えられない。予定の時間を大幅にオーバーしても誰も凸しなかった。
「なっ! んっ! でっ! 南は甲子園で待ってますからね! 今日はここまでです! ありがとうございました!」
南は半ばキレ気味に配信を終了。
一人であたふたしている南を眺めるというコンテンツとしては悪くないものだったのだけど、口振りからしてガチで無視されていると疋田さんは思っていそうな気もした。
その証拠に、配信が終わるやいなや『凸待ちしてます』と佐竹宛にメッセージが来たのだ。
いやまぁ、無視できないし行くけど?
◆
疋田さんの部屋に入ると、ベッドの上で丸まっていた。部屋にはどんよりとした空気が漂っているので落ち込んでいるのは明らかだ。
「ひっ……疋田さん?」
「うぅ……佐竹さぁん……」
俺の声が聞こえると疋田さんは涙を堪えながら顔を上げて俺を見てくる。あ、これガチで落ち込んでるやつだ。
ゴミの散乱している床を忍者のように抜き足差し足で進みベッドに腰掛ける。
「だ……大丈夫?」
「大丈夫じゃないっす」
「うん、適切なヘルプがあげられてえらい」
「はぁ……佐竹さん、私って嫌われてるんでしょうか?」
「だっ……誰から?」
「世の全てからです」
主語大きすぎない?
「そんなこと……俺はすっ……ねぇ?」
疋田さんは何かに気づいたように顔をあげると四つん這いになって猫のようなスタイルで俺の隣へやってきた。
「佐竹さん、す……なんですかにゃ?」
「すっ……スマイルだよぉ!?」
疋田さんはどさくさに紛れて俺に「好き」と言わせようとしていると察する。そうなのだけど、疋田さんはどうせ言ってくれないだろうから一方的に言わされるのは癪だ。
「ふぅん……スマイルですかにゃ」
疋田さんも無理矢理笑っている。元々の顔が表情に乏しいので筋肉痛を起こしそうなくらいピクピクと表情筋が動いていて痛々しい。
「無理矢理笑わなくていいから……」
「そうですか」
疋田さんはそのままゴロンと俺のふとももを枕にして寝転がる。髪の毛がブワッと広がっておでこも丸出しの疋田さんが真下に現れた。
「おでこ、広くない?」
そう言って疋田さんのおでこに手を添えると、疋田さんは両手で俺の腕を掴む。
「別にいいじゃないですか。おでこが広いと世の中のすべての人に無視されるんですか?」
「そんなことないよ。何かあったの?」
「バイト先の人に無視されました。『話そう?』と言ってもお金ばかり投げてきて一向に話してくれないんです」
さっきの状況を「配信」や「VTuber」「凸待ち」という言葉を使わずに説明するとそうなるのだろうけど、あまりにカオスなバイト先だ。
これはフォローがし辛い。
「あ! そ、そういえばさっき最北南の配信見てたんだ」
「みっ、見てたんすかぁ!?」
「うん。見てたけど……」
「あ……はいはい! それで何でしょう?」
一応、俺がえくすぷろぉらぁの関係者ではあることは疋田さんも認識している。ただ積極的にそのことに触れると自分が最北南であることをバラすことにも繋がりかねないので前にオフィスで会ったことには触れてこないけど。
「すっごく面白かったよ。みんなにイジられて、輝いてた。やっぱああいう感じが似合う人だよね」
疋田さんは自分事のように照れて両手で顔を覆う。
「それは……嬉しいっす……」
「疋田さんのことじゃないよ」
「知ってますよ。推しのことだから嬉しいんです」
「だから疋田さんも『あれは美味しかったなあ』って思ったらいいんじゃない? バイト先の人も理由があったのかもしれないし」
裏事情を知らなければ本来「そんなバイト先、すぐ辞めちまえ」と言うべき話ではあるけど、あれはそういうネガティブなものではないのだし、うまいこと「あれは成功体験だった」と思えるように誘導しなければ。
「佐竹さん……その……どっすか? 最北南。ガチ恋してます?」
疋田さんは顔を覆う手の指に隙間を開けて俺をチラチラと見てくる。
「ガチ恋かどうかはわかんないけど……一番推してるよ」
「ふっ……ふふっ……良かったっす。元気出てきましたよ。どっすか? 私の凹も凸待ちしてますけど……」
これ以上キモい誘い方があるだろうか。それにまだ付き合ってすらないのに。
「疋田さん、それCって解釈していいのかな?」
「概ねは」
1割くらいは違うらしい。
「ま……来週付き合うんだっけ? それからキスして……みたいな感じだしその時だよね」
「えぇ、一ヶ月くらいなら凸待ちは余裕ですよ」
「お願いだからその言い方はやめて……」
「佐竹さんの凹はどうですか?」
「疋田さんに凸があるの?」
疋田さんは何も答えずにニヤリと笑い俺の膝上で目を瞑り寝息を立て始めたのだった。




