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 2回目のデート、今日は俺の企画担当だ。フレンチのランチからの遊園地、そして夜景スポット。無難にまとめたけれど事前の小野寺さんレビューも通過したので大丈夫なはず。


 集合場所の最寄り駅前に着いて少し経ったのだが疋田さんはまだ来ない。いつもは約束のキッチリ5分前には来ているので、今日は何かが違いそうだ。


「お゛……お待たせしました……」


 背後から疋田さんの声がしたので振り返る。そこにはイエティと言われても仕方がないくらいに着膨れした疋田さんが立っていた。珍しくマスクをしている。


「ひっ……疋田さん!? 声、ガラガラだよ!?」


「あ……いえ……体調は少々悪いのですが……まぁ大丈夫です」


 そう言いながらも疋田さんはやじろべえのように左右にフラフラしているしマスクからはみ出ている頬の部分は熟れた桃のように赤い。明らかに風邪か何かを召されている。


「大丈夫じゃないよ、とりあえず家に帰ろ? ね?」


「だっ……だめです! そうすると予定が崩れますから……再来週のキスのためにはあと2回のデートが必要なんです!」


 疋田さんは目を見開いて俺の体を揺すってくる。ルールは遵守するつもりらしくそのために体調不良をおしてやってくる疋田さんはらしいといえばらしい。だけどさすがに今日は無理だろう。


「なら……家デートにしようよ。いいね?」


 有無を言わせない態度で疋田さんに頷かせる。その場でタクシーを捕まえ、イエティ疋田さんを車内に押し込む。


「飲み物とか買ってくから、先に家帰ってて」


「はい……あの……ありがとうございます」


 疋田さんはシュンとしてしまう。よっぽど今日が楽しみだったのだろう。でもこれは仕方ない。


 タクシーを見送って俺もコンビニへ向かうのだった。


 ◆


 スポーツドリンクやレトルトのおかゆを買い込むと、合鍵を使って疋田さんの部屋のドアを開ける。


 ドアチェーンはついていないので、そのまま部屋の中へ入る。


 疋田さんはイエティスタイルのままベッドでうつ伏せになっていた。床には踏み潰されたのであろう菓子の袋がそのままになっている。


 配信機材やパソコン周りは綺麗に整頓されていて、そこだけ別人が使っているかのようだ。


 疋田さんは物音に気づいて寝返りを打とうとしているが、あまりに着膨れしすぎて動けなくなってしまっている。ワタワタと腕を振っている様子がゆるキャラみたいで可愛らしい。


「ぷっ……大丈夫?」


「大丈夫っす……よっと! あだっ!」


 反動をつけて転がった疋田さんはベッドから転がり落ちる。


「あ……佐竹さん、その……脱がしてくれませんか?」


「そんな艶っぽく言わなくてもそのつもりだから」


 一人でどうやって着たのか分からないが、分厚い生地が何層にも重なったせいで腕の可動域は著しく下がっている。


 一番上のロングコートのボタンを外して片方ずつ袖から抜いていく。中には更にコートを着込んでいた。


「んっ……恥ずかしいっすね……」


「変な声出さないでよ。コート脱がしてるだけじゃん」


「熱でうなされているんですよ」


 疋田さんは意外と元気そうで何より。


 そのままマトリョーシカのようにコートを3枚剥ぎ取るとやっとニットが出てきた。


「疋田さん、万歳して」


「ウラー!」


 疋田さんはそう言いながら両手を上に伸ばす。


「ロシア語じゃなくていいから……」


「マンセー!」


「韓国語じゃなくてもいいし……」


「ヴィヴァ!」


「うーん……イタリア語?」


「正解です」


「いや、そもそも言わなくてもいいし……意外と元気だねぇ……」


「いえ、すこぶる体調が悪いです。ゴホッ」


 疋田さんはわざとらしく咳をする。頬は相変わらず真っ赤なので、熱は結構ありそうだ。仕事柄、喉への影響が少ないのは良い事。


「まぁ分かるけどさぁ……」


 万歳している疋田さんのニットをめくりあげ、腕と首から引き抜く。


 静電気で疋田さんの髪の毛はふわっふわに浮き上がってしまった。


 やっといつもの細さに戻ったところで疋田さんは床に投げ捨てるように置かれていたグレーのパーカーを持ちあげた。


「ありがとうございます……その……後は大丈夫なので、向こうを向いててください」


 ニットの下まで見せるつもりは無いらしい。俺も見るつもりは無いけれど。


 床のゴミを寄せて疋田さんに背中を向けて座る。


 背後から布の擦れる音がして、何かが床に投げ出される音がした。


「いいっすよ」


 振り向くとニットを床に投げ捨ててパーカーに着替えた疋田さんがベッドに腰掛けて俺を見ていた。なんだかんだでこの姿が見ていて落ち着く。


「じゃ、これ。水分補給はしっかりね」


 コンビニで買ってきたスポーツドリンクを受け渡そうとしたのだが、疋田さんはそれを飛び越えて俺の手を掴んできた。


 熱っぽくて潤んだ目はウロウロしている。


「そっ……その……今日の目標はハグでした……佐竹さん、お願いします」


「えっ、い、今から?」


「はい。風邪をうつすと悪いのでさっさと済ませましょう」


「明日とかにしようよ。体調悪いなら寝てた方が良いって」


「じゃあ……せめてこの部屋にいてください。一人だと心細くて……やっぱり、風邪うつしちゃってもいいですか?」


 そう言って疋田さんは自分のマスクを取ると、乾燥した唇を湿らせるために何度も唇を内巻きにする。


 本来なら滅茶苦茶に迷惑な提案のはずなのだけど、疋田さんの心細そうな声を聴いていると俺も上に戻る気になれない。


 潤んだ目で上目遣い気味に見てくるけれど、反則級に可愛いので断るなんて選択肢は出てこない。


「いっ……いいよ」


 今日の予定はハグまで。そのはずなのになぜだか濃厚接触の予感がしてきたのだった。

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