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 疋田さんと二人でゾンビダンスをしているとカップルはほとんどいなくなっていた。


 自宅に戻る途中、反省会という名の宅飲みをするためにいつものコンビニに寄る。


 疋田さんは曇った眼鏡のレンズを磨きながら真っ直ぐに酒コーナーへ向かう。


 手に取っていたのは日本酒のワンカップ。今日は中々つらい反省会になりそうだ。


「それにするの?」


「気になりますね」


「じゃ俺もそれで」


 疋田さんは棚から4本取り出してカゴに放り込む。振り返りざまにイカと貝紐を追加。


「会計、俺がするよ」


「いいんすか? お願いしま――」


『えくすぷろぉらぁコラボ、おっねがいしまーすぅ!』


 店内に響く疋田さんと波形レベルで同じ声の「お願いします」。慌ててレジの上にあるモニターを見ると、えくすぷろぉらぁとコンビニチェーンのコラボ動画が流れていてガッツリ最北南の絵が表示されている。幸い他に客はいないので俺以外に聞いている人はいないはず。


「あ……あはは……お願いするなのですよ! 佐竹さん!」


 まだ俺は何も言っていないのに疋田さんは自発的に地声の最北南ボイスから一番遠そうな萌え声に切り替える。さながら妖精だ。この先に何か俺の誤解を解く展開があるとは思えないけど、あたふたしている疋田さんが可愛らしいのでそのまま泳がせてみることにした。


「急にどうしたの?」


「じっ……地声はこっちなんす……なのですよ!」


「話し方も変わってるけど……」


「そういう人格なのです!」


「あ……うん。お会計してくるね」


「了解なのですぅ!」


「もういいから……」


「あ、レンチンで熱燗作れるか聞いてもらえますか?」


「俺にも店員さんにも無茶振りするのやめてくれる!?」


「あはは……では家で湯煎しましょう」


 疋田さんの言う「家」は多分俺の部屋のことを言っているのだろう。疋田さんはビシッと敬礼をして駆け足で店から出ていった。俺も会計のためにレジに向かうのだった。


 ◆


 疋田さんは家に着くと我が物顔でコンロを使いワンカップを湯煎している。


 本気の歌声ではないが、キッチンの方からは疋田さんの『ファンサ』が聞こえてくるので3Dお披露目ライブのネタバレを食らった気分になる。


 俺が着替えを済ませてキッチンに顔を出すと、歌を聞かれたくなかったのか、尻すぼみに声が小さくなっていった。


「歌ってていいのに」


「はっ、恥ずかしいじゃないですか」


 疋田さんはモゴモゴと言い訳をしながら、湯煎中のワンカップを眺める。


 俺一人の前で恥ずかしがっていたらとてもじゃないがライブで歌うなんて無理だろう。


 本人はスタジオで歌うだけなので画面越しの観客がどれだけいるのかなんて見えないのだろうけど、最低限のスタッフはいるはずだし。


「出来上がったら火止めておくから着替えてきたら? 部屋着の方が楽でしょ」


「いえ、もう出来上がるので大丈夫ですよ。それに、念のために勝負下着をつけてきていますから!」


 疋田さんは常に臨戦態勢。いつでもスケジュールを短縮しても構わないといった様子だ。どうせ失敗するのは目に見えているので当初の予定通りに進めるつもりだけど。


「そっ、そろそろいいんじゃないかな?」


「それは……Cですか? Bですか?」


「Aかな」


「えっ……Aですか!? あ、きょ、今日はその……唇がガサガサでして……」


 案の定、疋田さんは心の準備が出来ていないようでワタワタし始める。


「熱燗だよ、アツカン。ATSUKAN」


 疋田さんは俺を恨めしそうな目で見る。そして即座に笑顔で鍋の方に向き直ると「A・O・K・A・N! ア・オ・カ・ン!」と最低な歌を歌いながらタオルを持ち、片手鍋からワンカップを取り出したのだった。


 ◆


 いつものように二人で並んで座り熱燗をグイッと飲むと、冷えた身体に染み渡った。


「ぷはぁ……いいすねぇ……さて、佐竹さん、今日の反省会と行きましょう」


「あ、うん。どうやるの?」


「私達は素人です。素人がいくら相互に採点をしようと改善点は見つかりづらいです。そこでプロフェッショナルに採点を依頼しました」


「プロフェッショナル?」


「お色気むんむんお姉さんの衣杜さんですよ。今日のデートの内容をお伝えして、私達の行動について評価をしてもらっています……おや、早速返ってきましたね」


 全く自信がないレポートを厳しい教授に採点された後のような緊張感だ。


 疋田さんがメッセージを転送してくれたので確認。


『佐竹君:ソートアルゴリズムの解説をパンケーキ屋でするのは無い。せめてクイックソートの説明をすべき』


 いや、そこ!? 本当にこの人に頼んで良かったのか不安になってくる。


『桃子:あの踊りはまだ封印すべき。眠っている怪物が目覚めてしまうから』


「はて? これはどういう事なのでしょうか?」


 疋田さんは完璧に踊れていると思っているゾンビダンス。遠回しにデートで披露するなと言っているのだろう。ネタバレ防止というよりは雰囲気をぶち壊すからだろうけど。


「まぁ……一緒に踊ってて俺は楽しかったよ」


「えぇ、私もです。ソートの説明も面白かったですけどね。佐竹さんの事が知れたので、会話のとっかかりとしては十分だったかと」


 二人して小野寺さんの採点にケチをつけてしまう。人の意見を受け入れるつもりがないのなら頼むべきではなかったのだろう。まぁ俺も疋田さんもズレているのであればそれはそれでいいのかもしれない。


『次はハグ? 頑張ってね』


「は……ハグですか……」


 疋田さんは携帯を持つ手を震わせながら俺を見てくる。


「いやまぁ……これまでも何回かしたことはあるし……いけるんじゃない?」


「でっ……では次回を楽しみにしています……あちっ!」


 疋田さんはそう行って緊張をほぐすようにワンカップを流し込んだのだが、まだアツアツだったようで舌を出して熱がっていた。本当に残念な人。

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