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 パンケーキ屋を出てからも特に無茶振りスポットがあるわけではなく企画倒れ感が甚だしかった。デートの締めは海の見える公園。


 ベンチに腰掛けると、薄暗い海の向こうに街の明かりが輝いているのが見える。まだ疋田ゾンビの伏線は回収されていない。この公園のどこかで手垢でベトベトになったフラッシュモブが開催されるんじゃないかとビクビクしてしまう。


「佐竹さん、今日はありがとうございました。家に帰ったら今日の反省会をしましょう」


 俺の左側に座った疋田さんは白い息をひとしきり吐いて遊び終わってから話し始める。


「反省会?」


「えぇ、PDCAサイクルです」


 Plan,Do,Check,Actionの頭文字を取った一連のサイクル。計画したら実行して振り返り改善のアクションをしていく。Edgeは意識の高い人が集まっているのでカタカナ語も飛び交うし疋田さんもそういうところから覚えるのだろう。


「振り返りは大事だね」


「そういうことです! ……おや? ここはカップルだらけのようですね」


 疋田さんはわざとらしく辺りを見渡す。


 二人用のベンチが海を向いて等間隔に並んでいるのでカップル御用達の場所のようだ。


「それにここは海風が冷たいですね。体の芯から冷えますよ」


「カフェとか入る? 暖房効いてるとこ」


「それにここは海風が冷たいですね。体の芯から冷えますよ」


 疋田さんは壊れたNPCのように同じセリフを繰り返す。どうやら想定問答と違うと先に進めないらしい。移動しないとなると、ここで暖を取る方向だろうか。


 これだと俺が疋田さんに無茶振りをされている感覚になってくる。


「温かいもの買ってこようか?」


「それにここは海風が冷たいですね。体の芯から冷えますよ……ご参考までに、左隣をご覧ください」


 疋田さんは周りに聞こえないように囁き声で伝えてくる。


 俺たちの左隣のカップルは二人用のベンチの半分のスペースしか使っていない程に密着している。


 彼女の方は彼氏の肩にもたれかかり、彼氏もがっつり彼女の腰に手を回している。


 これを無茶振れという、疋田さんからの無茶振りなのだろう。


「あ……じゃあ……まずは手、繋ぐ?」


「はい。正解です」


 疋田さんは少しだけ俺に近づくように座り直し、二人の間に手を置いた。そこに手を重ねると驚く程に冷たい。


「やっぱ寒いでしょ。移動しようよ」


「いえ、ここでいいです」


 疋田さんは頑なに移動したがらない。何なら周りの人も怪しく見えてきた。こんな寒い日に等間隔でベンチにカップルだらけで座るだろうか。暗くて見えないけれど実はみんなゾンビメイクをしていていきなりスリラーがかかって踊り始めたりするんじゃないか、なんて共感性羞恥がマックスになる事態を想定してしまう。


「あ……そっか」


「手は繋ぎました。次はどうしますか?」


 俺が見えないフラッシュモブの恐怖に怯えている間に疋田さんはガッツリ距離を詰めてきていた。既に足が触れ合うくらいの距離感になっている。


「ちっ……近くない?」


「そうですか? 佐竹さん、連続正解だと20ポイント増量ですよ」


 いかにも耳寄りな情報がありますよと言いたげに教えてくれるのだけれど未だにポイントの使い道は示されていない。


 とはいうものの疋田さんとの約束は少しずつ進めること。三週間後にキスをするのであれば、今日は体を寄せ合うくらいのことはしておかないとまた当日になって混乱してしまいそうだ。


「じゃあ……そっ……そのまま……肩にもたれかかれる?」


「拒否します」


「え!?」


 驚いて疋田さんを見ると「引っ掛かったな」と言いたげにニヤリと笑っている。


「冗談すよ。正解です。60ポイント獲得です」


「ズルいよぉ……」


 ベースは40ポイントらしい。最早なんの単位なのかも分からなくなってきた。


 疋田さんは楽しそうに髪がフワッと浮き上がるくらい飛び跳ねて俺の腕に抱きついてくる。コートの分厚い生地が押されて腕を圧迫される感覚はなんとも新鮮だ。


 空いている手で疋田さんの頬を摘んでみる。頬も海風を受けてかなり冷たくなっていた。


「ひゃっ……100ポイント追加です」


「なんかもはやポイントを集める企画になってるね」


「次はそうしましょうか。私のベースの心拍数から乖離した分がポイントになります」


「フルマラソンが楽にポイント稼げそうだけど、それでいい?」


「そこで効率を求めないでください。トゥンクさせてくださいよ、そこは」


「トゥンクねぇ……」


 チラッと周りを見ると、皆が皆彼女の頭に顔を埋めている。いやまぁいい匂いしそうだけど。ここでやるかねと抵抗感はあるがトゥンクのためだ。


 同じように疋田さんの首元に顔を埋める。あっという間に内巻きが取れてしまい真っ直ぐになった疋田さんの髪が鼻にかかる。


「ほっ……ひょ……こっ……これは……トゥンクです! トゥンクですよぉ!」


「声大きいって……」


 周りの人達が疋田さんの声を聞いて何事かと振り向いてくる。


「すっ、すみません。一億ポイントです」


「インフレがすごいね……そのポイントって使い道あるの?」


「キャッシュバックは無理ですね。一億は流石に。うーん……あ! 佐竹さん、見てください。最近ダンスの練習をしているんですよ。一億ポイントで見せてあげます」


 疋田さんはそう言って立ち上がると俺の前に立ってゾンビ歩きを披露し始めた。


 これ、遂にフラッシュモブが始まるんじゃないか。


 音楽が流れ始めるんじゃないかとキョロキョロしても一向に始まらない。


 目の前では疋田さんが両手を前に伸ばし、ゾンビのように左右にフラフラしているだけで周りの人もそれを怪訝な表情で見ている。


 こういうのって周りの仕掛け人は反応しないものなんじゃないだろうか。周りのカップルは本気でヤバい人を見る目で疋田さんを見て、徐々に立ち去る人まで出てくる始末。


 慌てて立ち上がり、疋田さんに声をかける。


「仕掛け人とか……いない?」


「何のことです? この振り付け可愛くないですか? 今度のライブ……じゃなくてバイト先のカラオケ大会用に練習してるんすよ」


 ひとまずフラッシュモブではないことは確定。


 3Dお披露目で踊り付きでライブでもするのだろうと理解する。事務所のフォーマット的にもライブの実施はマストだろうし。だいぶ疋田さんの誤魔化しからの変換にも慣れてきた。


「ふぅん……『スリラー』やるの?」


「スリラー? 何言ってんすか! どう見ても『ファンサ』じゃないですか!」


 ファンサは定番曲だし氷山イッカクがやっていたので振り付けもなんとなく分かるけれど、イッカクの振り付けはゾンビではなくアイドルだった。


 疋田さんの踊りはどう見てもゾンビです、本当にありがとうございました。


 なんて冗談はさておき、多分悪い意味でヤバい踊りとしてバズらせる予定なのだろう。別に本当に中の人が踊らないといけないものでもないのだし。ここまでハイクオリティなゾンビならいっそ本人が踊った方が良いまである。誰が決定したか知らないけれどこれは英断だ。


「そっ……そうなんだ」


「はいっす! 楽しみなんですよぉ」


 疋田さんはご満悦そうに微笑み、またゾンビダンスを披露し始める。


 周りの目が気になるものの、疋田さん一人をここに取り残すわけにはいかない。


「俺にも教えてよ、踊り」


「いっすよ!」


 疋田さんの隣で踊りを習うふりをしながら、佐竹ゾンビとして奇異の視線を疋田さんと半分こするのだった。


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