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 初回デートの日、指定された駅前に行くと既に疋田さんはいつもの黒ずくめ衣装で待っていた。いつもの違いとしては毛先がくるんと内巻きになっていることくらいだろうか。


「こんにちは、佐竹さん」


 疋田さんはかなり遠くから俺を捕捉していたので、近づくとすぐに挨拶をしてくれる。


「こんにちは、疋田さん」


「今日はお時間をいただきありがとうございます」


「あ、うん。こちらこそ今日は企画してくれてありがとう。な……なんかかしこまってるね」


「いささか私も緊張しているんですよ。今日を含めた3回のデートの目的は仲を深め、お互いを知ることにあります。ほぼ毎日のように部屋に入り浸っていたので今更ではありますが、きちんと形から入りましょう」


「うん、異論なしだよ」


「はい。では企画発表と参りましょう!」


 疋田さんはテンションを数段階引き上げる。既視感があると思ったら配信用のテンションだ。


「企画発表?」


「はい。『チキチキ! 疋田の行動を予測してみよう選手権!』です」


 なるほど、分からん。


「あー……何処かに行くとか……そういう企画ではなく?」


 これでは動画配信の企画だ。疋田さんはドヤ顔でタブレットを取り出し、やけにクオリティの高いサムネイル画像を見せてくる。俺の透過画像なんていつどこで用意したのだろうか。VTuberらしいスキルをここにきて発揮してきた。


 というか、疋田さんの行動を読めだなんて難しすぎるだろう。


「それはそれです。企画の中で行きます。とりあえず企画を説明します。これから公園や飲食店に向かいます。そこで佐竹さんは私の行動を予測してください。私はそれが正解だと思ったら実行します」


「予測とは言うけれど、要は無茶振りしてくれと」


「概ね正解です。一応、想定解答も用意してはいます」


「なるほど……」


 例えば盗んだ自転車で走り出す、なんて言って疋田さんがそれを受け入れた場合は本当に自転車を盗んで走り出すということらしい。予測でもなんでもなく、ただの俺からの無茶振り待ちということだ。中々こっちの負担が大きい企画に思える。


「何か変でしょうか?」


「まぁ……いいのかな……」


「佐竹さん、言いたいことがあったら言ってください。腹の中に隠す必要はありません」


「なんというか……MeTuberみたいな企画だなって……」


「なっ……そっ、それは……そのぉ……」


 疋田さんはオドオドしているけれど、これから何をするのか考えてみると、意外とよく練られたものだと思い始めた。


「でも……無茶ぶりの質で相手のセンスや相性を見ることも出来るのか。それに普通に公園に行ったりご飯を食べるより楽しそう。楽しく過ごすのが何より大事だよね」


「あ……佐竹さん……単に私が企画の意味を取り違えていただけで……そこまで高尚な意図はなかったので……はい……」


 疋田さんは顔を真っ赤にして釈明する。これはボケではなく天然物だったらしい。


「あ……ごめん」


「とっ……とりあえず行きましょう!」


 疋田さんに促され、最初の無茶振りポイントに向かうのだった。


 ◆


 連れてこられたのはパンケーキの店。メニューには胃もたれしそうな三段積み重ねられたパンケーキと大量の生クリームの写真が載せられている。それを2つ注文。胃袋が「こっ……こんなの入らないよぉ……」と悲鳴を上げそうな予感がしている。


「まさかだけど……クリームに顔を突っ込んだりしないよね?」


 さすがに無いだろうと思いつつも念のため確認。


「最初のスポットですよ? さすがにやりませんって」


「その言い方は最後ならやるって事になるけど……」


 周りのテーブルもまだ来ていないので、注文してからの待ち時間もかなりかかりそうだ。


 テーブルの端に目をやると、ピアノを模した筒状の容器が並んでいた。砂糖や塩なんかが入っているのだろう。


 十本くらいある容器は全部高さが違っていておしゃれではあるのだけど、並び順がランダムなのでどうにも居心地の悪さを感じてしまう。こういうのは高さ順に並んでいて欲しい性分だ。


 筒状の容器を収納している木箱ごとテーブルの真ん中へ移動させる。


 暇だし疋田さんにソートアルゴリズムでも教えよう。


「疋田さん、これ並べ替えようよ」


「おぉ、私もそれ気になってたんですよ」


 疋田さんもバラバラの並び順が許せない性格らしい。


 俺の向かって右側にある二本を手に取る。


「この二つだと、こっちの方が大きいよね。だからこの大きい方をキープ」


 キープした容器と更にその隣りにある容器を比較。大きい方をキープする作業を繰り返していくと、最終的に途中にあった一番背の高い容器がキープされて左端に連れて行かれた。


「なるほどなるほど……」


「同じようにやっていくと二番目に大きなやつが端から二番目に来る。端っこから大きい順に並んでいって、最後には全部が綺麗に揃うと。バブルソートってやつ」


「ふむふむ……」


 疋田さんは首を傾げながらアルゴリズムを理解しようとしているようだ。


「でもわざわざ全部と比較しなくて良くないですか? こう……バラバラに並んだものを一つずつピックアップして、既にあるものより大きいかどうかで箱に入れるとか」


 疋田さんはその場で俺が並べた容器をごちゃ混ぜにして、箱に順番に並べ始める。


「それ、挿入ソートってやつだね」


「なっ……なんと!? 既にこれもあるんですね……」


 疋田さんは世紀の大発見をしたと思っていたようで、目を丸くしてソートを中断する。


「それをグループ分けしてやるシェルソートって別のアルゴリズムもあるんだ。こっちのが早い」


 さすがに調味料の容器では説明しきらないのでググって概念図を見せると疋田さんはうなだれる。


「わっ……私には到底及ばない世界でした……佐竹さんの研究ってこういうことをされているんですか?」


「ううん、これはなんだろう……基礎?」


「基礎ですか。調味料の容器を並べ替える人が集う研究室ではないんですね」


「さすがにね……」


 ロッジでオタクが20人くらい集まって調味料の容器をソートしている姿は中々に興味をそそるけれど、世の中の役に立つかと言われれば微妙な内容だ。


 疋田さんはまた調味料の容器をバラバラに並べると、バブルソートで調味料を並び替え始めた。


 徐々に整列していく様は見ていて気持ちいいので、俺も疋田さんのソート作業を眺める。


 半分くらい並び替えたところで疋田さんはハッとした顔で俺を見てきた。


「今日はこんな遊びをしている暇はないんですよ! さぁ佐竹さん、自己開示をしてください!」


「あ……そうだよね」


 ◆


 パンケーキが到着。疋田さんは写真も撮らずにナイフを突き刺してパンケーキタワーを半分に割った。


「写真、撮らないの?」


「見せびらかす相手がいませんから」


「撮ってあげるよ」


 妙に意地を張っているようなので携帯を構えて疋田さんの写真を撮る。


 すると疋田さんは咄嗟に片手で口と鼻を隠し、目だけが映るようにしてきた。


「え……どうしたの?」


「作品名はパネルマジックでお願いします」


「どういうこと?」


 疋田さんは手を顔から外して俺をポカンとした顔で見てくる。


「いえ……まさか伝わらないとは思いませんでした」


 なんとなく分かるけれど、ワイワイと若い女の子が集っているパンケーキの店でこれに反応するのは憚られる。こんなところで「いやそれデリヘルのプロフィール画像でやるやつ!」なんてツッコミは出来ない。


「可愛いんだし隠さず普通に撮ろうよ。鼻も口も隠したらもったいないって」


「なっ……そっ……そそそ、それは無茶振りです! 却下します!」


 疋田さんは褒められたばかりの薄い唇をプルプルと震わせながら俺の褒めを却下してきた。どんどん言っていったほうが良さそうなので無茶振りは続けていこう。


 疋田さんは仕返しとばかりに携帯を取り出すと、俺の写真を撮ってくれた。


「ぷふっ……これは……」


 写真を撮ってすぐに疋田さんの顔は笑顔になる。肩を震わせながら俺に携帯の画面を見せてきた。


 画面には半目でめちゃくちゃ間抜けな顔をした俺が写っている。


「これ消してよぉ……」


「それは無茶振りです。拒否します」


「そうなの!?」


「仕方がないのでSNSのアイコンに設定しておきますね」


「見せびらかす人もいないのに?」


 疋田さんはぷうと頬を膨らませると俺を睨みつけながらパンケーキをがぶりと食べる。勢いがつきすぎていたのか、鼻にクリームがべっとりとついてしまっている。


「鼻、ついてるよ」


 自分の鼻を指さしながら教えると、疋田さんは一瞬何かを考えるように上を向いて、また真顔で俺を見てきた。


「取ってください。舌なら100ポイント、指なら20ポイントです」


 用途不明のポイントが急に出現。疋田さんからも無茶振りは飛んでくるらしい。


「つまり五本指なら舌と同等かな?」


「それは……ひゃっ!」


 不意打ちで人差し指を伸ばし、疋田さんの鼻からクリームをこそぎ取る。


「にっ……20ポイントを……付与します」


 無茶振りを要求するくせに不意打ちに滅法弱い疋田さんは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。20ポイント、何に使えるんだろうか。

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