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付き合うまでのデートは3回。年始の大寒波の日に俺の企画で行ったことを加味して初回と3回目は疋田さん企画、2回目は俺の企画担当となった。
明日は初回のデート。疋田さんから何が飛び出してくるのか分からず不安とワクワクが入り混じりながらコードを書いていると、気づけばオフィスから人がいなくなっていた。
時計を見ると十二時半。皆昼ごはんにでかけたようでオフィスからは人気が全くなくなっている。
「佐竹ぇ! お腹空いたぁ!」
「わっ!」
雫花が後ろから抱きついてきて俺の画面を覗き込む。
「ふぅん……デートスポット一覧……」
雫花は俺が開いていた技術情報のタブの中からを目ざとく見つける。
「あっ……これは……」
「何々? あ! ごめんね! ネタばらしはまだ先か!」
雫花は自分が誘われるものと思って一人で盛り上がっている。このままスケジュール通りに進むと、遠くない未来に俺は疋田さんと付き合う。それまでに雫花にもきちんと話をしておかないといけないのだけど、こっちはこっちでなんとも曖昧な状況なので会話の糸口を見つけられずにいた。
「あ……その……これは……」
「いいよいいよ! 佐竹の決めたプランならなんでも! 楽しみだなぁ……」
雫花は頬に手を当ててニヤけながら隣の席の椅子に座ってくるくると回転している。
「これは……違うんだ! その……疋田さんとのデートの行き先を見てて!」
「え? そうなの?」
「え? そうなんすか?」
雫花が椅子の回転を止めて俺を見てくる。
あれ? 今疋田さんの声しなかった?
恐る恐るオフィスの入り口を見ると、疋田さんが小野寺さんと一緒にコンビニの袋を提げて立っていた。
「ひっ、疋田さん!?」
咄嗟に有照名義の社員証の向きを確認。裏向きなので疋田さんには見られていないはずだ。
雫花が抱き着いてきていたところまで見られていたかは不明。疋田さんの表情を見るに大丈夫そうだけど。
「佐竹さん!? なんでここにいるんすか!?」
「そっ……それは疋田さんだって……」
今日はスケジュール上は自宅で作業になっていたはず。そもそも疋田さんはほとんどオフィスに顔を出さないので気を抜いていた。
「あ……その……さーて! 今日もたくさんケーブル巻き巻きしましょうかね! 八の字八の字! 巻き巻き! 巻き巻きぃ!」
疋田さんはそう言ってオフィスから出ていく。技術系のバイトという設定だろうか。
このまま「ユーはなぜここに?」という会話を広げていくと、立場的にマズイのは疋田さんの方だろう。最北南の正体が俺にバレてしまうのだから。万事休す。
疋田さんにおいていかれた小野寺さんが小走りで近寄ってくる。
「3Dお披露目配信の企画会議なの。急遽だったから……どうやって誤魔化す?」
「あー……そうですねぇ……」
雫花も小野寺さんも俺に合わせてくれるらしい。適当につき始めた嘘が大きくなってきて申し訳なくなる。
「大丈夫です。なんか、疋田さんは有照が別人で俺の大学の知り合いだと思っているので、このまま有照の紹介でインターンに参加している体にしておきます」
「まぁ大した話じゃないし、ボロが出たところでって感じだし良いんだろうけど……いつまで隠してるの?」
雫花が聞いてくる。
「疋田さんが最北南だって俺に教えてくれる気になったときかな。さっきの言い方だと多分技術系の仕事してるって言いそうな感じだったし」
「ふぅん……また訳わかんない二人の世界ねぇ……」
小野寺さんがニヤニヤしながらそう言うと雫花は途端に頬をふくらませる。
「桃子とばかりイチャイチャしないで欲しいな! 私もいるんだけど!?」
「あ……あははは……」
まずい。そろそろ雫花のガチ恋を解かないと。
「あ……雫花、ちょっと話せるかな?」
「うん、いいよ。ご飯食べながらにする?」
「あー……そこでいいかな?」
雫花に限って外で暴れるとは思えないけれど、万が一があるので空いている会議室に雫花を誘導する。
会議室に入ってからもどうしても雫花の顔が見られず、壁の方を向いてしまう。
「佐竹、話って何?」
雫花は楽しそうな声で聞いてくる。すまん、と思いながら意を決して振り返る。
「あのね……うわっ!」
振り返ると、スケスケなガラスの壁にゾンビのように目を血走らせた疋田さんが張り付いていた。昼時で誰もいないオフィスとはいえ奇行もいいところだ。
雫花も俺の視線に気づいて振り返ると、「きゃっ!」と叫んで俺の隣に走ってきて腕にしがみつく。
「しっ……雫花。大丈夫。あれ、疋田さんだから」
「えっ……待って待って……えっ!?」
雫花は泣きそうになりながら恐る恐る俺の身体の陰から疋田さんを覗き込んでいる。
手招きすると、疋田さんはゾンビのふりをやめて部屋に入ってきた。
「なっ……何してるの?」
「お二人をお昼に誘いに来たのですが……お邪魔でしたか?」
疋田さんの視線は俺の腕を鷲掴みにしている雫花の手に注がれていて、大先輩と言えど容赦はしない、という雰囲気が滲み出ている。
「いっ……いやいや! 全然! ね? 雫花!?」
「あ、ううん。全然。私は佐竹に呼ばれただけだし」
「ほう、佐竹さん? そうなんですか?」
疋田さんはじろりと俺を見てくる。
そりゃそうでしょう、あなたとの関係のために清算しようとしているんですよ、なんて言える空気ではない。
「あ……うん。雫花、ま、また今度でいいかな? お昼休み終わっちゃうし、そろそろご飯食べに行こうか」
「はーい! 私、トイレ行ってくるから! エレベータ前に集合ね!」
雫花は逃げるように会議室から出ていく。
残った疋田さんは雫花の後ろ姿を見届けると、会議室の扉を閉めた。
「佐竹さん、明日のデートはよろしくお願いいたします。お一人で、お越しください。明日は世界のなにもかもが二人用になる予定です。三人だと『オメェの席ねえから』となり、佐竹さんはご飯も食べられなければ観覧車にも乗れませんよ」
幻の三人目が現れた場合弾き出されるのは三人目ではなく俺らしい。
それにしても疋田さんの圧が凄い。そういう事じゃなかったのに……
「大丈夫だ、二人だよ。あー……その……ここに来たのは、小野寺さんから聞いたの?」
「はい。二人が会議室で盛り始めたと聞きまして」
「そんなことする訳ないよねぇ!?」
「冗談ですよ。でも……その……不安で……じゃなくて! そりゃまぁ可愛い女子高生に興奮を覚えてしまう気持ちは分からないでもないですが……」
「そこに共感して欲しくないし……って共感ってなると俺が可愛い女子高生に興奮してることになっちゃうのか。とにかく! その……そういうのじゃないから」
「まぁ……その……あれこれ焦んなくてもいいっすから。本当。別に明日死ぬわけじゃないですし」
「世の中には明日が人生最後の日だと思って生きてるポジティブ人間もいるらしいよ」
「私にゃ無理っすね。後100年は生きる前提で考えてますから」
平均寿命を超えた120歳まで生きる前提も中々にポジティブな気もしてくる。
「佐竹さん、そんな気負わずにゆるくいきましょうよ。明日は14時ピッタリに集合場所にお越しください」
ゆるいのか厳しいのか分からない宣言をすると疋田さんはまた会議室から出ていく。
出た瞬間、またゾンビの真似をして歩いているのだが何か練習でもしているのだろうか。さすがに明日のデートプランの一部とは思いたくない。
今時フラッシュモブなんて、しかもあの疋田さんがまさかやるわけないよなぁと思いつつも、明日のデートで起こるかもしれないイベントを考え始めると途端に胸騒ぎが止まらなくなってしまったのだった。
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